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      <title>みんなでつくる　横濱写真アルバム</title>
      <link>http://www.yokohama-album.jp/</link>
      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
      <lastBuildDate>Thu, 12 Jan 2012 13:47:15 +0900</lastBuildDate>
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  <title>1月14日（土）開催　「ふるさとの記録を遺す～東日本大震災と横浜」講演会＋ワークショップ</title>
  <description><![CDATA[<br /><br />
今週末、都筑・港北・緑図書館共同事業としてすすめている、「横浜市北部地域写真アーカイブ『丘のヨコハマ写真館』」開設記念イベントが都筑区役所で行われます。<br /><br />

第1部では、NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ代表の杉浦が震災で実感した「写真保存の意義と重要性」をテーマに講演を行います。<br /><br />

第2部のワークショップでは、ファシリテーターの大枝奈美さんが進行役となり、持ち寄った写真等を見ながら語り合います。<br /><br />

お近くにお住まいの方、写真が好きな方、ぜひ参加してみてください。<br /><br /><br />


日時　：　1月14日（土）13:30～16:30<br />
会場　：　都筑区役所6階大会議室<br />
参加無料、定員40人<br /><br /><br />


杉浦裕樹<br />
NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ代表理事、 ヨコハマ経済新聞 編集長<br />
かながわ東日本大震災ボランティアステーション事務局 副代表<br />
学習院大学理学部化学科を卒業後、パフォーミングアーツの舞台・イベント等の舞台監督や企画制作を多数経験。<br />
2003年にまちづくり・地域情報化に取り組む「NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ」の活動を始め、2004年に「ヨコハマ経済新聞」を立ちあげた。<br /><br />

大枝奈美<br />
栃木県生まれ。図書館情報大学（現：筑波大学情報学群）卒。<br />
図書館司書・博物館学芸員資格取得。13年間のシステムエンジニアを経てファシリテーターを天職とする。地域活動や町づくりの分野を中心に、子どもからシニアまで幅広い年代を対象にワークショップや講座等を数多く手がけている。行政の総合計画策定委員や行財政会各委員、商業ビジョン策定委員等を歴任。プライベートでは公立小学校PTA副会長も務めた。NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ理事。<br /><br /><br />


▽都筑図書館イベント情報（横浜市立図書館）<br />
<a href="http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/library/chiiki/tsuzuki/event.html">http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/library/chiiki/tsuzuki/event.html</a><br />
▽「丘のヨコハマ写真館」（横浜市立図書館）<br />
<a href="http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/library/localinfo/hokubu/">http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/library/localinfo/hokubu/</a><br /><br />

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="丘のヨコハマ写真館" src="http://www.yokohama-album.jp/tz11059-l.jpg" width="500" height="353" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>
都筑区役所屋上から北東方向を望む（1996年撮影）提供：横浜市都筑図書館<br /><br />
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_187.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Thu, 12 Jan 2012 13:47:15 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>写真掲載＞歴史でめぐる鉄道全路線 3/20号</title>
  <description><![CDATA[<br /><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="110316published.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/49102071303170055211.JPG" width="204" height="260" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><br />

朝日新聞出版さんから、横浜市交通局が特集された雑誌を送っていただきました。<br />
13ページに、<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/98/">久男＠ダンスの先生さん</a>の写真が使われています。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/551/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/551/400/400/" /><br />
横浜市営地下鉄建造中</a><br />
（1962年頃とありますが、実際は70年前後のものだそうです。）
</div><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/_320.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/_320.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 17 Mar 2011 22:53:42 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>歴史カフェのこれから　－貴重なご意見を頂きました</title>
  <description><![CDATA[
　先日本講座が終了した「歴史カフェ」に対し、受講生の皆様からの反響が大きく、主催者サイドの人間として大変ありがたく思っております。


　終了後にお配りしたアンケートはまだ回収途中なのですが、既にご提出頂いた方から大変素晴らしい内容の文章を頂戴しました。担当者一人で読んでいては勿体無い、というより、恐らく多くの方の共感を得られる「記事」であると判断致しまして、こちらに転載させて頂きたいと思います。


　<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="nakakumin2.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/nakakumin2.JPG" width="476" height="361" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>


　(ご本人の承諾のもと、一部文章は修正させて頂いております)

ホームページはどうやって作るのか、どういう仕組みなのかが知りたかったので良かったです。

(中略)


　余談です。



　今現在の高齢者世代が現役で会社に勤務していた時代は、PCが業務に然程使用されていませんでした。従って、扱えなくとも差障りがあまりなかったのです。この為、何も出来ないまま勤め人を『卒業』してしまいました。仕事の為ならともかく、覚える義務も必要もなく、まして新しい事を覚えるのが苦手な年齢になってしまったせいで、敬遠する人も多いのです。


　でも、「やりたいな。」と思っている人も沢山います。ただし、教えてくれる人がいない、教わってもよく分からない、自分自身の飲み込みが悪い、同じ事を何度も尋ねてしまい、その内質問もしづらくなる、お金もどんどんかかる･･･ということが原因で躊躇したり、結果的に諦めてしまうのです。


　今回のこの講座を受けてみて、横浜コミュニティデザイン・ラボが、このパソコン時代から取り残された「パソコン難民(？)」の救世主に見えました。そして、もっと沢山の「難民」の皆さんがPCに親しめる様にして頂けたら、と思いました。


　街中にもパソコン教室なるものがあって覗いてみたことがありますが、結構(お値段的に)高い事と内容が高齢者向きでは無い様に感じて入る気になれませんでした。口頭で説明されるだけでは身につきません。またいくら目の前で手早く操作するところを披露してくれても、まるでわかりません。教わった事を自分で実際にやってみて、それをメモして(すぐ忘れてしまいます)、「立ち往生した時」だけ助けてくれるのが、いいのです。教える側としては、「とてもつきあっていられない」という事になりそうですが、私たちはそうしてもらいたいのです。



　<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="nakakumin3.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/nakakumin3.JPG" width="518" height="396" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>




　PCを扱うにあたって、覚える事は沢山あります。その全部はとても覚えられそうもないですし、またそんな必要も無いと思います。ですが、自分のしたいこと（出来る事）があるとが分かると、如何やるかを知りたくなります。何か教材を使って勉強するという方法もありますが、書店に並ぶ本は読む気になれません。私たちの世代の中には、所謂「取り扱い説明書」的なものすら負担に感じる人も多いのです。


　ですが、「こういう事ができますよ、したいと思うでしょう？」「これはこうやるのです。」と、ある程度テーマを絞りピンポイントで教えて頂ける講座があれば、受けたい気が起きる人達がいるはずです。その点今回の受講した「歴史カフェ」は、想像に近いやり方で良かったです。進度が遅くイライラされた方もいるかもしれません。ですが時間としては寧ろ、回数を増やして頂きたいと思いました。



　何かを懸命に追いかけるというのは、「呆け防止」になることでしょう。友人も少なく、時間はたっぷりあるという人達にとって、PCはこの上ないツールです。辞書を越えた辞書であり、図書館であり、各種の案内所であり、時には感動も与えてくれます。検索エンジンや動画サイトで懐かしい音楽や場面に出会えたり、また新しく自分の好みのものに出会えることも魅力です。こういうことに「背を向けてしまっている」高齢者層にその魅力を伝える事は、大変意義のある事だと思います。例えば、年を重ねればより身近になってくる「病」に対する知識も沢山得られますし、何より脳の劣化防止になり、延ては高齢者の医療費や介護保険料の抑制にもつながるのではないかと思っています。


　PCを使用していて一番感じることは、作業過程で様々な分からない事に出会った時、尋ねられるところがないことです。新品を購入した際は、例えば回数や期限付きである程度の質問には応じてくれますが、それを過ぎてしまってからのフォローがほとんどありません。また、有償になってしまい、これにより質問すること自体を諦めてしまう人も多いと思います。こういう人達を救って欲しいのです。(中略)


　普段思っていることなのですが、こういう事を一体どこで言えば良いのかも分かりませんでしたので、こちらで書かせて頂きました。


横浜歴史研究会　齊藤伊三郎


　<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="lab20110228.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/lab20110228.JPG" width="540" height="357" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>




　　(天)


]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_186.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_186.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Sun, 06 Mar 2011 21:27:08 +0900</pubDate>
  <keywords>歴史　IT　講座　高齢者</keywords>
</item>

<item>
  <title>＊歴史カフェ(ver.0)終了＊</title>
  <description><![CDATA[

　[横浜ストリーム主催](http://yokohamastream.jp/)の「[IT入門講座－郷土を愛する市民のための～活動の成果をホームページで全国に発信しよう！～](http://yokohamastream.jp/announce/kouza/sentakukouza1246.html)」が2月15、23、28日の3日間にわたって開催されました。


　サブタイトルに「－郷土を愛する市民のための」とある様に、この横浜で歴史、郷土史研究或いはボランティアガイド活動をされている皆様を主なターゲットとし、そういった方々がご自分達の研究成果、活動報告を全国へ向けて発表するための場作り支援をさせて頂きたい、というのが元々の企画意図でした。実は去年の春頃から色々な団体、個人の方にお話をさせて頂いていましたが、なかなか実現せずに担当者として大変申し訳なく思っておりました。


　そんな中、今回の主旨にご賛同頂いた「横浜歴史研究会」さん([本サイト特集記事](http://www.yokohama-album.jp/special/post_182.php))とのコラボ企画としてようやく始動しまして、当初の予定を上回る9名の皆様にご参加頂き無事「本編」を開催することが出来ました。


<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20110215.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/20110215.JPG" width="488" height="358" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>


　本講座の講師を務めて頂いたのは岩崎保順さん。アナウンサー経験もある岩崎さんは語り口も優しく穏やかで、分からない単語を質問すればとても丁寧にご教授下さいました。なかなかパソコンは敷居が高いなぁ、という受講者の皆様にとっては「こんな先生を待っていたんです！」という正に"うってつけ"の方だった様で、終了後にご提出頂いたアンケートには軒並み「教え方が良かった」「分かりやすかった」という意見が並んでいました。こういう反応が頂けると、主催者サイドの人間としてもほっと致します。(すみません、自分に甘いもので。)


　とはいえこういった主旨の講座というのはあまり過去に例が無く、諸々不手際も多かった為反省点も数多く見つかりました。ただしこれは今後の糧になるものとして、受講者の皆様から沢山勉強させて頂いたという認識でおります。不甲斐ない担当者としては都合の良い解釈かもしれませんが、講師をご快諾下さった岩崎さんは勿論、当日サポートについて下さった[横浜コミュニティデザイン・ラボ](http://yokohamalab.jp/)の方々と、そして受講して下さった横浜歴史研究会の皆様に心より御礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。


　･･･てな文章を書いてると終わってしまった感満載ですが、よーくタイトルをご覧下さい。「ver.0」、つまりはこれが出発点ということでして。これからもっともっと多くの方々に、こういった講座を受講して頂いて、地域の歴史、風土などをより詳細に発信出来る様になれば、それはそのまま全国へ向けた地元のアピールに繋がるものと思います。


　
　そんな訳で、3月に早速自由参加の補講「歴史カフェ・おかわり」を開催させて頂きます。基本的には今回2月の講座を受講された方々が対象ですが、横浜歴史研究会さんに興味がある方や、歴史好きの仲間が欲しい！という方は見学にいらして頂いても結構です。


　△歴史カフェ・おかわり△

1杯目 3月14日(月)　2杯目 3月23日(水)　
時間は何れもAM10:00～12:00(予定)

場所　[なか区民活動センター](http://www.city.yokohama.lg.jp/naka/ncac/)

参加　無料


　因みに、横浜歴史研究会さんの3月例会は8日(火)、横浜市開港記念会館にて行われます。ご興味がおありの方は是非こちらにも足をお運び下さい。


お問合せ:横浜歴史研究会

会長・加藤導男　　事務局長・針靖人　　

TEL 045-812-4881
(みんなでつくる横濱写真アルバムサイトを見た、とお伝え下さい)


]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/ver0.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 28 Feb 2011 22:18:21 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　歴史　IT</keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜写真アーカイブ協議会主催シンポジウムレポ･･･と見せかけた横浜歴史話・その3</title>
  <description><![CDATA[

　「その3」に突入してしまいました。そもそも「8日のレポ書いて。」と指令を受けたにも関わらず、ほぼ8割方自分勝手な文章を書きなぐってきた件について気にはしてますが、このまましれっと最後まで行きたいと思います。(居直り)


　<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="GEDC0592-1.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/GEDC0592-1.JPG" width="391" height="276" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>


　お写真向って左から、コーディネーターの和田さん、小説家の山崎洋子さん、NPO法人ザ・ダークルームインターナショナル代表の近藤宏光さん、天神山貞昌院副住職の亀野哲也さん、アカデミック・リソース・ガイド株式会社代表取締役で、NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ理事の岡本真さんという布陣。それぞれの略歴は[こちら](http://www.yokohama-album.jp/news/28.php)。


　時間がかなり押してしまったので、当初10分のはずだった休憩を5分に削り、パネルディスカッションが始まりました。


　唐突ですが、ここで裏話をあえてさせて頂きます。実はもうお一方、写真家の真殿英男さんにこのパネルディスカッションへのご参加をお願いしていました。真殿さんは横浜松坂屋の宣伝部で30年間ポスター撮影をされていた方で、本サイトにも貴重なお写真をたくさんご投稿頂いています。


　<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="madonosan2-siden7.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/madonosan2-siden7.JPG" width="402" height="280" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>


[真殿英男さんのアルバム](http://www.yokohama-album.jp/picture/view/170/)


　ところがご体調が優れないとのことで、残念ながらこの日はご欠席となってしまいました。真殿さんのお早いご回復を協議会メンバー、事務局スタッフ一同お祈り申し上げております。そして復帰の折にはまたイベントへのご参加をお願いしたいと存じます。と申しましても急かしている訳ではございませんので、ゆっくり、しっかりご病気の治療をなさって下さいね。


　そういった訳でまた本編とはズレた私的感情をぶちまけておりますが、ズレついでに。ディスカッションが始まる前、和田さんが「横浜でジェット戦闘機が墜落した事故を覚えている人はいますか？」という質問を会場に投げかけてらっしゃいました。「1960年代に」とおっしゃっていたのでおや？と思いましたが、あれは1977年のことですよね。じゃないと私が「覚えてます！」と、正直に手を挙げたら年齢詐称疑惑が浮上しますので、念の為。(因みに1964年に米軍機が墜落したのは厚木と町田で、しかも厚木では同じ日に2度事故が起きている)


　一般に「横浜米軍機墜落事件」と呼ばれ、ネットでもその名称で検索すれば多くの記事が出てきます。厚木基地から海上の空母ミッドウェイに向けて飛び立った米軍の偵察機が、再編分区前の緑区、現在の青葉区の住宅地に墜落。一般市民に被害が及び、中でも直撃された民家にいた幼い兄弟が翌日亡くなり、その兄弟の母親も大火傷を負うという居た堪れない事件でした。しかもその母親は火傷とPTSDに苦しみ続けて5年後に亡くなってしまいます。年齢がバレてしまいますが、この兄弟たちは私とほぼ同じ世代だったと思います。なので、事件当時の報道以上に母親が亡くなったことがニュースで流れた時に、よりショックを受けたことを覚えています。


　こんな大惨事にも関わらず、様々な人々の思惑が働いた結果、多くの市民の記憶の彼方に追いやられた状態にされてしまったのです。母親が亡くなった2年後に遺族の要望で「愛の母子像」が中区の「港のみえる丘公園」に設置されますが、この像には長らく何の説明文も付いていませんでした。今から5年ほど前にようやく簡単な碑文が付けられましたが、設置された1985年から21年、事件が起きた1977年から数えると、実に29年という月日が流れてからのことです。



　実際に人が亡くなっている事件なのにこの程度です。70年代には旭区でも米軍機墜落事件が起こっています。こちらは奇跡的に死傷者はなし。ところがそのせいで荏田の事件以上に人々の記憶からは消え去ってしまっている様に思います。ここら辺は人的被害がなければいいみたいな印象が拭えませんし、そもそも一部の事故を除いて、「落とされた側」の人は亡くなっているけれど、「落とした側」は大抵生きてることに市民がもっと敏感になってもいいのではないかと思います。



　近年沖縄での種々の問題がクローズアップされた時、一番それを身近に感じたのが私たち横浜市民、神奈川県民ではなかったのかと思いながら、自分一人では何も出来ない非力さも痛感しました。けれど、多くの人々の意識が集えば何かが変わるのかもしれないな、とアラブの国で起きた独裁政権崩壊のニュースを見て思いを新たにした今日この頃です。



　ここまで話が脱線しまくると、もうどうせ誰もついてきてないだろう、というある種の開放感が(笑)。上記事件の概要説明の部分で「再編分区前の緑区、現在の青葉区」という件が出てきますけれど、この青葉区が誕生したのがもう17年前のことだとこれを書きながら気付いて驚きました。なるほど今の若者にとっては「横浜18区」が当り前なのですね。ではどんな風に18区は出来上がっていったのでしょうか。


　横浜市域の変遷を文字でざっとまとめると以下の様になります。



1889(明治22)年、横浜区域を元に市制施行。面積は5.4K㎡、人口12万人ほどの横浜市が誕生。

(横浜区とは、久良岐郡内の人口密集地域「関内地区」を中心とした81ヶ町のこと)


1927(昭和2)年、区政施行。鶴見、神奈川、中、保土ヶ谷、磯子の5区誕生。周辺地域を編入しつつ市域拡張。


1936(昭和11)年、中、磯子区に現在の港南、金沢区域が編入。


1937(昭和12)年、神奈川区に現在の港北区域編入。


1939(昭和14)年、神奈川区から港北区分区、戸塚区を設置し磯子区域の一部が移管。


1943(昭和18)年、中区から南区分区、神奈川区の一部が中区に移管。


1944(昭和19)年、中区から西区分区。


1948(昭和23)年、磯子区から金沢区分区。


[1956(昭和31)年、政令指定都市]


