多分、これが、私がご紹介する最後になると思います。
最後になるにあたって、何を書くか悩みましたが、これにしました。
という事で・・・。
皆様からご投稿頂きました画像で、かつ、撮影年が入力されている物の中は、
現時点ではこちらです。
1862年という事は、約150年ほど前の風景です。
現在はこんな感じになっております。
大きな地図で見る
ちょっと判りにくいですが・・・。
なぜ、最後にこの写真を紹介したのかという事を申し上げますと、
実は、ヘボン博士関連の他の画像が、かのWikipediaで資料として取上げられていたのです。
(Wikipediaでのヘボン博士の記事はこちらからご確認下さい。)
その画像がこちら。
いわゆる「集合知」の典型とも言われるWikipediaで、
「集合知」的な要素を持つ、横濱写真アルバムが資料として取上げられているのです。
横濱写真アルバムは、資料的価値の可能性を持っているのです。
Wikipediaですから、近い将来、他の執筆者によって改変されてしまい、
横濱写真アルバムが資料として取上げられている状態は長く続かないでしょう。
ですが、履歴はずっと残ります。
たった一例ですが、この一例は凄い事なのです。きっと。
横浜写真アーカイブ実行委員会としての事業運営は、本日をもって終了してしまいますが、
「横浜写真アーカイブ協議会」という新たな組織が継承していきます。
それに伴いまして、本WEBサイトの運営事務局も変更となります。
本WEBサイト運営事務局に関しましては、WEBサイト開設時から9月末までY150市民参加プラットホーム推進委員会にて担当させて頂いており、私共、横浜写真アーカイブ実行委員会事務局にて担当させて頂きましたのは、10月の1ヶ月間のみという短い期間でした。
9月までとは異なる観点で本事業をご紹介するべく、そもそも皆様に呼んで頂けているのだろうかという不安と恐怖の中、事務局ブログ作成に努力させて頂きましたが、いかがでしたでしょうか。
少しでも、本事業の魅力を皆様にお伝えできておりましたら、幸いです。
今後とも、「みんなでつくる横濱写真アルバム」を宜しくお願い致します。
