山下公園で家族写真1938年7月24日
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場所:山下公園
この写真は私の祖父(故人)や母(故人)、叔母達(故人)です、写真の裏には「昭和年13年7月に山下公園で撮った」と書いてありました。
浴衣を着ているところを見ると、花火大会でもあったのでしょう。 また、後ろに見えている屋根はニューグランドホテルだと思われます。
祖父は開港してまだ混沌とした横浜に進出して輸入食品を扱うお店(今はない山下町のタイガー商会)で修行したそうです。
山手界隈をご用聞きして歩き、独特の「ヨコハマ英語」を話したと聞いています。
かつて祖父が有隣堂の「ゆうりん」で取材されたときに話していた「ホマチ」(実はハウマッチがなまったもの)などは特筆でしたね。
開港当時の横浜には独特の「ヨコハマ英語」があり、現在の港の見える丘を示す「トワンテ山」は当時駐留していた英国第20連隊のトウェンティがなまったもので、皆さんがよくご存じのヘボン式ローマ字を作った「ヘボン博士」はヘップバーン(ヘッバーン)がなまったと言われています。
「ヨコハマ英語」って耳学問で覚えられたため外国人には理解しやすくかなり実用的だったようです、なかなか楽しいでしょう。