1969(昭和44)年、南区から港南区、戸塚区から瀬谷区、保土ヶ谷区から旭区、港北区から緑区がそれぞれ分区。


1986(昭和61)年、戸塚区から栄区、泉区分区。


1994(平成6)年、港北区、緑区を再編し、港北区、緑区と　新たに青葉区、都筑区を設置。18区となる。

2010年の調査時点で人口約368万人(日本の市町村でトップ)、市域面積437.38K㎡。


　この120年余の間に爆発的に人口も面積も拡大していったんですね。現在の中心部から周辺に「侵食」するかの如く、横浜という街は広がっていったわけです。パネルディスカッション登壇者の亀野哲也さんは、その侵食された側ともいえる港南区にある寺院、曹洞宗天神山貞昌院の副住職さんです。本サイトの特集記事、「[ＩＴを活用した郷土史のデジタルアーカイブ化の取り組み～我が町の歴史再発見、そして次代への継承を目指して～](http://www.yokohama-album.jp/special/post_17.php) 」でも取り上げられていますが、貞昌院は430年の歴史を持っていて、なんと約200年前のものと推定される現存する日本一古いおみくじがあります。しかもこのおみくじ「凶の比率の高さ」も日本一なのだとか。以前私が聞いた話では、最近の神社・仏閣の中には特にお正月の時期などにおみくじから凶を抜いてしまっている所もあるのだそうですが、江戸時代は逆に神仏から辛辣なことを言われる方が良かったんでしょうか。


　ちなみにこの[天神おみくじ](http://teishoin.net/omikuji/omikuji.html)はWEB上でも引ける様になっていますので、皆さんもお試しあれ。


　パネルディスカッション内で亀野さんが「港南区は今では横浜18区の1つですが、昭和11年まで相模国鎌倉郡でした。」とおっしゃったのが上記の表でわかりますね。もっと根本的な話をすると、現在の神奈川県域の大半は相模国だったわけですが、私たちの住む横浜市はその殆どが武蔵国。保土ヶ谷区に境木という地名がありますが、国境の目印に木を立てていたことに由来していて、つまりあの辺りが古い境目の一部というわけです。基本的には戸塚区とそこから分区していった瀬谷、泉、栄はほぼ相模で、それ以外の区域が武蔵と考えられますが、港南区辺りはなかなかややこしい経緯を辿って18区の一員になった場所です。


　横浜という街はこうして複雑怪奇にその範囲を広げて巨大化したために、包容力があって様々な文化を持つ一方、悪い言い方をするとまとまりがなく団結力に薄い嫌いがあるのは、こういった「境目問題」が多少なりとも影響しているのではないかと感じる時があります。


　登壇者の山崎洋子さんが、「横浜の人ってとてもドラマティックな歴史があるのに、自分達の街の歴史に興味が薄いな、と感じているんです。」とおっしゃった時には地元民として軽くショックを受けました。ただ同時に否定出来ない部分もあるとも思ったのです。山崎さんはその理由を「モノが残っていないから。」という風に説明されました。それは殊に中心部に壊滅的打撃をもたらした2つの出来事、1923(大正12)年の関東大震災と1945(昭和20)年の横浜大空襲によるものでその通りだと思います。しかし、無闇に街が巨大化したことによって生じた「同じ地域という一体感が持てないシンドローム」も、市民が街に対して興味が薄かった原因の1つだったのではないかと考えています。


　私がこどもの頃に「裏横浜」とか「横山市」などという言葉を一部の人が使っていました。裏という言葉は今の裏原(ウラハラ)の様にちょっと通が行く奥座敷的感覚ではなく見下した意味合いで、要は中心部(臨海部)に住んでいた連中が、横浜市なのに海の無い地区、所謂ヒルサイド方面のことを指して言っていたと記憶しています。最近聞かなくなったところをみると、きっとその辺の差を強調する必要も無くなったのだと思いますが、高々30年位前でも意識の差があったのだと感じました。このあったのだ、という過去形を強調したいのですが･･･。


　本当にもう泣く泣く100歩譲って、去年までハマっ子は自分達の街に興味が薄かった、かもしれません。でも今年からは違います。変わったのです。その証拠が今回のシンポジウム開催だと思いたい、いや、思います。言い切ってみました、公の場で。新たなスタート地点にたった本サイトと協議会、そして設立を予定しているNPO法人の活動が、きっとより多くの人々の心を動かしていくものと信じて一旦締めたいと思います。ご清聴ありがとうございました。


　<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="yoshisuzu7.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/yoshisuzu7.JPG" width="231" height="281" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>



　･･･これレポじゃないだろー、とつっこまれることを想定して、もう少しつづくかもしれません。

(天)



]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/3_2.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/3_2.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Sun, 13 Feb 2011 02:32:54 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　写真　アーカイブ</keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜写真アーカイブ協議会主催シンポジウムレポ･･･と見せかけた横浜歴史話・その2</title>
  <description><![CDATA[
　
　「その1」の中では2月8日の動画について横浜市民メディア連絡会のサイトを紹介致しました。

　手前味噌ではございますが、横浜ストリームとしても記録を残しておりますのでサイトにアクセスしてみて下さい。


横浜ストリーム　2011/2/8 シンポジウム


[その1](http://www.ustream.tv/recorded/12545394)

[その2](http://www.ustream.tv/recorded/12546247)



　因みにほぼ全編文章化した昨年7月のACT北仲ワークショップもございますので、こちらも是非。


[その1](http://www.ustream.tv/recorded/8106156)

[その2](http://www.ustream.tv/recorded/8106692) 




　さて、五十嵐さんと和田さんの基調対談内で気になった写真、話題についてもう1つだけ触れたいと思います。今ではMM21地区なども開発され全国的に知られる横浜のイメージとしても定着している様ですが、ある世代以上にとってやはり横浜の中心でありシンボルと言えば、山下公園から眺める氷川丸とマリンタワーではないかと思います。特に氷川丸には凄絶な過去が秘められていて、実際には港に係留され穏やかな余生を送っている姿しか見たことのない多くの人々も、美しくも悲しい心惹かれる歴史的遺産という認識をしているのではないかと思います。


　強引に前回・その1の話題と結びつけると「神社」という共通点が出てくるわけですが、これについて以前若者同士が会話をしているのを偶然聞いたことがあります。「氷川丸の中に神社があるの知ってる？」「へえ、そうなんだ。同じ名前だからかな。」また、ネット上のやりとりの一部で「氷川丸は神社を祀ってたお陰で沈まなかった。」的な発言を見たこともあります。この会話の主たちがその後きちんと氷川丸の歴史について理解を深めたかどうかはともかく、あまり気にしていない人にとってはこんなものかと思った記憶があります。


　<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="hikawa-nihonyuusen7.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/hikawa-nihonyuusen7.JPG" width="428" height="276" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>



[日本郵船歴史博物館さんのアルバム](http://www.yokohama-album.jp/picture/view/165/)


　ご存知の方にとっては何を今更なお話でしょうが、氷川丸はかつて横浜にあった造船所「横浜船渠」が昭和初期シアトル・バンクーバー航路用に建造した貨客船です。横浜船渠は後に三菱重工業に合併吸収され三菱重工業横浜造船所となります。前後の詳細な合併や諸々の設立経緯についてはここでは省きますが、つまりは現在の日本郵船ということになります。氷川は言うまでも無く武蔵一之宮・氷川神社に由来していて、偶然同じ名前だったから神社を祀ったのではなくて、氷川神社ありきなわけです。


日本郵船歴史博物館・日本郵船氷川丸サイトは[こちら](http://www.nyk.com/rekishi/index.htm)


　氷川丸単独で考えると分かりづらいかもしれませんが、「彼女」の姉妹船たち、同じシアトル・バンクーバー航路に就いた日枝丸と平安丸、サンフランシスコ航路に就いた浅間丸、龍田丸、秩父丸といった名前を見ればそれが一目瞭然です。因みに秩父丸だけ後に鎌倉丸と改名されますが、これはローマ字表記のせいで、元々ヘボン式で「chichibu」とされていた時は問題なかったものの、訓令式の「titibu」に変えた途端英語圏の人々に笑われる様になってしまったからだといわれています。("tit"はオッパイとか乳首といった意味のスラング)



　この6隻は全て昭和初期北太平洋上で繰広げられた北米諸国との貨客船就航競争の中で、日本郵船が当時の日本政府の援助を受け造船、戦争突入時に日本海軍に徴用され病院船、潜水母艦、運送船などとして使われる様になりました。戦火を潜り抜け無事生き残れたのは氷川丸だけで、他の5隻は何れも撃沈され多くの命とともに海に沈みました。こういう歴史を知っていれば前出の若者の様な発言は出て来ないでしょう。とは言え氷川丸以外は実体がこの世から消え、またその記憶も意図して語り継がない限り人々の中から消え去ろうとしているのも事実で、何も知らない彼らを非難することは出来ません。



　<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="hiemaru-neko3.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/hiemaru-neko3.JPG" width="399" height="273" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>


[猫きちさんのアルバム](http://www.yokohama-album.jp/picture/view/59/)



　8日のシンポジウムの中で「語り継ぎたくない歴史」という話が出てきたことを思い出します。つまりその当事者にとっては汚点である出来事はなるべく過去から抹消したい。実際歴史の秘部などと言われる未解明の事件は、そういった理由により後の「歴史的勝者」たちが記録から消し去ってしまったがために謎と化したものが大半であると思います。政治的背景云々もあるでしょうが、生身の人間として己の失敗や自身のトラウマを残しておきたくないという心理が働くのもまた自然なこと。ならば、多少生々しさの薄れた後の世代の者、或いはある程度俯瞰で物事を見られる立場の人間が、直接の記憶と記録を持っている世代や当事者の方々にアクセスし、様々な角度からそれらを検証、且、冷静な目線で改めて記録、保管していくという作業をしていくべきでしょう。


　シンポ当日活動事例報告をして下さった東海大学の水島久光教授が手がけられた「冬の波－第六垂水丸遭難とおおすみの記憶」(昭和19年2月戦時中情報統制下の鹿児島垂水港沖で起きた海難事故についてのドキュメンタリー)などはそういった流れで行われた部分が大きいのではないかと思います。



　<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="GEDC0589-1.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/GEDC0589-1.JPG" width="347" height="248" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>



[メル・プラッツ](http://mellplatz.net/)さんの「冬の波」に関するコンテンツは[こちら](http://mellplatz.net/exchange/2009/04/000132.php)



　近年この「橋渡し」作業こそ、私達の世代そして時代に課せられた大きな役目の一つなのではないかと強く感じる様になってきました。ここで必要になるものこそ写真であり、映像であり、本来あるべき場所つまりは撮影地に戻すことが大切で、それらをきちんと分類・整理した後活用し、更にこの三つの作業をひらかれた形で行うことが今後地域アーカイブに求められるものであろうと水島さんも語っておられました。


　(つづく)(天)




]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/2_6.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Sat, 12 Feb 2011 01:18:06 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　写真　アーカイブ</keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜写真アーカイブ協議会主催シンポジウムレポ･･･と見せかけた横浜歴史話・その1</title>
  <description><![CDATA[
　　「よみがえる昭和　港・まち・くらし～横浜の記憶を写真で残すためのシンポジウム～」が無事終了しました。イベントが終了したというだけで今後本サイトを運営していくための体制作りという本題に取りかからなければいけないわけですが、それはそれと致しまして、2月8日の夜を振り返る体で幾つかのキーワードを拾い上げ、我が街「横浜」の歴史を少しだけ紐解いてみたいと思います。


　まず最初に横浜写真アーカイブ協議会代表・横浜市立大学の鈴木伸治准教授より開会の挨拶があり、これまでの活動と今回のシンポジウム開催に至った経緯などが語られました。詳細は本サイトの[特集記事](http://www.yokohama-album.jp/special/_npo.php)をご参照頂ければよろしいかと。(手抜きと言われたら反論出来ませんのでお許しを。)


　続いて「記録されないものは記憶されない ～写真からよみがえる昭和の港・まち・くらしの記憶～」と題し、協議会メンバーの和田昌樹さんと元神奈川新聞社勤務で現在も写真家としてご活躍の五十嵐英壽さんによる基調対談が始まりました。


　<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="wada-igarashi1.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/wada-igarashi1.JPG" width="411" height="284" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>


　
　五十嵐さんが撮影された貴重な写真をプロジェクターで投影しながら対談が進行していきました。この内容を昨年の7月に北仲スクールと横浜ストリームが共催した「北仲ACTワークショップ - 地域×デジタルアーカイヴ」の時の如く全て書き起こしてみようか、などという思いが一瞬脳裏を掠めましたが、今回は横浜市民メディア連絡会のサイトで動画がいつでも見られるということを考慮し、また以前と同じことをやっても面白くないので少し趣向を変えてみることにします。それで怒られたら直すといういつもの手段ということで。ちなみに当日の動画はこちら。


[その1](http://www.ustream.tv/recorded/12545410)

[その2](http://www.ustream.tv/recorded/12546252)


ついでなので、去年の北仲ACTワークショップ@tvkアプローズ再現レポは[こちら](http://sns.hamatch.jp/bbs/bbs_list.php?root_key=56539&bbs_id=492)。


･･･改めて読んでみますと、今回のイベントとリンクする内容がけっこう出てきますね。


　さて、五十嵐さんがお持ち下さった写真の中に、本牧神社の伝統行事でハマの奇祭とも称される「お馬流し」の様子が写っているものがありました。聞き手の和田さんが何気なく「なんで『馬』なのかな。」とおっしゃったものの時間が無くそのまま次の話題になってしまったのですが、実はなかなか奥深い話で、謎を解く鍵は本牧神社の由緒にある様です。現在の社地は、第二次大戦後に米軍の接収に絡んで仮遷座され更に返還整理後の区画整理によって換地された場所で、元々は「本牧十二天社」という社名で岬先端部の出島に鎮座していました。この経緯も横浜らしい話ではあります。因みに十二天社の由来は、元は大日靈女命の神像を奉斎していたけれど、ある時から本地垂迹説を取り入れて「仏説十二天」を大日靈女命の前に祀る様になったからといわれています。拝殿の後ろからお参りするという風習が過去にあったというのも、御神体が後方にあったということに由来するのでしょう。


　ハマ経に掲載されたお馬流しの記事は[こちら](http://www.hamakei.com/headline/5340/)。


　本牧神社社伝によれば、建久2(1192)年、源頼朝が鎌倉幕府開幕にあたり鬼門(艮=北東)守護を祈念し平安期既に当地にあった小祠に朱塗の厨子を奉納したのを縁起としています。神奈川県域に鎮座する神社・仏閣の沿革の多くに頼朝が絡んできますが、地理的に考えても自然でしょう。そこで何故「馬」なのかという疑問ですが、この界隈には平安期に朝廷の御牧があり、その後の鎌倉期には軍馬の放牧地になったとも言われています。ここで出てくるのが、死んだ馬を浜から海に流していた事に由来しているとする説です。ただし他にも、遠い昔に疫病が流行ったので悪魔を流してしまおうとしたのだとか、「お馬＝御魔(おんま)」ということで、邪神を海に流す為に
行ったとか複数の説が残っています。しかし、再三「馬」と言ってきたものの、実際のお馬流しをご覧になったことのある方々はお気づきでしょうが、お馬は全体として動物の馬を模したものではなく、頭部のみが馬で体部は亀という不思議なものです。


<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="honmoku2.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/honmoku2.JPG" width="471" height="340" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>


　ここで気になるのは、本牧神社の位置から頼朝が作った武家の古都・鎌倉の中心を見た時、その直線状にもう1つハマの奇祭を伝える古社、波除八幡こと富岡八幡宮があることです。今何かと話題の大相撲に縁のある深川八幡こと東京の富岡八幡宮が、実はこのハマのエビスさんから勧請を受け創建されたことはハマっ子でも意外にご存知ない方が多い様ですが、それはさておき、この横浜富岡八幡宮も本牧神社と似た様な由緒(源頼朝が当地鎮護の為、摂津難波の「蛭子尊」即ち「エビス神」、現在の西宮神社を勧請)を持つ点と、800年以上の歴史を持つ「祇園舟」という祭りが伝わっている点に注目するべきでしょう。詳細は異なりますが、祇園舟もお馬流しも、海の沖合い遠くに罪汚れ・禍事を流してしまおうという部分は同じです。河川などで行う「精霊(灯籠)流し」と同じ様な起源を持っているとも考えられます。



<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="tomioka1.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/tomioka1.JPG" width="440" height="341" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>



　厄を払おうとする儀式には様々な形があります。火で燃やすとか土に埋めるとかでも良いはずなのに、海に流すという共通事項が意味するもの。恐らく海に面して暮らしていた人々、つまり漁村には何かを海に流して厄払いをしようという風習が古くからあって、そこに途中で何を流したらよりご利益があるのかいうことが付加されたのではないでしょうか。そう考えれば上記複数ある由緒はどれか1つに限定されるものではなく、全てが複合して「お馬流し」となったのであって、またこの特殊神事が大都市・横浜の片隅に今日まで受け継がれているということが、様々な歴史の流れを含み、そして表現していると言えるのかもしれません。



(つづく)　　(天)

]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/1_5.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Fri, 11 Feb 2011 03:06:35 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　歴史　写真　アーカイブ</keywords>
</item>

<item>
  <title>NPO法人設立総会へ向けたMTG</title>
  <description>　2月8日、横浜写真アーカイブ協議会主催の「よみがえる昭和　港・まち・くらし～横浜の記憶を写真で残すためのシンポジウム～」がヨコハマ創造都市センター(YCC)3階スペースにて開催されました。

　イベント開始前の時間を使い、「NPO法人横浜写真アーカイブ」設立総会へ向けた調整の最終段階として、これまでのコアメンバーに加え新法人設立の際に理事を努めて頂く予定の方々の一部にもご出席頂き今後の運営体制の検討を行いました。3月中旬に設立総会、下旬に法人申請予定、認定が7月に下りると仮定し8月には設立記念イベントを開催するという方向で詳細を煮詰め、夏の記念イベントまでのスケジュール(対象者向けIT講習会の定期開催、歴史関連団体へのアンケートなど)をより具体化させることと、事業計画についても大綱の段階から一歩進んだ内容の提示が急務であるとの指摘がなされ、また、助成金活用は否定しないものの、出来得る限り「自立した」運営を目指すべきとの見解が示されました。

次回協議会開催日は現在調整中です。
</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/npomtg.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Thu, 10 Feb 2011 01:34:38 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　写真　アーカイブ</keywords>
</item>

<item>
  <title>2月8日（火）のイベント開催をインターネット生中継</title>
  <description><![CDATA[
本日行われる下記イベントを横浜市民放送局のご協力を得て、Ustream生中継します。

<a href="http://c-tv.jp/">http://c-tv.jp/　横浜市民放送局ポータルWeb</a>
こちらをご覧ください。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/news/28.php">下記プログラムなど詳細はこちらのお知らせをご覧ください。</a>


日時　：　2011年2月8日（火）18:00～20:20　開場17:30
会場　：　ヨコハマ創造都市センター
　　　　　みなとみらい線「馬車道駅」1B出口／JR・市営地下鉄「桜木町駅」徒歩5分
参加費無料　事前申込（当日参加可） 

主催　横浜写真アーカイブ協議会
共催　ヨコハマ創造都市センター（YCC）[公益財団法人横浜市芸術文化振興財団]
　　　横浜地域情報化推進協議会（横浜ストリーム）
協力　北仲スクール
　　　横浜市民放送局
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/28_1.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/28_1.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Tue, 08 Feb 2011 16:54:52 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>よみがえる昭和　港・まち・くらし － NPO法人設立へ向けたシンポジウムを開催</title>
  <description><![CDATA[<br /><br />
　「よみがえる昭和　港・まち・くらし～横浜の記憶を写真で残すためのシンポジウム～」が、来る2011年2月8日にヨコハマ創造都市センター(略称:YCC　横浜市中区本町6)において開催される。横浜市が1月～2月にかけ展開中の「フォト・ヨコハマ2011」(写真・映像の総合イベント期間)参加事業プログラムであり、また間近に迫った新NPO法人設立へ向けたフォーラムという位置づけもなされている。これに先駆け、関係者へのインタビューから本イベントと法人設立の意義を探る。<br /><br /><br />

ウェブサイトの立ち上げ<br /><br />
　本ウェブサイト「みんなでつくる横濱写真アルバム－市民が記録した150年」が本格運用を開始したのは2009年3月。横浜開港150周年(Y150)関連事業として、当地の歴史を記録した写真を発掘・保存し、且つ、デジタルアーカイブ化することにより、二次的活用も可能にしていこうとする趣旨のもとに作成された。発端はその前年2008年9月開催の「横浜写真アーカイブプロジェクト意見交換会」で、「市民がつくるデジタルアーカイブ」の有様を検討しそのプラットホームとしての役割を果たすべく考案されたものである。2009年4月～9月のY150イベント開催期間中に、市民個人のみならず企業、行政機関などから約6,000枚にも及ぶ写真が寄せられ、その存在の有益性を改めて示すこととなった。しかし同年11月、一旦写真の新規投稿や利用者登録が停止されると同時に運営主体が「横浜写真アーカイブ協議会」となった。それは実は新たな展開に向けての胎動であった。2010年以降この協議会のミーティングを活発化し新たなメンバーを加えるなどした上で、事業運営に関してより明確で強固な基盤を有する組織を設立する為の準備を行ってきた。<br /><br /><br />

「横浜写真アーカイブ協議会」から「NPO法人横浜写真アーカイブ」へ<br /><br />
　横浜写真アーカイブ協議会の前身組織「横浜写真アーカイブ実行委員会」は、横浜商工会議所(中区山下町2)、財団法人横浜開港150周年協会(中区新港1)、社団法人横浜港振興協会(中区海岸通1)と横浜市が実施主体であり、「Y150市民参加プラットホーム推進委員会」が運営主体となってサーバー管理や広報などを執り行っていた。これらの組織と事務局を担当していた横浜市民メディア連絡会のほか、本プロジェクトの趣旨に賛同する団体や、個人により協議会が編成され今日に到っている。その中で協議会代表を務めてきたのが、横浜市立大学総合科学部准教授で都市計画が専門の鈴木伸治さん。鈴木さんに率直な質問を投げかけてみた。<br /><br />
<table border="0"><tr><td valign="center" width="180"><a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6797/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6797/180/180/" /></a></td>
<td>
－みんなでつくる横濱写真アルバムとは何なのでしょうか。<br />
　横浜のまちの姿が大きく変わるのは昭和30年代から40年代にかけてで、特に郊外部において顕著です。この頃は一般にカメラが普及した時期でもあり、横浜市内の各家庭には当時のまちの原風景や暮らしの様子をとらえた写真が沢山眠っています。こうした写真はまちの歴史を考える上でも貴重であり、これらを市民で共有する仕組みが「みんなでつくる横濱写真アルバム」なのです。<br /><br />
－それでは、これから出来るNPO法人横浜写真アーカイブとは具体的にどんな活動をしていくのでしょうか。<br />
　写真は、「集めただけ」では意味がありません。その背後にある物語を知った時に共感が生まれます。人々の暮らしの移り変わり、個人の記憶、会社や商店の歴史も横浜の歴史の大事な一部分なのです。こうした数多くの「物語」を掘り起こすという作業をして行きたいと思っています。
</td></tr></table><br />
　これまでにも様々なアーカイブプロジェクトが全国各地で展開されてきていたが、集めるという行為に重点が置かれそこで完結してしまったものが大半のように思える。本来収集・保管の次の段階が重要であるということを本プロジェクトは提示しているのだろう。また、その方法に関してもこれまでは受動的、つまり募集はかけるが後は応募者まかせになりがちだったものを、こちらから発掘しに行くという能動的手段をとろうとしている。これにより、新しい発見がなされる確率が従来の受動的収集方法よりかなり上がるのではないだろうか。これも注目すべき点である。<br /><br /><br />
2月8日のシンポジウムに向けて<br /><br />
　今回のイベントのコーディネーターを務めるのは、桜美林大学准教授(情報デザイン論)で横浜市民メディア連絡会代表の和田昌樹さん。過去BOX誌やEcologist Japanの編集長などを歴任してきた氏に話を伺ってみた。<br /><br />
<table border="0"><tr><td>
－本シンポジウムの全体像をどうとらえ、どうコーディネートしようとお考えでしょうか。<br />
　そんな難しい話ではない、ということをまずお伝えしたいです。我々みんなの記憶に残る「街の風景」というのは意外に写真に頼っている部分が多いのです。頭の中に浮かんでいるぼんやりとしたイメージを他人に伝えるのは難しいけれど、写真に撮られていればそれぞれの記憶を簡単にそしてリアルに蘇らせることが出来る。そういった役割を持つ写真というものを通して横浜の街の変遷をたどってみましょう、ということです。<br />
</td><td valign="center" align="right" width="220"><a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6798/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6798/200/200/" /></a></td></tr></table>
　基本にあるのは「記録されないものは記憶されない」という理念です。元々写真というのはとても「貴重品」で、例えば結婚式や七五三、お正月といった「ハレの日」の思い出を残す特別なものだったわけです。ところが段々カメラが大衆化し写真自体が「消耗品」になってしまったことで、ありふれたものとして扱われ存在そのものを気にしなくなってしまった。よくデジカメで撮影したのはいいけれど、整理もなにもしなくて結局データがいっぱいになって捨ててしまうということがあるでしょう。つまり振り返らなくなってしまったんです。<br />
　本来写真とは「振り返り」のツールなんです。その時を振り返ってみて、反省したり、今後どうしようかと考えてみたり。皆さんのその行為が「まちづくり」につながっていく、という側面もあるということにぜひ気付いてほしいですね。<br /><br />
－なるほど。では、基調対談コーナーではどういったお話をしようと思ってらっしゃいますか。<br />
　対談相手である写真家の五十嵐英壽さんは元神奈川新聞社の写真部にいらした方で、これまでに数多くの写真を撮ってらっしゃると思います。実際の横浜にはポートサイド(臨海部)もヒルサイド(丘陵部)もありますが、全国区として見ると開港五都市のひとつでもあり、ちょっとモダンな港町というようなイメージでしょう。そのある意味横浜のイメージそのものでもある港の核といえる「大桟橋」を撮影し続けてきた五十嵐さんに、例えば何点かご自身の作品をお持ち頂いて、「大桟橋を通して見た横浜という街の遷り変わり」などを語って頂ければと考えています。更に欲を言えば、その写真に写っているのは大桟橋とその周辺だけだとしても、それと同じ頃に他の横浜の街中では一体どんなことが起こっていたのか、といった部分にまで触れられるとより良いと思っています。<br /><br /><br />
今後の展開と可能性<br /><br />
<table border="0"><tr><td valign="center" width="170"><a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6800/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6800/150/150/" /></a></td>
<td valign="top">
　シンポ当日「アーカイブを地域につなぐ」と題して活動紹介を行う予定の東海大学文学部広報メディア学科教授で北仲スクールにおいてワークショップを主催する水島久光さんは、「アーカイブの地域公開ストラテジーという点について、北仲スクールの授業内で制作された作品にも触れながら皆さんと一緒に考えたいと思います。また、今現在、横浜だけではなくて同様の現象(種々のアーカイブプロジェクトの活発化)が日本各地で同時多発的に起こっていることの意義と、今後の展開や可能性についてもお話できれば良いですね。」と語る。</td></tr></table><br />
　写真が本来持っていた役割、そして新たな可能性について、それを考えるべきであり、また今がその考えるべき時なのだろう。このタイミングで本シンポジウムが開催されること自体に意味がある様だ。<br /><br /><br />
（宮野純子）
<br /><br /><br />
よみがえる昭和　港・まち・くらし～横浜の記憶を写真で残すためのシンポジウム～<br /><br />
日時　：　2011年2月8日（火）18:00～20:20（開場17:30）<br />
会場　：　ヨコハマ創造都市センター3階<br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/news/28.php">→詳細はこちら</a><br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/_npo.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/_npo.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Sun, 06 Feb 2011 20:36:02 +0900</pubDate>
  <keywords>5312</keywords>
</item>

<item>
  <title>2月8日（火）開催　よみがえる昭和　港・まち・くらし～横浜の記憶を写真で残すためのシンポジウム～</title>
  <description><![CDATA[<br /><br />
　横浜写真アーカイブ協議会は、2011年2月8日（火）、ヨコハマ創造都市センター（横浜市中区本町6）にて、横浜の記憶を写真で残すためのシンポジウム「よみがえる昭和　港・まち・くらし」を開催します。<br />
　本協議会は、市民から提供された古い写真などを電子化・保存する写真アーカイブサイト「みんなでつくる横濱写真アルバム」を運営しています。このサイトは、2009年横濱開港150周年記念事業の一環として、歴史的資源としての写真を地域の「財産」として共有することを目的に設置。<br />
　現在、市民や企業から投稿された6,000枚を超える写真が保存されています。<br />
　このたび、横浜写真アーカイブ協議会は、このような写真アーカイブ活動を持続・発展させていくため、NPO法人化を目指す運びとなりました。それを記念し、今回のシンポジウムでは、写真や映像で横浜の風景や市民の証言をはじめとした「記憶」を記録する大切さや面白さを、様々なゲストや参加者のみなさんと共に考えます。当日は同会場内にて、アーカイブサイト「みんなでつくる横濱写真アルバム」に保存されている写真や、今までの活動に関する展示も行います。
<br /><br /><br />
日時　：　2011年2月8日（火）18:00～20:20　開場17:30<br />
会場　：　<a href="http://www.yaf.or.jp/ycc/access/index.php">ヨコハマ創造都市センター</a><br />
　　　　　みなとみらい線「馬車道駅」1B出口／JR・市営地下鉄「桜木町駅」徒歩5分<br />
参加費無料　事前申込（当日参加可）
<br /><br />

主催　<a href="http://www.yokohama-album.jp/">横浜写真アーカイブ協議会</a><br />
共催　<a href="http://www.yaf.or.jp/ycc/index.php">ヨコハマ創造都市センター（YCC）[公益財団法人横浜市芸術文化振興財団]</a><br />
　　　<a href="http://yokohamastream.jp">横浜地域情報化推進協議会（横浜ストリーム）</a><br />
協力　<a href="http://kitanaka-school.net">北仲スクール</a><br />
　　　<a href="http://c-tv.jp/">横浜市民放送局</a><br /><br /><br />


▽プログラム<br /><br />
１．主催者挨拶 「みんなでつくる横濱写真アルバム」の経緯と今後<br />
　　鈴木伸治さん （横浜写真アーカイブ協議会代表／横浜市立大学准教授）<br /><br />
２．基調対談「記録されないものは記憶されない～写真からよみがえる昭和の港・まち・くらしの記憶～」<br />
　  横浜の港の風景を撮影されてきた写真家・五十嵐英壽氏と、横浜写真アーカイブ協議会のメンバーである和田昌樹氏に、アーカイブすることの大切さ・面白さとは何か、トークしていただきます。<br />
　   　<a href="http://www.yaf.or.jp/ycag/catalogue/solo/1989igarashi.html">五十嵐英壽さん</a>　写真家<br />
　　　1981年 神奈川新聞社編集局写真部長、1985年神奈川新聞社川崎総局長を務める。<br />
　　　1988年に写真集「横濱みなとの唄」刊行。1992年ドイツ・シュッツガルトで個展「横浜物語」。<br />
　　　1995年横浜ズーミング倶楽部を創設。<br />
　　　日本写真作家協会（JPA）会員。横浜ズーミング倶楽部代表。神奈川報道写真連盟審査員。<br />
　　　よみうり文化センター講師。横浜写真塾主宰。神奈川新聞社社友。<br />
　　<a href="http://gproweb1.obirin.ac.jp/obuhp/KgApp?kyoinId=ogkgggge">和田昌樹さん</a>　桜美林大学准教授／横浜市民メディア連絡会代表<br />
　　学習院大学卒業後、ダイヤモンド社入社。月刊BOX誌編集長、広告局長などを経て、<br />
　　2005年より桜美林大学総合文化学群准教授（メディア・リテラシー）。<br />
　　横浜市民放送局「ポートサイド・ステーション」代表などを勤める。<br />
　　著作に「地球カメラローデンクレーター・プロジェクト」、「知りながら害をなすな 優良企業はＣＳＲで生き残る」（ダイヤモンド社） などがある。<br /><br />
３．話題提供<br />
　「みんなでつくる横濱写真アルバム」コンテンツ紹介　<a href="http://www.y-cmc.com/">梅香家聡さん</a>　横浜市民メディア連絡会事務局長<br />
　「アーカイブを地域につなぐ」紹介　<a href="http://prog.pr.tokai.ac.jp/utokai/TkpJin?p_kubun=01&p_shoc=851700&p_kyoushoc=191013">水島久光さん</a>　東海大学文学部広報メディア学科教授／北仲スクール講師<br /><br />
４．パネルディスカッション「市民参加型の横浜歴史アーカイブに期待すること」<br />
　   コーディネーター　和田昌樹さん<br />
　   パネラー　<a href="http://www.thedarkroom-int.com/">近藤宏光さん</a>　NPO法人ザ・ダークルームインターナショナル<br />
　　　　　　　1979年生まれ。2001年日本大学芸術学部写真学科中退。<br />
　　　　　　　2003年カベンディッシュ・カレッジ（ロンドン）B&Wプロフェッショナルコース修了。<br />
　　　　　　　2004年に特定非営利活動法人ザ・ダークルーム・インターナショナル設立から勤務し、2011年に現職となる。<br />
　   　　　　　<a href="http://www.townnews.co.jp/0112/2009/05/21/30937.html">亀野哲也さん</a>　天神山貞昌院副住職<br />
　　　　　　　1965年生まれ、早稲田大学理工学部卒業。<br />
　　　　　　　東京都下水道局に入庁、同局計画部などに在籍した後、退職。 <br />
　　　　　　　曹洞宗大本山総持寺安居修業後、96年より現職。<br />
　　　　　　　2001年早稲田大学国際情報通信研究科修了。 02年曹洞宗宗務庁職員。<br />
　　　　　　　05年SOTO禅インターナショナル事務局長。07年民生児童委員　(特活) 港南歴史協議会理事。<br />
　　　　　　<a href="http://members2.jcom.home.ne.jp/noa411/newpage35.html">山崎洋子さん</a>　小説家<br />
　　　　　　1947年8月6日　京都府宮津市生れ<br />
　　　　　　コピーライター、児童読物作家、脚本家を経て小説家に。<br />
　　　　　　1986年　「花園の迷宮」（講談社）で第32回江戸川乱歩賞を受賞。<br />
　　　　　　小説、エッセイ、ノンフィクションなど多数。<br />
　　　　　　舞台の脚本、演出でも活動。2010年度NHK地域放送文化賞受賞。<br />
　　　　　　最新刊「横濱　唐人お吉異聞」（講談社）。横浜市在住。<br />
　　　　　　<a href="http://www.arg.ne.jp">岡本真さん</a>　アカデミック・リソース・ガイド株式会社<br />
　　　　　　1999年から2009年までヤフー株式会社でYahoo!知恵袋等のプロデュースに従事。<br />
　　　　　　2009年、アカデミック・リソース・ガイド株式会社を設立。<br />
　　　　　　デジタルアーカイブや情報検索システムの研究・開発・運用のコンサルティング等に従事。<br />
　　　　　　東京大学、京都大学の研究員を兼任。<br />
　　　　　　国立国会図書館によるデジタル情報資源ラウンドテーブル本会議の委員等も務める。<br />
　　　　　　横浜コミュニティデザイン・ラボ理事。<br /><br /><br />

お問い合わせ／お申し込み（お名前とご所属を下記メールアドレスまでお送りください。）<br />
横浜写真アーカイブ協議会事務局（NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ内）　担当：齊藤<br />
info@yokohama-album.jp　045-664-9009<br /><br /><br />

※本事業は、<a href="http://www.welcome.city.yokohama.jp/ja/tourism/winter_special/event/ev_sp5.html">フォト・ヨコハマ2011</a>事業参加プログラムです。<br /><br />

チラシダウンロードは<span class="mt-enclosure mt-enclosure-file" style="display: inline;"><a href="http://www.yokohama-album.jp/flyer/110208シンポジウム.pdf">こちら</a></span>（PDF9.6MB）<br /><br />
<div align="center">
    <a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2950/">
        <img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2950/400/400/" />
    </a>
    <br />
            撮影：真殿英男さん
</div>
<br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/28.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 02 Feb 2011 14:40:39 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>【無事】第5回「北仲カフェ」～ちぐさを語ろう【終了】</title>
  <description><![CDATA[

　☆ご来場・ご視聴御礼☆

　
　　"第5回「北仲カフェ」～ちぐさを語ろう"がお陰さまで無事終了致しました。ご出演をお願いした皆様は勿論ですが、裏方を務めて下さった北仲のスタッフ、学生の皆さん、そして実際ご来場下さった方々、Ustの中継をご覧になって下さった方々全てに心より御礼申し上げます。

　
　なんとな～く「こんなことやりたいんスけど～。」的な軽いノリで言い出した事に、こんなに多くの方が真剣に向き合って下さって本当にありがたく思っております。また、このちぐさに関しては新年度以降も是非また何か動きを考えたいと企んでおりますので、その際はまた皆様のお力添えを賜りたく存じます。


　至らない点ばかりですが、今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。



　なお、動画は[こちら](http://www.ustream.tv/recorded/12023557#utm_campaign=twitter.com&utm_source=12023557&utm_medium=social)からご覧頂けます。


<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="2011115kitanaka.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/2011115kitanaka.JPG" width="540" height="393" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/5_1.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/5_1.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Sun, 16 Jan 2011 02:47:58 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>新法人設立へ向けたシンポジウムを開催－横浜写真アーカイブ協議会MTG</title>
  <description>

　1月13日、2011年第1回目の横浜写真アーカイブ協議会が横浜港振興協会会議室にて開催されました。出席者は座長である横浜市大の鈴木伸治准教授など6名。2月に予定されているシンポジウムの内容、新法人設立における理事候補の方への交渉状況について検討、報告を行い、メンバー間の情報共有及び確認作業を行いました。



　シンポジウム:「よみがえる昭和　港・街・くらし」

　主催:横浜写真アーカイブ協議会

　日時:2011年2月8日(火)　18:00～

　場所:YCC(ヨコハマ創造都市センター)


　今後本シンポジウムについてのプレスリリース用文章などを作成し、各種媒体における広報活動を展開するべく行動すること、及び新法人理事候補の方々へ賛同依頼とより詳細な説明を迅速に行うことなどが決議されました。


　　次回協議会開催日については後日日程調整予定です。</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/mtg.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/mtg.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Fri, 14 Jan 2011 05:37:34 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>【開催】ジャズ喫茶ちぐさを北仲スクールで語ろう【迫る】</title>
  <description><![CDATA[

みなさん、こんにちは。新しい年がスタートしましたね。今年もよろしくお願い申し上げます。


　
早速ですが、みんなでつくる横濱写真アルバムも協力している『北仲スクール』で今週末に開催される横浜・野毛にあった老舗ジャズ喫茶『ちぐさ』に関するイベントのお知らせです。



**△第5回「北仲カフェ」～ちぐさを語ろう～△**



◎日時:1月15日(土)15:00～17:00(Ustream生中継予定)

◎場所:[北仲スクール](http://kitanaka-school.net/) 2階

横浜市中区北仲通5丁目57-2　北仲BRICK

◎予定ゲスト

　　遊佐正孝さん(ちぐさ会会長)

　　気賀沢忠文さん・芙美子さん(ちぐさ会)

　　奥村勝司さん(写真家・ちぐさ会)

　　川崎義博さん(ちぐさアーカイブプロジェクト発起人)

　　他　ジャズに造詣の深い方々の飛び入りも･･･？


　　　※ゲストは変更になる場合もあります。予めご了承下さい。


◎司会:水島久光(東海大学教授・北仲スクールACTプロジェクト主催)

◎参加:北仲スクール受講の学生、市民のみなさん


　『北仲カフェ』とは、横浜ゆかりの7大学のサテライトスクールである北仲スクールの場を活かし、受講している学生の皆さんはもちろん、市民メディアなどの多彩な活動に携わっておられる方々、地元商店街関係者、環境・まちづくりからメディア・アートまで様々な活動に参加されている方々、つまり出身・在住ということだけではない幅広い意味での"横浜市民"であれば、誰でも自由に集いあらゆるジャンルの会話が出来る広場(=実験と交流の場)を目指し、北仲スクールワークショップ、東海大学・水島久光教授のACT（Archaive Community Technology）プロジェクト参加メンバーを中心に、毎月1回程度開催する集い＆Ustream生中継企画です。


　2010年よりスタートし第5回目となる2011年最初の企画は、嘗て横浜野毛に店舗を構え、日本ジャズ界の礎を築いたといっても過言ではない『ジャズ喫茶　ちぐさ』（1933-2007）について、往時を知る『ちぐさ会』の方々、および、昨年秋「ちぐさアーカイブ展」(第一弾10/8～10/17『野毛にちぐさがあった！』、第二弾11/26～28『トシコがちぐさに帰ってくる！』)を開催し、期間限定ながらちぐさの店舗を原寸大で再現することに成功した『ちぐさアーカイブプロジェクト』のメンバーをゲストに迎え、ジャズの話はもちろん、横浜、ひと、まち、ノンジャンルの音楽などについて、世代を超えた本音のクロストークを展開していこうと思っています。


　入場無料、事前申込みなども必要ありませんので、みなさまどうぞお気軽に『カフェ』にお越し下さい。"ご来店"心よりお待ち申し上げております。

◎お問い合せ　北仲スクール(横浜文化創造都市スクール)　

　045-263-9075(担当　兼古・椋本・小河原）

　E-mail:[info@kitanaka-school.net](mailto:info@kitanaka-school.net)




[野毛にジャズ喫茶「ちぐさ」があった！ちぐさアーカイブプロジェクトの軌跡(ヨコハマ経済新聞)](http://www.hamakei.com/column/226/)



<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="ちぐさ写真2010.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/chigusa1010.jpg" width="512" height="384" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>

]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_185.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_185.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Wed, 12 Jan 2011 02:23:34 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　JAZZ　アーカイブ</keywords>
</item>

<item>
  <title>「横浜歴史研究会」を研究する－在野歴史研究家たちの想い</title>
  <description><![CDATA[<br /><br />
　酷暑から一転して突如冬のような寒さになるなど、異常気象が頻繁に話題となった2010年。そんな中ホッと一息つけるおだやかな秋晴れのある日、みなとみらい線・日本大通り駅に程近い横浜市開港記念会館（横浜市中区本町1）の会議室にて、「横浜歴史研究会」（事務局：戸塚区上矢部町1624）の「定例発表会」が行われると聞いた。参加して在野歴史研究家、つまり生業としてではなく趣味として歴史を探求する人たちの話を聞いてみることにした。
<br /><br />
<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6788/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6788/300/300/" /></a><br />
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6767/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6767/300/300/" /></a><br />
</td></tr>
</table><br /><br />
「在野歴史研究家」の集いとは－全国歴史研究会の誕生
<br /><br />
　横浜歴史研究会の設立経緯を語るには、まず「全国歴史研究会」（東京都品川区西五反田2）について触れる必要がある。1952年（会社サイトによればその前年）にオピニオン誌「人物往来」を刊行する「人物往来社」が誕生。現在も「歴史読本」をはじめ、様々な歴史研究関連書籍を発行している「新人物往来社」（東京都千代田区麹町3）の前身である。その内部組織的存在として、あくまで「道楽」で歴史を愛好、研究する団体が1958年7月に結成された。都内でわずか40名の会員でスタートし、翌年には「歴研会報」を独自に創刊。後に誌名を「歴史研究」と改め、2010年秋の時点で通算586号を刊行している、わが国屈指の伝統を持つ歴史モノ系雑誌だ。故あって後に新人物往来社とは袂を分かち、「合資会社　歴研」がその発行元となっているが、今でもそれぞれに交流はある。人物往来からスピンオフした形の全国歴史研究会だが、現在では登録会員数延べ1万5千名超を誇る「日本唯一にして最大の在野史学研究団体」へと発展した。主幹を務める吉成勇さんは「専門家ではない一般人だからこそ見えるもの、分かること、発言できることがある。そして何より歴史が好きな多くの方々に、自由闊達に楽しめる場の提供が自分達の役目だと思う」と語る。
<br /><br />
<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6763/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6763/300/300/" /></a><br />
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6767/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6770/300/300/" /></a><br />
</td></tr>
</table><br /><br />
横浜歴史研究会、発足
<br /><br />
　全国歴史研究会が広がりを見せていく中で、各地方にも積極的に活動する人々が現れ「支部」が出来ていった。1983年10月、神奈川県駐労会館（中区山下町160）において「歴史研究会横浜支部」として誕生したのが現在の「横浜歴史研究会」（以下、横浜歴研と略す）である。つまり「横浜の歴史を研究する会」ではなく、「横浜で歴史を研究している人たちが集う会」が正しい解釈なのである。創設当時20名程度だったという会員数も、今では140名を超える大きな組織へと成長した。また、近隣の郷土史研究会や地元ボランティアガイド組織、或いは比較的限られた題材（時代、人物、物事などを絞って研究）を扱う規模の小さい歴史愛好家団体とも交流があり、インターネットなどにあまりなじみのない高齢者層にとっては、ある種情報交換の拠点のような役割も果たしているようである。「一地方の組織としては、かなり積極的に活動している会だという『自負』はあります」と話すのは横浜歴研・副会長の加藤導男さん。体調を崩されている会長・八城東郷さんに代わり事務局業務全般を担っている会の中心人物である。横浜歴研はそのポジション的に全国歴研とも関わりが非常に深く、理事の中には全国歴研の本部運営委員を兼任している人もいる。作家で川崎市在住の竹村紘一さんもその一人で、「神奈川歴史研究会」や「史訪会」などでも理事や顧問を務めているが、「横浜（歴研）は熱心な方が多いですね」と太鼓判をおす。
<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/790/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/790/480/480/" /></a><br />
</div><br /><br />
毎月開催される会員発表会－歴史ある場所で
<br /><br />
　赤レンガの時計塔がシンボルの横浜市開港記念会館は、キングの神奈川県庁本館（中区日本大通1）、クイーンの横浜税関(中区海岸通1)と並んでジャックの愛称で親しまれ、かつては横浜に入港する船員たちのランドマークとなっていた。三つの建物を合わせて俗に「横浜三塔」と呼ばれている。元々明治42（1909）年に横浜開港50周年記念事業として、今風に言えば「コンペ方式」で建設が開始され、大正6（1917）年に竣工。大正12(1923)年の関東大震災で外壁以外を焼失したが、昭和2（1927）年に再建され、後に幾度かの改修も施された。その結果、現在は往時の姿がよみがえり、国の重要文化財にも指定されている。
<br /><br />
<table>
<tr><td align="center" valign="bottom">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1931/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1931/300/300/" /></a><br />
</td><td align="center" width="300">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/588/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/588/300/300/" /></a><br />
</td></tr>
</table><br />
　その開港記念会館1階会議室において、月1回ペースで開催されているのが横浜歴研会員による定例発表会である。140名を超える会員のうち平均でも70～80名が出席し、多い時は100名近い参加者があるという。在籍者におけるアクティブメンバー比率が高いのもこの会の特徴だろう。また、年に1回は外部からの講師を招き、より深く歴史について掘り下げようという試みもしている。2010年は6月例会時に幕末維新研究家で作家の菊地明さんを迎え、NHK大河ドラマでも話題の「坂本龍馬暗殺」についての講演が行われた。基本は在野歴史研究家の集いではあるが、専門家の話にもしっかりと耳を傾け、歴史に関してより広く深く、かつ公平な視野、見識を持てるよう努力していることがうかがえる。
<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6774/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6774/480/480/" /></a><br />
</div><br /><br />
お題はなんでもアリ？話題も笑いも絶えない例会と二次会
<br /><br />
　筆者が参加した11月定例発表会のお題は、「遣唐使の航路と航海そして船」、「言霊II（第2弾）」、「私の古代幻想（4）ヤマトタケルを考える」だった。今回のラインナップを見るとなんとなく古い時代ばかりなのだろうかという気がしてしまうが、さにあらず。「"ジャパン アズ No.1"から"失われた20年"へ」（＝現代）、「保科正之の生涯」（＝江戸初期から中期）、「北関東に覇をとなえた小山氏の歴史」（＝平安鎌倉から南北朝）、「真説　八甲田山　死の雪中行軍」（＝近現代）、「幕末水戸藩の海防政策と廃仏毀釈－徳川斉昭の常陸助川城」（＝幕末）等、最近の発表者の演題を並べてみても、その取り上げる時代、人物、事柄などの幅広さに舌を巻く。ここで先に述べた「横浜で歴史を研究している人たちが集う会」だという理解がないと、この演題のどこが横浜と関係しているのか？という疑問が生じてしまう。もちろん横浜が好きで特化して研究している人もいるが、この会はもっと懐の深い組織なのだ。
<br /><br />
<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6791/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6791/300/300/" /></a><br />
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/588/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6771/300/300/" /></a><br />
</td></tr>
</table><br />
　発表会では1人1時間の持ち時間が与えられているが、口頭の発表のみならず参加者に配布する「レジュメ」（＝発表を補助する解説書）もそれぞれに力の入った出来で、絵図を挿入して分かり易くするなどの創意工夫が見られる。ほとんどの発表者が数分から10分程度を残して自らの講演を切り上げ、余った時間を質問タイムとする。ここで学校の講義などとは違った仲間同士による熱きバトルが展開されるのである。
　「ヤマトタケルは教科書などでは完全に架空の人物とされているが、本当にそうなのか」「創作の部分も多いが、歴史的事実を反映させていることも多々ある」「モデルとなったのは実際のところは誰なのか」「記紀（古事記・日本書紀）での相違点は何を意味しているのか」「諸国の『風土記』に出てくる場合はどうとらえればいいのか」「曾爺さんと息子じゃ年代が合わない！」など、発表・質問者とも真剣な中にもユーモアをまじえつつ議論を交わす。全員至ってマジメで時にはケンカ口調になってしまうこともあるが、笑いもしばしば起こり、このような大人数でありながら「和気あいあい」とした雰囲気が保たれている。もちろん運営側の努力もあるだろうが、例え特化した時代・人物があるにせよ「歴史を深く愛好し、研究している」という共通点を持った者同士の為せる業だと感じた。例会で力がこもり幾許かの険悪なムードが漂ったとしても、その後必ず行われる二次会では、酒を酌み交わし笑顔で再び歴史談義に華を咲かせる。関内駅近くの居酒屋にて、今日の発表の出来はなかなか良かった、今後こういうイベントを考えている、次回からこんなテーマで研究をしてみたい、などと時の経つのも忘れて話に没頭する。「古代史テーマにすると大体もめるんだよね。でも、終わればこうやって楽しくお酒が飲める。イイ人ばっかりなんだよ」とまとめ役の加藤さんは顔をほころばせた。
<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6786/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6786/480/480/" /></a><br />
</div><br /><br />
研究、勉強は机の上だけではない－課外授業も
<br /><br />
　開港記念会館における月例発表会以外にも、横浜歴研は活発な動きをしている。現在では年2回「歴研よこはま」というB5版で50ページ程度の会報を発行している。その数は既に60号を超え、会員達による膨大な量の研究成果が掲載されている。また、年に1度は泊りがけのバスツアーにも出かける。直近では10月半ばに「三浦半島歴史探訪」と称し、横浜の古刹金沢区の称名寺、横須賀港の戦艦三笠、ヤマトタケル伝説で有名な走水神社、源頼朝が三浦義明の為に建立したとされる満昌寺から鎌倉幕府の有力御家人和田氏の居城跡、さらには現都知事・石原慎太郎の著した「太陽の季節」ゆかりの地として逗子の森戸神社境内裏手にある碑などをめぐり、各ポイントで担当講師を務める会員が詳細な説明を加えた。本ツアーのサブタイトル「日本武尊（ヤマトタケル）から裕次郎まで」が、その守備範囲の広さを物語っている。
<br /><br />
<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6780/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6780/300/300/" /></a><br />
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6759/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6759/300/300/" /></a><br />
</td></tr>
</table><br />
歌舞伎をテーマに鎌倉散策－秋季歴史散歩
<br /><br />
　11月は先に記した初旬の発表会と上記バスツアーとはまた別に、「秋季歴史散歩」なるイベントも開催されると聞きつけ、急遽そちらへも参加させて頂くことにした。今回の目的地は鎌倉。受け取った案内には「歌舞伎に登場する鎌倉を巡る」とある。日曜午前の鎌倉駅改札には49人が集合した。横浜歴研会員以外にも、全国歴研本部の運営委員や外部の人々も参加していて、例会と比べ女性の比率が高い様子。鎌倉という地理的な手軽さと歌舞伎というテーマが人気を集めた理由らしい。<br />
　一行は江ノ島電鉄に乗車して鎌倉駅から4つ目の極楽寺駅で降りた。芝居にあまり詳しくない人でもピンとくる「白波五人男」の舞台である。いきなり物語のラストからというのはご愛嬌だが、女姿の美青年盗賊・弁天小僧菊之助が追い詰められ自害するのが極楽寺の山門ということになっている。次に向かった御霊神社は通称「権五郎神社」と呼ばれる通り、祭神が鎌倉権五郎景政である。景政というと、16歳で出陣した「後三年の役」（1083～1087）での逸話が残る実在の人物。敵の鳥海三郎に片目を射られたが、そのまま三郎を射抜き返して帰陣。兜を脱ぎ捨て「景政手負いたり」と言って倒れてしまったので、仲間の三浦平太郎為次が目に刺さった矢を引き抜いてやろうと顔に足をかけると激怒し、「弓矢に当って死するは武士の本望なれど、土足をもって面部を踏むとは何事ぞ」と為次に向って刀を構えた。年長の為次もその姿を見て己の非礼を詫び、周囲で見ていた者は皆その武勇を称えたといわれる。所謂「片目」伝説は形を変えて色々と残っていて、研究家の間では「産鉄民族」との関係があるのではと考えられている。権五郎伝説が伝えられている土地に横浜市港北区があり、サッカー神社として全国的に知られるようになった師岡熊野神社にも似た話がある。港北区界隈も謎が多い場所で、研究家が熱心に調査をしていることでも知られているが、その話はまたの別の機会に。
<br /><br />
　権五郎で歌舞伎といえば当然「暫」である。十八番のうちの一つで「荒事」（＝あらごと、超人的な力を持つ英雄が大暴れする）の代表的演目とされる。平安末期の河内源氏勃興の祖「八幡太郎」の弟「加茂次郎」こと源義綱の家臣である景政が、主君のピンチに颯爽と登場し助け出すという単純明快な話。「しばらぁくぅ！」の声とともに現れる主人公の姿はあまりにも有名だ。続いて長谷寺到着。極楽寺でも触れた白波五人男に登場する「初瀬寺」とはこの長谷寺のことであるとされている。境内を散策した後、相模湾へと注ぐ「稲瀬川」に到着。万葉集では「美奈能瀬（みなのせ）河」として出てくる小さな河川だが、白波五人男最大の見せ場の一つ「稲瀬川勢揃いの場」の舞台である。そもそも白波五人男とは、文久3（1862）年に河竹黙阿弥によって作られた五人組の大泥棒を描いた物語だが、大盗賊・日本駄右衛門をはじめ、前出の弁天小僧菊之助、忠信利平、赤星十三郎、南郷力丸の名乗りの場面は様々な芝居に影響を与えたと言われている。この場所で解説を担当していた加藤さんが歌舞伎の名口上を参加者に聞かせる。「問われて名乗るもおこがましいが、産まれは遠州浜松在...」と覗き込んだ稲瀬川は、今では悲しいほどに汚れてしまっていた。ぷかぷかと浮かぶペットボトルやヘドロを見ながら「風情も何もあったものじゃない」と苦笑いする一同。鎌倉駅に集合してから2時間余、そろそろお腹も空いてきた頃合だった。
<br /><br />
　よどんだ稲瀬川を後にした一行は、鎌倉海浜公園で各自持参した弁当を広げた。筆者が偶然隣り合わせた理事の一人、菅原啓一郎さんは会社を定年退職した14年前から会に参加しているという。「自分は（会社を辞めて）時間が出来てから始めた。散歩の会は勉強の場である例会とは違うし、年に2回だけだが、毎回楽しみ」とのこと。「現役」中から会で活動する人もいるが、菅原さんのようにリタイアしてからの趣味としてマイペースに研究を重ねていくパターンが多いらしい。従って会の平均年齢がどうしても高くなってしまうのが課題、と幾人かのメンバーから聞かれた。
<br /><br />
　食事を済ませて向かったのは、鎌倉を訪れても意外に見過ごしてしまう鶴岡八幡宮の一の鳥居付近。というのも、駅を出て直接八幡宮に向うと最初に遭遇するのは朱塗りのニの鳥居であって、御影石で出来た立派な大鳥居は、意図して由比ガ浜方向へ行かないと目にすることがあまりない。但し目的地は大鳥居ではなく、直ぐ近くにある畠山重保の墓。明治期に作られた「活歴」と呼ばれる新作歌舞伎で「頼朝の死」という演題があり、その中で源頼朝を殺した人物として設定されている。実際は鎌倉幕府成立に貢献した頼朝の重臣・畠山重忠の子で、頼朝の死後北条政子の父で鎌倉幕府初代執権となった北条時政に陥れられて滅亡に追い込まれた一族の一人である。頼朝の死についても落馬が原因だとか、病死だとか、或いは暗殺説もあってよく分かっていない。故に作られたのがこういった物語なのだろうが、犯人にされた重保はどんな思いなのか、などと考えながら更に歩を進めた。
<br /><br />
　鎌倉駅前を通り過ぎ八幡宮へ行く手前の若宮大路に、現在は三河屋という名前の酒屋がある。ここまで再三登場している白波五人男の一人、弁天小僧菊之助が、超がつくほど有名な台詞を言う「浜松屋」だったとされている場所。「知らざぁ言ってぇ聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が歌に残せし盗人の種は尽きねぇ七里ガ浜...」確かによく聞くこの口上がここで言われたのか、と思うとなかなか乙なものだ。そこから北条一族滅亡の地とされる東勝寺橋近辺を経由して、法華堂跡へ。急峻な階段の上には頼朝の墓とされる石塔があり、そのすぐ下が白旗神社になっている。今ある墓を建てたのは江戸期の薩摩藩主島津氏で、彼らは「自称頼朝の末裔」なのでこの地を整備したと思われるが、頼朝の守り本尊があったことは事実とされる。しかしながら白旗大明神拝殿の地下に眠る法華堂自体はかなり陰惨な場所で、宝治元(1247)年安達景盛の策に嵌まって叛乱を起こした幕府評定衆の三浦泰村が北条・安達の連合軍を迎え撃って敗れ、女子どもを含めた一族郎党500人以上が自害して果てた地である。何やら寒気がしないでもないが、この境内で解説及び揃って記念撮影をするということでしばし休憩。
<br /><br />
　電車で行った場所を4時間ほど歩いて戻って来たということで、皆それなりに疲労の色が見える。本日の参加者で最年長だという会員の横須賀良子さんは「私が大丈夫なんだから」と周囲に対し気丈に振舞っていた。女性に年齢を問うのは失礼とは思ったが、おいくつですかと尋ねると「79歳です」と答えた。しかも過去に胃がんを患い手術も受けたというが、「（手術から）6年過ぎたから、もう平気なんじゃないかしら」と笑顔で語る。会には8年程前から参加していて、古代史が特に好きなのだそうだ。「ちょっと前には2日間で3万歩歩きました。それと長いこと『ジェンダーフリー』に関する活動もしています」との言葉に、正直一瞬驚いてしまった。勝手な思い込みであると直ぐに反省したが、まさかこの世代から、そしてこの状況でそういった単語を聞くとは想像していなかったからだった。
<br /><br />
　記念撮影終了後に鶴岡八幡宮境内に向かい、この日最後の解説が行われた。前出の暫以外に「仮名手本忠臣蔵」の舞台ともなったのがこの社頭。仮名手本忠臣蔵は日本人なら大抵知っている「元禄赤穂事件」を元に描いた作品だが、当時の（江戸）幕府の手前設定をそのまま「太平記」の時代、つまり南北朝時代に移して作られているため、鶴岡八幡宮が序盤の舞台となっているのである。暫と仮名手本以外にもう1つ、「三浦大助紅梅靮（みうらおおすけこうばいたづな）」の三段目「石切梶原」がやはりこの地を舞台としているが、「義経千本桜」をはじめ、歌舞伎芝居では「敵役」の多い梶原景時が「立役」（＝主に主人公となる悪役ではない成人男性）に設定されている珍しい作品ということで、普段憎まれ役ばかりの景時もこの鶴岡八幡宮ではヒーローだったんですね、と話をまとめ散歩会はおひらきとなった。
<br /><br />
横浜歴史研究会の存在と今後－創設30周年事業、そしてその先へ
<br /><br />
　開港記念会館での例会、そして鎌倉での歴史散歩において彼ら、彼女らと接していて感じたのは、とてもアクティブで現代の世相、流行にもある面では若者以上に精通している人が多いということ。鎌倉散策中にジェンダーフリーという単語を聞いたのも象徴的なことだったが、歴史、言わば過去を研究している人々なのに、現在、そして未来の物事に対し、恐らく一般の同世代よりも明るい。彼ら自身がそれを意識しているのか或いは無意識なのかはともかく、まさに「故きを温ねて新しきを知る」を体現しているのではないか。そして何よりも自分達の活動を楽しんでいて、例え現実的に多くの困難があっても前向きに物事を捉える人が多いということも印象的だった。彼らにそのブレない芯の強さを与えているのは、この会の存在そのものなのではないか、そんな気さえした。それでいて何も押し付けない自然さは居心地の良さへとつながる。会員数の多さ、例会への出席率の高さの理由が垣間見えた。
<br /><br />
　前向きな姿勢の現れとして、再来年に想定している横浜歴史研究会創設30周年記念イベントに向けて既に種々の動きを見せている。因みに3年前の25周年記念の際には、開港記念会館大ホールを貸し切り、第一部ではプロの落語家を招いて高座を楽しみ、二部では2001年のNHK大河ドラマ「北条時宗」や、同じく2005年の「義経」などで時代考証を担当した日本医科大学名誉教授（当時）の奥富敬之さんが講演を行ったという。奥富さんが2008年に急逝されたことを考えると、非常に貴重な体験だったはずである。
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<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6760/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6760/480/480/" /></a><br />
</div><br /><br />
　そういった過去のイベントも踏まえると、30周年は是非とも盛大に、かつ価値ある行事にしたいとの想いが伺える。しかし現実的に直面するのが資金集め作業である。その為の手段として、まず会の中に「所蔵本販売促進委員会」を設置した。会員たち各自に所有している書物数冊を無償で提供してもらって即売会を行うという試みで、本年7月例会時に第1回目を開催して一定の成果を収め、一部が記念イベント資金としてストックされたという。これについては今後も継続開催を予定しているとのこと。
<br /><br />
　また新たなチャレンジとして、ICT技術の積極活用も視野に入れているという。ある一定世代以上には得てして敬遠されがちなPCやインターネット関連技術を取り入れ、自分達のものにしていきたいとの意欲を見せている。現在は会員の一人である山口正枝さんが厚意で会の活動などを彼女自ら作成した個人サイト上に公開しているが、今後は山口さんのサイトも参考にしつつ、複数のメンバーによる公式サイトの運営が望ましいとの意見が出ているそうだ。実際山口さんにある程度の負担がかかっていることも否めないことから、会員の間でもそういったやり取りがなされているらしい。30年近い活動内容を考慮すると、その作業は容易ではないだろう。しかし、ここまで積み上げてきた伝統と実績、何より先人たちの研究成果を「アーカイブ化」して次世代へと引き継ぎ、誰もが自由に過去の資料にアクセスすることが可能となれば、それは素晴らしいことである。成功すれば、現時点ではある種クローズドな団体もこれに刺激を受け、過去の研究をデジタルアーカイブ化する動きが始まる可能性を秘めているのではないだろうか。更にそれがムーブメント化すれば、専門家には逆に難しい様々な側面から自由な視点で歴史を研究した壮大なデジタルライブラリー完成への路が開けるかもしれない。そこにまた新世代の人間がアクセスすることにより、それまで定説とされていた事が覆されたり、また永らくその大半が謎のままである有史以前のこの国の姿がひょんなことから審らかになったりするのでは、と想像しただけでもワクワクする壮大なプロジェクトの始まりが、すぐそこに見えているように思える。
<br /><br />
　そういった意味でも、是非若い人達にもこの横浜歴史研究会の活動に興味を持ってもらいたい。いきなり入会して下さいなどとは言わないが、普段からオープンな活動をしている彼らに一度会いに行ってみてはどうだろうか。歴史に詳しい必要はなく、寧ろ知らないことを沢山教えてもらえる学びの場。経験豊かな人生の大先輩たちは若者たちを快く迎え入れ、きっと親身になって話を聞いてくれることだろう。「いつでもお待ちしてますよ、歓迎します」と副会長の加藤さんは笑顔を見せた。
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<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6785/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6785/480/480/" /></a><br />
</div><br /><br /><br />

◇神奈川県生涯学習情報システム　団体・グループ情報詳細画面　横浜歴史研究会<br />
<a href="http://www.planet.pref.kanagawa.jp/app/search/grp/info?REG_ID=GRPSP01-0098700&sort=&page=82&CATEGORY=grp">http://www.planet.pref.kanagawa.jp/app/search/grp/info?REG_ID=GRPSP01-0098700&sort=&page=82&CATEGORY=grp</a><br />
◇横浜開港資料館　横浜郷土史団体連絡協議会・加盟団体名簿<br />
<a href="http://www.kaikou.city.yokohama.jp/news/member-organization.html">http://www.kaikou.city.yokohama.jp/news/member-organization.html</a><br />
◇全国歴史研究会公式サイト　インターネット歴史館　<a href="http://www.rekishikan.com/">http://www.rekishikan.com/</a><br />
◇横浜歴史研究会　山口正枝さんの個人サイト　正枝のチャレンジ<br />
<a href="http://homepage3.nifty.com/y-masae/index.html">http://homepage3.nifty.com/y-masae/index.html</a><br />
◇新人物往来社　<a href="http://www.jinbutsu.co.jp/">http://www.jinbutsu.co.jp/</a><br />
<br /><br />
（執筆　宮野純子）<br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/265">はじかみあねきさんのアルバム</a>]]></description>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Fri, 07 Jan 2011 22:06:53 +0900</pubDate>
  <keywords>6792</keywords>
</item>

<item>
  <title>読売新聞神奈川版「あの頃ちぐさで」特集記事</title>
  <description>読売新聞神奈川版で「あの頃ちぐさで」という特集記事が連載されています。

今でもインターネットで見ることが可能です。
当時の雰囲気や様子がよくわかり、ちぐさがまたひとつ一層身近になります。



『あの頃　ちぐさで』 記事一覧 

（１）モダンボーイ　輝いてた
[http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1291818811020_02/news/20101208-OYT8T01156.htm](http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1291818811020_02/news/20101208-OYT8T01156.htm)


（２）常連の２人 結んだ音楽
[http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1291818811020_02/news/20101209-OYT8T01196.htm](http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1291818811020_02/news/20101209-OYT8T01196.htm)


（３）ふるさとへ恩返し計画
[http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1291818811020_02/news/20101211-OYT8T00082.htm](http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1291818811020_02/news/20101211-OYT8T00082.htm)


（４）部仲間３人　最後の写真
[http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1291818811020_02/news/20101211-OYT8T00769.htm](http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1291818811020_02/news/20101211-OYT8T00769.htm)


（５）オヤジが　支えてくれた
[http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1291818811020_02/news/20101214-OYT8T00053.htm](http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1291818811020_02/news/20101214-OYT8T00053.htm)


（６）触れ合い　勉強になった
[http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1291818811020_02/news/20101215-OYT8T00083.htm](http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1291818811020_02/news/20101215-OYT8T00083.htm)</description>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Wed, 15 Dec 2010 13:59:58 +0900</pubDate>
  <keywords>ちぐさ</keywords>
</item>

<item>
  <title>野毛のジャズ喫茶「ちぐさ」が再び蘇る</title>
  <description><![CDATA[**～「トシコがちぐさに帰ってくる！」と題して第二弾を開催～**

　日本のジャズ喫茶の草分けであり、野毛のシンボル的存在であった「ちぐさ」。若い頃の日野皓正や渡辺貞夫、穐吉敏子といった日本を代表するジャズ・ミュージシャンが愛した店としても知られるが、2007年に74年の歴史を閉じた。その「ちぐさ」を復活させようと、ファンの集まりであるちぐさ会や地元の活性化を目指す野毛地区街づくり会などが中心となって、東京藝術大学講師の川崎義博氏を代表とするちぐさアーカイブプロジェクトが発足した。メンバーの他、多くのボランティアの支えもあり、去る10月8日（金）から17日（日）までの10日間、「野毛にちぐさがあった！」と題して、中区花咲町にある多目的イベントスペース、野毛Hana＊Hana内の特設会場で無事、復元・公開された。公開期間中は各方面からの注目を集め、新聞、テレビ、ラジオなど多くのメディアから取材も相次いだ。期間中の来場者数は、2500人を超え、北海道から九州まで、まさに全国からファンが集まる大きな盛り上がりとなった。<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="復活ちぐさへの来場者" src="http://www.yokohama-album.jp/2010/11/27/SANY0088.JPG" width="320" height="240" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>

　そしてこのたび、第二弾として11月26日（金）から28日（日）までの3日間、「ちぐさ」が再び復元されることとなった。復元された「ちぐさ」店内でコーヒーを飲みながらジャズのレコードを聴けるのは前回同様だが、今回は27日（土）午後4時から5時までニューヨーク在住のジャズ・ピアニスト、穐吉敏子氏をゲストにしたトークショーが予定されている。穐吉氏は、若いころ「ちぐさ」に通ってはジャズの名盤に耳を傾け、渡米してからもオーナーの吉田衛氏と交流を続けていた。今回展示フロアに掲出される写真パネルは、前回とは趣を変え、ゲスト出演する穐吉氏に因んだものが中心となる。その多くは、写真家の奥村勝司氏の提供によるもので、他には穐吉氏と交流のあったルー・タバキンや、吉田翁のポートレートなどで構成される。また穐吉氏から吉田翁に宛てた書簡も展示される予定。
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="吉田翁の想い出" src="http://www.yokohama-album.jp/2010/11/27/SANY0073.JPG" width="240" height="320" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>
　実は、前回一般公開が終了したあと、とりあえず野毛地区街づくり会の支援で復元店舗や什器、レコードなどの展示物は、会場内にそのまま11月いっぱいは保管できるようになっていた。それまでにゆっくり時間をかけ、丁寧に解体、撤収することで、将来に向けて少しでもいい状態で保存しようとの計画だったようだ。「しかし」と野毛地区街づくり会の小林直樹氏は言う、「出来上がってみたら、あんまり見事でまさにちぐさそのものじゃないですか。関係者の胸の中になんだか熱いものがこみ上げて来ちゃったんですね。このまま11月が終わって片付けるのはもったいない、と」。その頃、穐吉氏の来日コンサートの話が舞い込んできたのだという。そこで、動いたのがちぐさ会会長の遊佐正孝氏。穐吉氏にプロジェクトの経緯を伝え、出演を打診したところ快諾を得ることができた。トークショーのパートナーは、ちぐさ会会員で横浜JAZZプロムナードのディレクターでもある柴田浩一氏が買って出た。こうして、穐吉敏子氏のトークショーを核とする第二弾企画が急速にまとまっていった。

　「ちぐさ」は11月末には、いったんは解体して保管される。その将来については、改めてジャズ喫茶として再開する、ジャズ博物館として整備する、年数回のイベントとして定期的に開催するなど、さまざまな意見がある。しかし、ちぐさ会や地元の人々、ジャズ関係者、さらには「ちぐさ」の懐かしさを体感しようと集まった多くのファンの胸にあった"大切な宝物のような想い出。輝いていたあの時あの場所"を形にすることが、ちぐさアーカイブプロジェクトの目指したものだろう。このプロジェクトにずっと参加してこられた気賀沢ご夫妻は、40年ほど前に「ちぐさ」に通っていたご縁でご結婚されたのだという。その奥様が、前回の初日、徹夜で完成した店内に一歩踏み込むなり叫んだ。「わあー、ちぐさだ」。40年前のあの時のように瞳を輝かせながら。

「ちぐさ」アーカイブ第二弾　＜トシコがちぐさに帰ってくる！＞　開催概要

日時：2010年11月26日（金）～28日（日） 　午前11時～午後７時

　 　　 穐吉敏子トークショー　27日（土）午後4時～5時

会場：野毛Hana＊Hana（横浜市中区花咲町1－42－1）

入場料：500円（コーヒー又はジュース1杯つき）

トークショー：入場料とは別に500円（開演30分前から）

(銀)]]></description>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Sat, 27 Nov 2010 22:11:23 +0900</pubDate>
  <keywords>アーカイブ　ちぐさ</keywords>
</item>

<item>
  <title>新法人名称「横浜写真アーカイブ」</title>
  <description>
　11月2日、本年7回目の「横浜写真アーカイヴ協議会」が横浜港振興協会会議室にて開催されました。出席者は横浜市大の鈴木伸治准教授をはじめとした協議会メンバーに、オブザーバー参加の方々を加えた11名。今月最終週目処での設立申請手続きに向け、以前より短いスパンでの会議のセッティングとなり、事務局によって作成された設立趣意書の文章の簡略化、事業計画書の内容精査、前回一度目を通した定款の再確認作業などを中心として約2時間にわたる話し合いが行われました。その中で新法人の名称は「(NPO法人)横浜写真アーカイブ」とする事が決定しました。次回は「設立総会」という形で11月22日に申請直前会議を予定しています。</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_181.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 03 Nov 2010 03:44:48 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>北仲スクールに生駒さん登場！</title>
  <description><![CDATA[

写真アルバム事務局スタッフも参加させて頂いている『北仲スクール』水島久光教授（東海大学）の講座。前期の「アーカイブと映像コンテンツのプラットフォーム連携」(ACTワークショップ)に続き、後期の「景観アーカイブ論」がスタートしました。


後期はACTワークショップと景観アーカイブ論を隔週交互にといった形で進行して行くそうですが、その第一回目の講師に事務局スタッフにとっての大恩人、大スター、ていうかスーパーアイドルの生駒實さんが登壇！




[生駒さんのアルバム](http://www.yokohama-album.jp/picture/view/123/)


約3時間にわたる講義を立ちっ放しでされた事もスゴイんですが、実はその数時間前に会場である北仲スクール2Fに、総重量20kgオーバー、いや、全部合わせたらその1.5倍位はあろうかという自前の資料をお持ちになって現れ、講座をサポートして下さっている兼古先生他、早めに到着したメンバーにがっつりお話して下さっていた、というサービスぶり。7月に行われた横濱元ブラ隊ツアーの時といい、もうホントお世話になりっ放しです。



[横濱元ブラ隊がゆく～☆第一回偵察ツアー☆](http://www.yokohama-album.jp/blog/post_164.php)


お誕生日を迎えたばかりという御年85歳。写真を写り始めたのは7歳からで今現在も日々ヨコハマの街をヒトを撮影し続けてらっしゃる生駒さん。それ以外にも、フィギュアスケート指導員、郷土史研究家、観光案内ボランティアといった肩書きもお持ちですが、それら全てを「趣味でやっているんです。」と言い切るところがカッコイイです。因みに、機械類にも大変強くてらして、お若い頃はラジオやテレビ、ジッポーライターの修理もしてたとか。今でも日々新しいツールが世に出ると直ぐに使いこないしてしまうのがまたすごいというか、正直機械オンチの私には羨ましいかぎりです。(苦笑)


そんな人生経験豊富過ぎてハイパー過ぎる生駒さん。持参された昭和20年代後半から30年頃にかけての横浜の風景や人々の写真をプロジェクターで映しながら、現在この場所はなんなのか、そして過去はなんだったのか、という正に景観アーカイブの真骨頂たるお話を、分かりやすくそして時にはユーモアも交えてたっぷりして下さいました。



ま、たっぷりと、と書きましたが、講義終了後ご本人に伺ったら、


「まだ2割くらいだねぇ。いや、そこまでもいってないかな。」


と完全に話し足りないご様子。


続編やりましょう、これは(爆)。


(天)

↓生駒さんのペースについていくのに水島先生も必死(^o^)
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kitanaka-mrikoma1.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/kitanaka-mrikoma1.JPG" width="529" height="385" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_180.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_180.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 21 Oct 2010 02:40:24 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　写真　アーカイブ　北仲スクール</keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜写真アーカイヴ協議会－法人申請書類の内容検討及び今後の日程</title>
  <description>
　10月19日、本年6回目となる「横浜写真アーカイヴ協議会」が前回と同じく横浜港振興協会会議室にて開催されました。出席者は横浜市立大学准教授・鈴木伸治氏、横浜港振興協会専務理事・永田隆氏、桜美林大学准教授・和田昌樹氏など9名。諸般の事情により事務局業務が遅延気味である件についての報告がなされ、今後の日程等これまでの会議において示されてきたペースへと修正するべく迅速な行動をとることが求められ、事務局側として改善努力を怠らぬ様にする旨を述べました。また新法人申請書類の内『定款』に関しマニュアルに沿った形での雛型を提示し、詳細な点(具体的数値、日付など)を確定させる作業が進められ、概ね全体像が見える状態となりました。今週中に必要書類4種(定款、設立趣意書、事業計画書、収支計画書)を整え次回会議(11/2予定)ではある程度最終形として集約出来る様にと決議、また完成資料が準備出来た段階で、実質的立ち上げメンバー(理事長候補など)への声掛けも早急に行う事なども検討され、散会となりました。</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_179.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_179.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 20 Oct 2010 03:20:06 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>野毛にちぐさがあった！</title>
  <description><![CDATA[<big>ちぐさアーカイブプロジェクトの軌跡</big>
<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6684/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6684/480/480/" /></a><br />
</div><br />
<br />
　かつて横浜・野毛に小さな喫茶店があった。名前は「ちぐさ」。コアなジャズ愛好家ではなくとも多くの人が一度はその名を聞いた事があるに違いない、日本最古級のジャズ喫茶である。店そのものは惜しまれつつ2007年に閉店してしまったが、この「ジャズ喫茶ちぐさ」が存在した野毛地区の関係者をはじめ、多くの人々の熱意により「ちぐさアーカイブプロジェクト」が始動した。世界最大級のジャズイベント「横濱ジャズプロムナード」との連動企画として「店舗の実寸大再現」が実現するまでの軌跡を、ちぐさの歴史とともに振り返る。
<br /><br /><br />
ちぐさの開店－日本ジャズ黎明期
<br /><br />
　「ちぐさ」が横浜市中区野毛町1丁目に開店したのは1933年。いわゆる「昭和一桁」のこの時代、おそらく日本独特の文化と思われる「ジャズ喫茶」が、東京、横浜界隈に出来始めていた。1923年に起きた「関東大震災」により甚大な被害を受けてから10年。街は復興を遂げ、新しい文化に市民は心を躍らせていた。
<br /><br />
　常連客から親しみを込めて「オヤジ」と呼ばれていた名物店長の吉田衛さんが、元々この地にあった「純喫茶」を居抜き物件(以前の使用者からそのままの状態で受け取ること)として買い取り、名前もそのまま引き継いで営業を開始。この時吉田さんは20歳。10代の頃に出会ったジャズという音楽を愛して止まない青年だった。
<br /><br />
　「ジャズ」の語源や発祥については諸説あるが、1914年の第一次世界大戦から1929年の世界大恐慌までのアメリカは一般的に「ジャズ・エイジ」と呼ばれ、ジャンル確立から隆盛の時期とされる。これと前後して日本にも上陸したらしく、大正時代の横浜、神戸といった貿易港などでは既に聴かれていたという。
<br /><br />
　ただしこの頃は「聴く」ことが主ではなく「踊る」ための音楽であり、その普及に大きな役割を果たしたのは「ダンスホール」だったという。その草分け的存在として、当時は東洋一とうたわれた横浜・鶴見の巨大遊園地「花月園」の舞踏場などが挙げられるが、関東大震災によって倒壊しわずか3年で閉鎖した。しかし横浜にはもう1つの「踊り場」があった。レコード音楽に合わせて男女が踊る「チャブ屋」、今風に言ってしまえば風俗店である。
<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1617/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1617/480/480/" /></a><br />
【 生駒實撮影 】
</div><br />
　チャブ屋の語源はよくわからない。昔の横浜言葉で食べることを「チャブる」と言ったからいう説もあるが、チャブるという言葉自体が英語の「chop house(安料理屋、肉を出す店)」から転訛したのではとされ、現在ではその説が一般的となっている。料理が出て音楽に合わせて踊れるというのは表向きの話で、実際は外国人船乗りを相手とした「私娼館」であり、特に風光明媚な本牧地区には20以上もの店舗が軒を並べていた。そんな土壌もあったせいか、ハマの街角にはどこよりも早くジャズという音楽が広まった。
<br /><br />
　自然と聴こえてきた音楽に魅せられ、ひたすらにレコードを集めていた青年が野毛に開いた小さな店。ここが後に日本のジャズ界を牽引する存在になるとは、当時本人でさえ思ってはいなかったことだろう。
<br /><br /><br />
戦争とジャズ
<br /><br />
　ちぐさの営業開始から6年目の1939年、事態は急変する。ドイツがポーランドに侵攻し「第二次世界大戦」が勃発。翌々年には日本軍がアメリカの真珠湾を攻撃し、太平洋戦争に突入した。ジャズの発祥地であるアメリカが完全なる「敵国」となってしまったのだ。吉田さんの著書「横浜ジャズ物語」によれば、1937年の日中戦争ごろから軍国主義の影響を受け、徐々にアメリカ文化に対する圧迫はあったものの、国際都市横浜はまだ華やかであったという。ところが1940年に「ダンスホール閉鎖命令」が出され、翌年の戦争突入により街の灯も消え、ついにはジャズレコードの「強制供出」にまで至る。吉田さんは実質的に喫茶店組合の代表的立場だったため、皮肉にも自身がその「レコード回収役」をせざるをえなくなった。
<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6681/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6681/480/480/" /></a><br />
</div><br />
　とはいえ、ただ命令に従うだけではないのが吉田さんならではといったところ。敵国の曲はかけられないならば、と日本の歌や民謡をジャズ風にアレンジしたレコードを密かに店で流した。また、6,500枚ほど所有していた自身のレコードコレクションのうち、500枚は店の天井裏にこっそりと隠しておいた。
<br /><br />
　しかし、このささやかな抵抗も吉田さん自身が「召集令状」を受け取ることで終わりを告げる。出征中の1945年5月、飛来した米軍の戦闘機により横浜は焦土と化した。いわゆる「横浜大空襲」である。ちぐさもこの爆撃により焼失してしまう。同年8月に日本は降伏。終戦を迎えると中区の大半が米軍に接収された。ところが、これが横浜から日本全国にアメリカ文化とジャズが波及するきっかけとなるのである。
<br /><br /><br />
戦後の復興と発展
<br /><br />
　終戦の翌年、変わり果てた故郷に戻った吉田さんは米軍の施設で働いた。野毛地区には軍関連の仕事を求めて全国から労働者が集まり、「闇市」も立って人があふれた。FEN(Far East Network)放送からはビ・バップ、R&Bが流れ、米兵とジャズで街はごった返していた。横浜は日本全国に向けた流行の発信基地となっていたのだった。
<br /><br />
　しばらくすると、吉田さんは元の場所に家を建て直し、どこからか電気蓄音機(レコードプレーヤー)を手に入れ、戦前からのなじみの客が持ってきたレコードや、Vディスク(第二次大戦中アメリカ政府が兵士の慰問用に作成した12インチのSP盤)でジャズ喫茶を再開させた。「ちぐさ」の復活である。現在のように誰でも自由に、そして気軽に音楽を聞く事が叶わなかった時代、この存在は口コミで広まり、以前からの常連客のみならず、新しいものを求めていた若者達などが集い、店は繁盛していった。
<br /><br />
<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6689/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6689/300/300/" /></a><br />
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1318/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1318/300/300/" /></a><br />【 生駒實撮影 】
</td></tr>
</table><br />
　また、進駐軍の施設の多かった横浜には沢山の「クラブ」ができ、そこで演奏するミュージシャン達が勉強のために訪れるようにもなった。レコードが「超」のつくほど貴重品だった時代、若きバンドマンはちぐさへやってきて、耳で必死に曲を覚えた。やがてちぐさはプロのミュージシャン達の溜まり場になり、そこから日本を代表する数多くのジャズプレーヤーが育っていった。渡辺貞夫氏、秋吉敏子氏、日野皓正氏、前出の吉田さんの著書にちぐさについてコメントを寄せているミュージシャン達の名前が全てを物語っている。（参考文献:横浜ジャズ物語「ちぐさ」の50年　吉田衛・著）
<br /><br /><br />
愛すべきちぐさの「オヤジ」
<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6692/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6692/480/480/" /></a><br />
</div><br />
　吉田さんを知る人は口をそろえて言う。「頑固で偏屈。だけど、人一倍面倒見が良くて、誰よりもジャズを愛した人」。そんな人柄に惹かれ、プロ、アマ問わず多くのジャズ愛好家がちぐさに通った。その性格から反感を買うことも時にはあったが、不満を漏らしていた人でさえ最終的には「言ってる事の筋は通っているから」と納得して帰るしかなかった。それどころか「ジャズは神聖な音楽。酔っ払って聞くもんじゃない」と、喫茶店にも関わらず飲酒して来た客は追い返し、「ここは音楽鑑賞店」という理由で私語すら注意した。今となっては絶滅してしまった感のある、古き良き時代の頑固オヤジ。例え相手が客であっても、筋の通らない事をする人間にはきっちり「けじめ」をつけた。
<br /><br />
　そんな「オヤジ」を慕う仲間同士で、正月には新年会を開いたり、暑気払いに箱根へ温泉旅行に出かけたりする「会」が出来た。粋な遊び人という側面もあったという吉田さんの周囲にジャズを愛する粋なオトナ達が自然に集い、いつしかそれは「ちぐさ会」と呼ばれるようになっていた。
<br /><br />
　「あの頃僕は学生だったからお呼びがかからなかったんだけど」と前置きをしながら、現在のちぐさ会会長の遊佐正孝さんは語る。「明確にいつ発足したかは分からない。でも、あっち(温泉宿)にオヤジのなじみの『芸者さん』もいて、オトナ連中は定期的に『粋な遊び』をしてたと思う」。1960年代頃のちぐさ会は、カッコイイオトナ達の社交場だったようだ。
<br /><br /><br />
吉田さんの死、そしてちぐさ閉店
<br /><br />
<table><tr><td valign="top">
　1982年から神奈川新聞に連載された「吉田衛の横浜ジャズ物語」が、ちぐさの開店から50年余を経た1985年の9月に1冊の本として出版され、その記念パーティーが開催された。翌年には「第35回横浜文化賞」を受賞するなど、吉田さんの長年にわたるジャズ界への貢献に対する評価も高まっていた。しかし、この時既に70代半ばに差し掛かり、流石の「頑固オヤジ」もその勢いに陰りが見え、またこの頃になるとちぐさ会の存在もやや違う
形になってきていた。
</td><td align="center" width="300">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6682/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6682/200/200/" align="center" /></a>
</td></tr>
</table><br />
　「オヤジさんが好きで、励ましたくて、それでいつも店にいました」と話すのは気賀沢芙美子さん。ご主人の忠文さんと共にちぐさ会のメンバーである。吉田さんは信頼のおける常連客に仕事を任せることがあり、それは愛好家の間で一種のステータスとなっていた。閉店後の掃除をさせてもらうのに3年、カウンターに入るのに5年かかるともいわれ、当然無償でありながら周囲からは憧憬の眼差しを浴びたという。
<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6687/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6687/480/480/" /></a><br />
</div><br />
　実はこの気賀沢さん夫妻の「出会いの場」がちぐさ会だったのだ。粋なオトナの遊び場としてよりは、吉田さんを囲む温かな集いとしての要素が強くなっていた。「晩年はあれでもだいぶ丸くなった」という人もいたらしいが、それはある面で頑固オヤジの「衰え」を暗示していたのかもしれない。
<br /><br />
　1991年に「横浜ジャズ協会」が設立され、その名誉顧問としてパーティーに出席。2年後の1993年には第1回目の「横濱ジャズプロムナード」が開催されるなど、更なる飛躍も見えていた1994年10月、吉田さんは静かに息を引き取った。享年81歳。
<br /><br />
　「気付いた時からあんな見た目で、年齢不詳だったから。死んだ時はショックだったよ」と語るのは、横濱ジャズプロムナードディレクターの柴田浩一さん。大学時代からちぐさに通いつめ、「オヤジ」の信頼を得てカウンターに入る事を許された人物の一人だ。「客がいなくなると、こっそり自分の好きな曲をかけたりしてね」と当時を振り返る。
<br /><br />
　吉田さんの没後も、ちぐさを愛する多くの有志と、「ねえさん」と常連客からは呼ばれる吉田さんの妹・孝子さんにより店は存続した。しかし、2007年1月、付近一帯の開発計画に伴い閉店となり、ついに74年という長きにわたる歴史に幕を閉じた。その時点で現存していたジャズ喫茶としては「日本最古」だったこともあり、ちぐさ閉店の報は数多くのマスメディアでも取り上げられた。
<br /><br />
<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6683/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6683/300/300/" /></a><br />
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6672/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6672/300/300/" /></a><br />
</td></tr>
</table><br /><br />
ちぐさの「遺産」とその再生
<br /><br />
　普通、店が無くなってしまえば、そこに置かれていた物などはバラバラになって人手に渡るか、或いはゴミとして処分されてしまう事が大半だろう。ところが、このちぐさには日本のジャズの歴史そのものが詰まっていて、誰がどう見ても捨ててしまうには忍びない「お宝」が山のようにあった。そこでちぐさ会のメンバーがさまざまな所へかけあい、最終的に横浜市の中央図書館（西区老松町1）に3年間という期限付きで保管されることになった。この時点での物の散逸は防ぐことができたのである。
<br /><br />
　あっという間に月日は流れ、図書館での保管期限も終わろうとしていた今年2010年3月。野毛地区の地域振興策として街の人々と横浜市が協同で完成させた映像アートの拠点「野毛Hana＊Hana」（横浜市中区花咲町1）の会議で、ある話題が出た。「野毛地区街づくり会」事務局長の藤澤智晴さんが切り出す。「ちぐさに置いてあったレコードや調度品などが、野毛(街づくり会)に寄贈されるかもしれない」
<br /><br />
　まだ不確定な情報だったが、この時点であるひらめきを得た人物がいた。サウンドディレクターで東京藝術大学などでも講師を務める「S.D.L. NADI」代表の川崎義博さんだ。Hana＊Hanaはこの前年に出来た「メディアギルド」と呼ばれる映像アート関連の協同オフィスで、NADIもその一角に居を構える。
<br /><br />
　川崎さんは「せっかくそんなに貴重なものが残っているんだったら、有効活用しない手はない」と思ったという。正式な話ではないにせよ、善は急げとばかりに企画書を作成した。内容は、ちぐさのレコードをデジタルアーカイブ化し、そしてこの秋に、野毛の街で「ちぐさを店ごと復活」させる。
<br /><br />
<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6670/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6670/300/300/" /></a><br />
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6693/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6693/300/300/" /></a><br />
</td></tr>
</table><br /><br />
　途方も無いことのように思えた。第一、本当にその品物の数々が野毛の街に帰ってくるかどうかも分からない。しかし可能性を信じて、仲間達に声をかけた。野毛地区街づくり会地域資源活用委員会委員長の小林直樹さん、前述のちぐさ会の遊佐さんや、ジャズプロの柴田さんらと密かに話し合いを進め、まずは発起人会を作ろうということになった。メンバーは、川崎さん、小林さん、柴田さんと「野毛飲食協同組合」の田井昌伸さん、Hana＊Hanaに隣接する老舗ジャズ喫茶「Down Beat」の田中公平さん、ジャズスポット「ドルフィー」の小室恒夫さん、ジャズと演歌の店「papa john」の島村研一さん、そして事務局担当をすることになるHana＊Hanaのディレクターの嘉藤笑子さんの8人。その発起人会により「ちぐさアーカイブプロジェクト実行委員会」の始まりが決定され、実行委員長は「言い出しっぺだから」というわけで川崎さんが、副委員長には街づくり会の小林さんが就き、監修として柴田さんの名前が挙げられた。
<br /><br />
　横浜市の管理期限が終了するにあたり、街づくり会サイドから申し出て、一旦桜木町駅前にある「野毛ちか道地下倉庫」に保管することになり、野毛の人々の手により中央図書館から慌ただしく運び込まれたのが今年4月のこと。わずかな期間とはいえ、まさかあんな所にかの「ちぐさ」の遺品の数々が置かれていたとは、日々目の前を通り過ぎる大勢の通勤客らは知る由もなかっただろう。
<br /><br /><br />
プロジェクトの本格始動からイベント開催に向けて
<br /><br />
　ちぐさの財産が本当に野毛の街に「帰ってくる」ことが決まった。そんな中、第1回目の会議が開かれたのが6月の初めのこと。この時点でもまだ「内々に」という話で進められていた。それでもその月下旬には第2回目の会議と、地下倉庫での「蔵開け」作業を行うなど、水面下で着々と事が運ばれていた。
<br /><br />
　この6月下旬の蔵開け作業ではさまざまなものが確認された。店で実際に使用されていたテーブル、イスなどの家具類や、表にあった数種類の看板に、音楽を流すための機材類。地下という環境下での保存が心配されていたが、一部破損しているものを除いて大半が使用可能であるということが奇跡に思えた。数多くの有名ジャズミュージシャン達と吉田さんが写った写真パネル、そして貴重なレコードがつまった大量の箱。
<br /><br />
<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6690/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6690/300/300/" /></a><br />
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6691/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6691/300/300/" /></a><br />
</td></tr>
</table><br /><br />
　山積みになった箱を外から眺めていた時は、「（1箱に）大体30枚くらいだろうか」と作業にあたった川崎さんや、噂を聞きつけ手伝いにやってきた野毛の人々は口にしていた。実際に開けてみると、その倍ほどの数がびっしりと詰まっていた。この写真パネルもレコードも、通常よりかなり高温多湿な場所にあったにも関わらず、状態は思いのほか良かった。今にして思えば、ギリギリのタイミングだった。もしも梅雨から夏に突入してしまっていたら、どうなっていたか分からない。
<br /><br />
　この日の作業ではレコードには手を付けず、調度品や機材のチェックのみで終えた。大半の人々が帰った後、「換え用レコード針」などが収められたケースを調べていた川崎さんと、今回「店舗の実寸大再現」計画に関し実際に組み立ての工程までその全てを担ってきた藤田龍平さんらが、何かを発見して盛り上がっていた。そこにあったのは、「オヤジ」こと吉田さんが使っていたと思われる名刺だった。愛好家とおぼしき人々がしばしばネット上等に公開している晩年のタイプとは違ったかなり古い時代のもののようで、片隅には「音樂鑑賞店」という肩書きがあった。「貴重だね」と笑顔を見せる川崎さん。こんなことを言ってはおこがましいが、吉田さんが後押ししてくれているように感じられた。
<br /><br />
　レコード類の確認作業の後、街づくり会などがかけあい、隣接する「ぴおシティ」(桜木町ゴールデンセンター、中区桜木町1)に品物全てを一時的に置かせてもらえることになった。動きが加速し出すのは7月に入ってからだ。実行委員会結成と並行して模索していた「助成金申請」の1つ「APEC創造都市事業本部」が募集していた「横浜市マザーポートエリア活性化推進事業」に認定されたのだ。一番の課題とも考えられていた「予算」のおおよその目途がついたことで、店舗を実寸大で再現するという目玉企画が一気に現実味を帯び、イベント名も「野毛にちぐさがあった！」と決まった。8月に入って正式にプレスリリースを行い、これによって協力者も更に増えていった。横濱ジャズプロムナードと完全連動することや、店舗営業当時実際にコーヒーを提供していたキーコーヒーが協賛につくことなどが、あれよあれよという間に決まっていった。
<br /><br />
　「動き出してからは、あっという間で」と語るのは嘉藤さん。アーカイブ展開催が目前に迫り、川崎さんとともに筆者にこれまでの経緯を説明しようとして「いろいろあって忘れちゃったみたい」と、事務局担当として慌しい日々を送ってきた様子をうかがわせた。「でもなんだかんだ言って楽しい。学生時代の『文化祭の直前』ってこんな感じだった気がする」。オトナ達が目を輝かせている姿があった。
<br /><br />
<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6671/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6671/300/300/" /></a><br />
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6685/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6685/300/300/" /></a><br />
</td></tr>
</table>
<br /><br /><br />
野毛にちぐさがよみがえった！
<br /><br />
　ついにこの日がきた。店舗再現の実質的な作業を担当していた美術制作集団「カシオペア」の中心的存在の藤田さんや、「広報担当です」という山本亮介さんも連日のハードワークに疲れきっていたが、プロジェクトに参加できていること自体が嬉しいという。カシオペアは昨年のフランス大使館の展示の際結成されたユニット名で、元々それぞれに舞台美術に携わっていた若者たち。実際のちぐさを知らない世代だ。田中らんさん、音響の西原尚さん、特殊技術の髄さん、彼らの目には古く懐かしいものの再現というより、新たなものの「創造」として映っているように見える。「途中はしんどかったけど、出来上がったのを見たら、もう『良かった』って。それしかないです」と、仕事をやり終えた彼らは語った。
<br /><br />
<table align="center">
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6678/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6678/300/300/" /></a><br />
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6694/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6694/300/300/" /></a><br />
</td></tr>
</table><br />
　ところで、ここまでの文章の中に吉田さん本人をのぞいて、18人の方の名前が登場している。意図的に表記したのだが、これでもほんの一部の関係者だけであって、本当に大勢の人々がこのプロジェクトに携わっている。それもボランタリーに関わっている人が大半だということを付け加えておきたい。
<br /><br />
　ジャズを愛した吉田衛さんの想いの詰まったちぐさが閉店してから3年8カ月。その吉田さんを、そしてジャズを愛する大勢の人々の想いが結集して、今、野毛の地に「伝説のジャズ喫茶　ちぐさ」が復活を遂げた。
<br /><br />
　初日、訪れた人々の口からは「そのままだ」という言葉が思わず出た。店で実際に使用されていたレコードプレーヤーで音楽が流され、当時の味を再現した「美味しいとは言えない」と当のキーコーヒーの担当者がいうコーヒーが、訪れた客たちに振る舞われた。曲が終わると自然と拍手が起き、奥に飾られている笑顔の吉田さんの写真がよりいっそう笑っているように見えた。
<br /><br />
　「おい、音楽という字を書いてみろ。分かるか？音を楽しむと書くんだぞ」
<br /><br />
　オヤジの声が聞こえるようだった。
<br /><br /><br />
そしてこれから
<br /><br />
　再現された店舗は10月17日まで期間限定ということもあってか、連日人々で賑わっている。しかし、本当の課題はこれからのはずだ。いかにこの財産を保管し、次世代へと継承していくのか。街づくり会の人々、そしてちぐさ会の人々やプロジェクトの実行委員たちは夢を語る。「喫茶店としてではなくとも、常に『ちぐさ』がこの世界に存在している環境を創りたい」。プロジェクトは実は始まりを迎えたばかりだ。
<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6695/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6695/480/480/" /></a><br />
</div>
<br /><br />
◇野毛にちぐさがあった！～ちぐさアーカイブプロジェクト　<a href="http://chigusa.hama1.jp/">http://chigusa.hama1.jp/</a><br />
◇横浜市中区役所 歴史年表　<a href="http://www.city.yokohama.lg.jp/naka/sighthist/nenpyo/">http://www.city.yokohama.lg.jp/naka/sighthist/nenpyo/</a><br />
◇野毛Hana＊Hana　<a href="http://www.noge-hanahana.org/">http://www.noge-hanahana.org/</a><br />
◇横濱ジャズプロムナード　<a href="http://www.jazzpro.jp/">http://www.jazzpro.jp/</a><br /><br />

<br />
（執筆　宮野純子）<br /><br />
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/265">はじかみあねきさんのアルバム</a><br />
<br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/post_178.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/post_178.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Wed, 13 Oct 2010 21:51:54 +0900</pubDate>
  <keywords>6673</keywords>
</item>

<item>
  <title>☆第二回北仲カフェ開催☆　～情報求む！</title>
  <description><![CDATA[[**北仲スクール**](http://www.kitanaka-school.net/)


去る10月8日の金曜日、"ゆるさ"がウリの北仲カフェに参加して

来ました。

この日は『神奈川善意通訳者の会』の山崎宣晴さんがゲスト。

ステキなお話が沢山聞けました。


ところで、この山崎さん、実は人を探してらっしゃいます。

2年前、横浜都市発展記念会館　横浜ユーラシア文化館

が主催した2008「みんなでエキスポ」でもとりあげられた

「**米第八軍司令部直轄タイピングスクール終了記念**」の

集合写真に写っている方々です。



[ヨコハマ経済新聞記事](http://www.hamakei.com/headline/3257/)


横浜市教育委員会のサイトに微妙な感じで残っていますが・・


[http://www.city.yokohama.jp/me/kyoiku/topics/200519-01.html](http://www.city.yokohama.jp/me/kyoiku/topics/200519-01.html)

この真ん中辺にある『６．展示構成と展示予定資料』の向って右から

2番目の御写真です。

残念ながらこの時は有力な情報が得られなかったそうで、今現在も関係者や

情報をお持ちの方を探しています。


お心当たりの方はご連絡頂ければ幸いです。

北仲スクール(info[at]kitanaka-school.net)『北仲カフェ』担当者宛、

もしくは当写真アルバム事務局、及び横浜コミュニティデザイン・ラボ

(info [at] yokohamalab.jp)へ、「米第八軍司令部直轄タイピングスクールの件」

との件名でメールでご連絡頂くか、或いは問い合わせ先に表記のあるお電話

番号へご一報下さい。何卒よろしくお願い致します。


　※本文中のメールアドレスは迷惑メール防止のため [at]としています。

お手数ですがこの部分を@に変えて下さい。



<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="SN3F1841.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/SN3F1841.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>


↑第二回北仲カフェにて。山崎さんと今回のきっかけを作ってくれた

横浜国立大学田代さん。

(天)]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_177.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_177.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 11 Oct 2010 03:54:37 +0900</pubDate>
  <keywords>写真　アーカイブ</keywords>
</item>

<item>
  <title>「野毛にちぐさがあった！～ちぐさアーカイブ展」開催中</title>
  <description>
「野毛にちぐさがあった！～ちぐさアーカイブ展」が大好評開催中です。

　お陰さまでマスコミにも連日取り上げられ、3日間満員御礼でした。

会期は17日までですので、まだの方は是非、既にお越し頂いた方も

もう一度(笑)あの伝説のジャズ喫茶「ちぐさ」を体感しにいらして下さい。


[野毛にちぐさがあった！公式ブログ](http://chigusa.hama1.jp/)



**△ちぐさアーカイブプロジェクト△**

**『野毛にちぐさがあった！』**

日程：2010年10月8日(金)～10月17日(日) 

営業時間：11：00~19：00

会場：野毛Hana＊Hana (横浜市中区花咲町1-42-1 down beat　隣）

入場料：500円（キーコーヒー限定復刻ちぐさブレンドコーヒー付き）

◎トークイベント　各日とも16：00～17：00予定

10月9日（土）瀬川昌久(ジャズ評論家)・高田達也（文筆家）　・・・終了しました。

10月10日(日) ちぐさ会メンバー　・・・終了しました。

10月17日(日) 五十嵐明要（ミュージシャン）・柴田浩一（Jazzプロムナード・プロデューサー）


◎クロージングパーティー

10月17日(日)　夜予定

ヨコハマ経済新聞ヘッドライン

[http://www.hamakei.com/headline/5525/](http://www.hamakei.com/headline/5525/)

[http://www.hamakei.com/headline/5395/](http://www.hamakei.com/headline/5395/)</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_176.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_176.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Mon, 11 Oct 2010 02:51:49 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　JAZZ　アーカイブ</keywords>
</item>

<item>
  <title>ちぐさアーカイブ展CM</title>
  <description><![CDATA[<br /><br />いよいよ明日から<a href="http://www.noge-hanahana.org/" target="_blank">野毛Hana＊Hana</a>ではじまるちぐさアーカイブプロジェクト「野毛にちぐさがあった！」。<br /><br />
関係者のインタビューを交えたCMを公開しました。<br /><br />

17日までの10日間、ぜひ一度足をお運び下さい。<br /><br />

<div style="text-align: center;">
<object width="480" height="385"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/bwXw_lVhVBo?fs=1&amp;hl=ja_JP&amp;color1=0x2b405b&amp;color2=0x6b8ab6"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/bwXw_lVhVBo?fs=1&amp;hl=ja_JP&amp;color1=0x2b405b&amp;color2=0x6b8ab6" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="385"></embed></object></div>
<br /><br />
<div style="text-align: right;">（真）</div>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/cm_1.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/cm_1.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 07 Oct 2010 23:04:01 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>野毛にちぐさがあった！</title>
  <description><![CDATA[
　よく考えたらここではこのイベントの正式タイトルを表題にしたことなかった

様な気が。ということでストレートなタイトルにしてみました。


　『**野毛にちぐさがあった！ちぐさアーカイブ展**』


　これです。いよいよです。そんな訳で昨日は直前会議に参加して来ました。

　そこで改めて、各方面からの注目度の高さを感じました。成功させなければ、

という思いはもちろんありますが、来て下さる方々に楽しんで頂く為には迎える

我々がまず楽しくやろうとしないといかんのでは？とも考えたり。

　本番まで残りわずかですが、やれる事は精一杯やって、後はみんなでちぐさ

の復活を楽しむ、というのが理想なのではないかな。そんな思いでラストスパート

かけたいと思います。(天)

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="chigusamenu1.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/chigusamenu1.jpg" width="480" height="640" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_174.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_174.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Fri, 01 Oct 2010 03:33:10 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　JAZZ　アーカイブ</keywords>
</item>

<item>
  <title>さよならスカイウォーク</title>
  <description><![CDATA[<br /><br />
横浜ベイブリッジ開通と共にオープンした橋の下の遊歩道・スカイウォークが、今週末で閉鎖します。<br /><br />

<a href="http://www.hamakei.com/headline/5469/" target="_blank">横浜ベイブリッジ・スカイウォークが最終営業-特別展示や演奏も（ヨコハマ経済新聞）</a><br /><br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/3336/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3336/480/480/" /></a><br />
スカイウォークからの眺め（<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/19/">横浜商工会議所さんのアルバム</a> より）
</div><br /><br />

みなとみらいが一望でき、横浜港を出入りする船を見下ろすことのできる、貴重な撮影スポットでもあります。<br /><br />

最後の機会、ぜひスカイウォークに行ってみませんか？<br /><br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/3624/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3624/480/480/" /></a><br />
ベイブリッジができるまで（<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/192/">石原さんのアルバム</a> より）
</div><br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/3334/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3334/480/480/" /></a><br />
スカイウォーク開通式（<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/19/">横浜商工会議所さんのアルバム</a> より）
</div><br /><br />


<div style="text-align: right;">（真）</div>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_172.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_172.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Fri, 24 Sep 2010 12:39:55 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>ちぐさアーカイブプロジェクト【後援：横浜市】</title>
  <description><![CDATA[
　OPEN YOKOHAMA(横浜市マザーポートエリア活性化推進事業認定事業)

の一環としてやってきた『ちぐさアーカイブプロジェクト』ですが、この度

横浜市の後援事業となりました。

　現在配布中のチラシには残念ながらこの『**後援：横浜市**』という肩書きが

間に合わずに入っていないのですが、色々な方面に宣伝して頂く際、是非この

『**後援：横浜市**』を**強調**して下さい。

　ということで、

[http://chigusa.hama1.jp/](http://chigusa.hama1.jp/)

　公式ブログなども立ち上がり、ますます盛り上がって参りました。

今年の横濱JAZZプロムナードとも完全連動企画ですから、盛り上がらない訳

がないです。公式ブログ以外にも、[SNSハマっち！写真アルバムコミュ](http://sns.hamatch.jp/community/?bbs_id=492)
などで

随時情報を載せていきますので、こまめにチェックしてみて下さいね。(天)


<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="SN3F1750.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/SN3F1750.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /></span>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_170.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_170.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 23 Sep 2010 01:51:40 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　JAZZ　アーカイブ</keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜写真アーカイヴ協議会－NPO法人化のプロセスデザイン</title>
  <description>
　本年5回目の「横浜写真アーカイヴ協議会」が9月16日、横浜港振興協会会議室(中区・大さん橋ふ頭ビル2F)にて開催されました。横浜市立大学の鈴木伸治准教授を座長としたこれまでの協議会メンバーに加え、新法人の発起人を承諾頂いた東海大学の水島久光教授が新たにご参加下さいました。メインになった議題は、新法人における実際の立ち上げ・運営メンバー(理事・社員)と、発起人、そしてこれまで「呼び掛け人」と想定、呼称してきた方々の立ち位置と関係性、限られた時間内でそれらをどう扱いまとめあげていくのかという点。また、正式な書類申請のタイムリミットと設立フォーラムの時期調整など、前回よりコアな話題が討論されました。次回会合(10月半ばを予定)までに、特定非営利活動法人申請のための提出書類一式(定款・設立趣旨書・事業計画書など)をきちんと固め、11月最終週までの申請を目指す事が決議されました。



　なお、今回の議事録も、前回、前々回同様、近日中にハマっち！外部公開コミュでどなたでも閲覧可能な状態にさせて頂く予定です。</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/npo.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/npo.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Fri, 17 Sep 2010 02:05:36 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　写真　アーカイヴ</keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜の街再発見ツアー同行レポート その2</title>
  <description><![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="SANY0179_O.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/100828/SANY0179_O.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span>
続いては28日に行われた「商店街うんちくツアー」。こちらは圧倒的にシニア集団でしたが、猛暑にも負けず元気いっぱい。エリアを本牧に限定して地元を再発見しようとのこの試みは、地元商店会が中心となり、中区役所などが協力しています。2010年3月に開催された第１回目が好評だったこともあり、参加者は20数名にのぼりました。中には都内板橋からはるばる参加した方も。でもどうやって知ったんだろう？　横浜在住の作家、山崎洋子さんの顔も見えました。山崎さん、横浜が大好きなんですねえ。<br>
簡単なガイダンスに続き、参加者は二つのグループに分かれて出発。途中箇所かのお店に立ち寄って、楽しいエピソードを聞かせていただきました。創業が明治時代という建具屋さんでは、職人仕事の世界を垣間見ることができました。和室の仕切り壁の上部分を飾る欄間細工には、ご飯粒から木製部材の接着剤を作るとの話には、一同へぇー？！　<br>
　次に訪問したお惣菜屋さんは、なんと創業90年という老舗。お惣菜一筋に1世紀近くというのはすご～い。市内に支店が20数箇所というのも納得です。昔ながらの煮豆や佃煮、鯖の煮つけなど、どれも美味しそうなおかず類に質問もたくさん飛び出しました。皆さん美味しいものには目がないんですね。さらにお花屋さんでは、戦後すぐに本牧に来た進駐軍がお得意さんになり、クリスマス時期には富士の裾野から運んできた千本もの大きなツリーが1日で売れて大儲けした話など、興味津々で聞き入っていました。<br>
　こうして貴重な歴史的証言を地元の商店街の皆さんの協力で堪能したツアー参加者たちは、出発地点へと戻ってきました。するとそこには、先ほどのお惣菜屋さんから提供されたお惣菜の試食が用意されており、一同大喜び。ホント美味しかったです。
<br>　試食に続いては、全体のまとめとさらなるお話ゲストが登場して、今度は昔の写真データと本牧界隈の地図を重ねて、本牧に関するミニ歴史学習会。また、布団屋さんの話ではなんと180万円の羽毛布団に使われているという貴重な水鳥のダウンボールに触らせていただき、これも貴重な体験というか、誰もほとんど興奮気味。こうして新しい発見や楽しいお話、さらには美味しい試食や貴重な体験など盛りだくさんの内容で参加者全員、目いっぱい楽しんでいました。独特の歴史的な背景を持つ本牧エリアの商店街は、とにかく元気で、これからもユニークなツアーを市民に楽しんでもらいながら、貴重な写真データを発掘し役立ててもらおうと、主催者の地元商店会幹部や協力している中区地域推進課の担当者は、異口同音に次回以降への期待をこめて語ってくれました。いや～本牧は面白いですぞ！]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/_2_1.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/_2_1.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Fri, 10 Sep 2010 21:06:26 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜の街再発見ツアー同行レポート その１</title>
  <description><![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="SANY0070_○.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/img/100824/SANY0070_%E2%97%8B.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="SANY0059_○.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/img/100824/SANY0059_%E2%97%8B.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>
　横浜の街を歩きながら、昔の写真と比べたりエピソードを地元の人々と語り合ったりすることで、街を再発見しようとのイベントが相次いで開催されまして、これは体験してみなければと、両方に参加してみたら・・・楽しい、美味しい、な～るほどが盛りだくさんで大正解。ということで、まずは8月24日に実施された「横浜ローカルツアー＝古い写真の現在をめぐろう」から。ちびっ子や保護者を対象に中区中心部をめぐる約２時間のミニツアーでした。<br>
　このツアーは、ヨコハマ創造都市センター（YCC）が、さまざまな視点から横浜の昔と今を比べて学ぶことを狙いに夏休み企画として実施したもの。プロカメラマン・笠木さんのガイドで関内駅を出発。横浜公園や大通公園、さらに象の鼻パークなど、市内中心部を回り、笠木さんが昔の写真を見ながら解説してくれました。スタートの関内駅では、根岸線が開通してしばらくは、まだ線路と平行して川が流れていたことを当時の写真で知ったちびっ子たちは興味津々の様子。中にはずいぶん立派な一眼レフカメラを首から提げたちびっ子もいて、さっそく周辺をパチリパチリ。横浜公園ではスタジアム横の噴水広場にある水がめのモニュメントの由来を学びました。東西南北に向いて作られた４種類の動物のモニュメントからは、人が近づくと水がぴゅーと噴出してきて、しかもこの水は飲めるんだそうです。横浜公園はもう数え切れないくらい通っている場所だけど知らなかった・・・　う～んまさに再発見だ！<br>
　また、ゴール近くの山下公園では、同公園が関東大震災の瓦礫をもとに出来上がったことに驚き、戦後は進駐軍の接収によりフェンスで囲まれて日本人は立ち入ることができなかったことを写真で知り、ちびっ子たちは時の流れを感じていたみたい。ちなみに、小生は知っていました。ちょっと優越感を感じた瞬間でした。ゴールのマリンタワーでは、汗をかいた後に冷たいジェラートが待っており、参加したちびっ子やお母さんたちは大喜び。<br>
　主催したYCCの担当者は、「昔の写真と比べながら今を知ることは、子供にとっても面白い体験なんでしょうね。今回参加して、私たちも発見がありましたし、こんな形で楽しみながら歴史を知る試みを、今後も実施していければ」と語っていました。]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_171.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_171.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Fri, 10 Sep 2010 20:30:16 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>【横濱】ちぐさ会議【JAZZ】</title>
  <description><![CDATA[<br/>

　9月7日の月曜日、ちぐさアーカイ**ブ**プロジェクト会議に参加してきました。

　細かい話ですが、ちぐさアーカイ**ブ**プロジェクトが正式名称になりました(笑)。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="SN3F1697.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/SN3F1697.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /></span>

　今回実行委員長の川崎先生は長期海外出張中ということで、横濱JAZZ PROMENADEプロデューサーの柴田氏、野毛地区街づくり会の小林氏が中心の会議となりました。


　10月のイベントで一体どこまで『ちぐさ』の再現に迫れるのか？熱いトークが展開されたのであります。

　残り約一ヶ月、我々写真アルバムスタッフも気合を入れねばなりませぬ。(天)]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/jazz_1.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/jazz_1.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 09 Sep 2010 01:54:14 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　JAZZ　アーカイヴ</keywords>
</item>

<item>
  <title>【横濱】ちぐさミーティング【Jazz】</title>
  <description><![CDATA[
本日(8月25日)、ちぐさアーカイヴプロジェクトのMTGに参加して来ました。

本来時間をずらして開催の筈だった「ちぐさ会」と「実行委員会」の会合ですが、

途中から一体化！

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="SN3F1622.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/SN3F1622.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /></span>


前回ここでご紹介した『ミニチュアちぐさ』に盛り上がるちぐさ会の皆さん。


予定時刻を大幅に超えて、熱い『ちぐさ談義』に花が咲きました。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="SN3F1627.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/SN3F1627.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /></span>

実行委員長の川崎義博さんをはじめ、監修の柴田浩一さん、ちぐさ会の遊佐正孝さん、

皆さん楽しく語らいつつも、真剣な眼差しです。


<br/>
10月のイベント開催に向け、ますます力が入る写真アーカイヴスタッフ

一同でありました。　]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_167.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_167.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 26 Aug 2010 02:41:01 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　写真　アーカイヴ　JAZZ　ちぐさ</keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜写真アーカイヴ協議会－新法人設立に向けて</title>
  <description><![CDATA[<br />
　本年4回目となる「横浜写真アーカイヴ協議会」の会議が、中区の横浜市市民活動支援センター4階にて行われました。横浜市立大学の鈴木伸治准教授を座長とした協議会メンバー8名が参加。議題は新法人の設立についての最終意見調整など。横浜ストリーム事業との関連から、本年度中の正式発足へ向けての種々の日程、及び翌年度以降の運営体制についても様々な側面からの検討がなされました。議事録につきましては前回同様、近日中にハマっち！外部公開コミュでどなたでも閲覧可能な状態に致します。


<br />
次回協議会は9月16日に開催を予定しております。]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_166.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_166.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 25 Aug 2010 00:32:15 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　写真　アーカイヴ</keywords>
</item>

<item>
  <title>☆北仲カフェスタート☆</title>
  <description><![CDATA[
みんなでつくる横濱写真アルバムとも連動している北仲スクールの新企画『北仲カフェ』

の第一回目が開催され、我々写真アルバムのスタッフも参加して来ました。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="SN3F1614.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/SN3F1614.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /></span>

当日の様子はネットで配信されました。

[http://www.ustream.tv/channel/kitanaka-school](http://www.ustream.tv/channel/kitanaka-school)


この写真アルバムの素材を使った新しい試みをしてみたり、そうかと思えばその場で突然

思い立った企画を話し合い、はたまた楽器の生演奏が突然始まったり。なんでもありだけど

ゆるーい感じがウリの不思議なカフェ。次回は9月にまた北仲ブリック2Fに出現予定です。


[**北仲スクール**](http://www.kitanaka-school.net/)

(天)]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_165.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_165.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 23 Aug 2010 02:47:50 +0900</pubDate>
  <keywords>写真　歴史　アーカイヴ　北仲スクール</keywords>
</item>

<item>
  <title>【横濱】ちぐさアーカイヴプロジェクト実行委員会MTG【Jazz】</title>
  <description><![CDATA[　
　去る8月12日、第4回目のちぐさアーカイヴプロジェクト実行委員会の会議がありました。

参加者は、藝大講師でサウンドディレクターの川崎義博さん(実行委員長)、横濱Jazzプロム

ナードのプロデューサー柴田浩一さん(監修)他。


　6日に正式リリースされたプロジェクト内容の確認や、現在依頼中の案件についての報告、

新たな企画、協力者についてなど、活発な議論がなされました。


　中でも、川崎先生のサポートとして店舗完全再現の主動的役割を担って下さっている藤田

さんが持参された『ミニチュアちぐさ』に注目が集まりました。図面から再現されたその形

は想像以上に変則的というか、かなり『台形』なんですね。その辺は逆に当時の写真からは

分かりにくい部分でした。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="SN3F1595.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/SN3F1595.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /></span>


　10月のイベントを盛り上げ、更にその後もプロジェクトを継続していける様、我々写真アル

バムのスタッフも微力ながら応援したいと思っています。]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/mtgjazz.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/mtgjazz.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Sun, 15 Aug 2010 00:34:34 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　Jazz　アーカイヴ</keywords>
</item>

<item>
  <title>【横浜】ちぐさアーカイヴプロジェクト【Jazz】</title>
  <description>
**～ちぐさアーカイヴプロジェクト～『野毛にちぐさがあった』**


　嘗て横浜・野毛にあったJazz喫茶『ちぐさ』のアーカイヴプロジェクトがいよいよ本格的に

始動致します。


　「ちぐさ」は有名ジャズミュージシャン達も足繁く通った老舗のJazz喫茶でしたが、2007年

惜しまれつつその73年間にわたる歴史に幕を閉じました。オーナーの故・吉田衛氏が遺した

5000枚を超す貴重なレコード盤やミュージシャン達の写真パネルのみならず、インテリア・

エクステリアが永らく横浜市内の某所に保管されていましたが、この度それらが野毛地区街

づくり会に寄贈され、デジタルアーカイヴ化し更に秋に向けてイベントをしようというプロ

ジェクトが立ち上がリました。


**～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～**

**△イベント概要△**

**日程:2010年10月8日～10月17日　11:00～19:00**

(横濱Jazzプロムナード開催期間を含む)


**会場:野毛Hana＊Hana　フリースペース**


**入場料:500円(ドリンク付き)**


**◇主なプログラム内容◇**

・店舗再現

　　　営業当時実際に使用されていた貴重なレコードや写真パネル、音響機器等を使用し、

　　実寸大で店舗全体を再現。あのちぐさが蘇ります。

・写真展

　　　オーナー吉田衛氏と当時親しかったミュージシャン達やお店のファン達との交流を

　　窺い知る事の出来る写真、店内に飾られていたパネルや交わされた書簡等を使用

　　した展覧会を開催。

・トークイベント

　　ちぐさと関わりのあったミュージシャン等をゲストに、当時を語り合う。

主催:ちぐさアーカイヴプロジェクト

共催:野毛地区街づくり会、ちぐさ会

＜横浜市マザーポートエリア活性化推進事業認定事業＞

助成:財団法人まちづくり市民財団

協力:横浜JAZZ協会、横浜JAZZプロムナード実行委員会、

野毛飲食業協同組合、横浜にぎわい座、NPO法人都市資源開発センター　他


**～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～**

　イベントとしては上記の様なものですが、大きな目的はちぐさを軸とした日本Jazz界の

歴史資料をアーカイヴ化し、次世代へと受け継いでいく事です。


　このイベントに、横浜コミュニティデザイン・ラボとみんなでつくる横濱写真アルバム

が協力しています。


　今後当写真アルバムサイトでも告知活動や、写真展への協力等を予定しています。

ブログやお知らせ等で随時up致しますので、チェックしてみて下さいね。</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/jazz.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/jazz.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 09 Aug 2010 22:24:30 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　アーカイヴ　JAZZ</keywords>
</item>

<item>
  <title>【速報】横濱元ブラ隊がゆく～☆第一回偵察ツアー☆</title>
  <description><![CDATA[
日付越えましたので昨日8月6日、『横浜元ブラ』プロジェクト下見会が行われました。

前日よりはほんの少し気温が低かった様ですが、それでも茹だる様な暑さの中5時間

以上にわたり横浜・元町をブラブラし続けました。案内役を引き受けて頂いた生駒氏

は、元町を中心とした横浜の歴史知識をたくさんお話して下さいました。

初めて耳にする様な情報もチラホラと出て、コンテンツ作成に向け有意義な1日になった

と思います。


今回我々の話に耳を傾けて頂いた元町商店街の皆様には御礼申し上げますとともに、

今後より一層のご協力をお願いしたいと存じます。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="SN3F1565.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/SN3F1565.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /></span>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_164.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_164.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Sat, 07 Aug 2010 01:47:13 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　歴史　アーカイヴ</keywords>
</item>

<item>
  <title>～横濱元ブラ隊がゆく～☆第一回偵察ツアー開催☆</title>
  <description>
**日時：平成22年8月6日(金) AM11:00～**

**場所：JR根岸線・石川町駅南口集合**




　突然ですが、今週の金曜日に『横浜元ブラ』プロジェクトの下見会をします。


　イセブラでもなく、野毛ぶらでもなく、元ブラ。そう『横浜元町』をひたすらブラブラして

楽しむのです。ただ楽しむだけではなく、この横濱写真アルバム内に1コンテンツとして

作っちゃいます。


　そこで、我々元ブラ隊こと取材スタッフだけで楽しんでいても申し訳ないので、ツアー参加者

を募集致します。参加費は無料。今年の暑さを考慮して熱中症対策は各自で。上記場所・時間

になんとなく「人が集まったな～。」と思ったら、ゆるく出発します。


　当日は、当写真アルバムサイトに多くの作品を投稿して下さっている生駒實氏にお話を伺い

ながら横浜元町の隅々を探索予定。生駒氏は横浜の生き字引、街の先生、郷土史研究家に

して写真家、元スケート連盟公認指導員...(どんだけ肩書きあるんですか！)というスーパーマン

なので、横浜に関する事ならどんな疑問も即解決しちゃいます。


　特に出欠をとったりもしませんし、途中で抜けようがどうしようが、人様に迷惑をかける行為以外

基本自由です。勿論どなたでも参加可。今回は下見ですが、場合によっては画像や動画がサイト

に掲載される事はご承知下さい。


　ご質問等ございましたら、下記メールアドレスまで。

　　miyano@yokohamalab.jp

　
　　横浜コミュニティデザイン・ラボ　　歴史アーカイヴ担当係</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_163.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_163.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 04 Aug 2010 08:56:48 +0900</pubDate>
  <keywords>歴史　横浜　アーカイブ　イベント</keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜写真アーカイブ協議会が開催されました</title>
  <description><![CDATA[<br />
　昨日7月20日、BankART Studio NYK 1階にて、横浜写真アーカイブ協議会が開催されました。前回の会合より多少時間が経過していた事もあり、参加者同士の意見のすり合わせを含め、今後の展開についての話し合いが2時間にわたり行われました。会議内容につきましては、SNSハマっち！外部公開コミュ([みんなでつくる横濱写真アルバム－市民が記録した150年](http://sns.hamatch.jp/community/?bbs_id=492))で公開しております。
<br />
　本年後半は、[横浜ストリーム](http://yokohamastream.jp/)事業との関連から、より活発な動きをしていくべく、熱い討論がなされました。次回協議会は8月後半開催予定です。]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_162.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_162.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 21 Jul 2010 21:28:31 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　歴史　写真　アーカイヴ</keywords>
</item>

<item>
  <title>【イベント】7/6・北仲ACTワークショップ【告知】</title>
  <description>

**☆☆☆『北仲ACTワークショップ - 地域×デジタルアーカイヴ』☆☆☆**

***「横浜ストリーム」オープニングイベント+
「過去と現在、記録と物語」連続公開勉強会特別編***



**日時　－－　2010年7月6日（火）**


　　　　　　　　　開場18:10　開会18:40　閉会21:00(予定)


**場所　－－　Applause アプローズ YOKOHAMA NEWS HARBOR（tvk1階）**


　　　　　　　　　[http://applause-tvk.com/access.html](http://applause-tvk.com/access.html)


参加費　－　無料


定員　－－　80名


＊主催：横浜地域情報化推進協議会


＊共催：北仲スクール（横浜文化創造都市スクール）





▲プログラム▼（変更の可能性有り）


**18:40　開会　オープニングトーク**

◎トークその1

和田　昌樹（わだ　まさき）氏

桜美林大学准教授(情報デザイン論)。1947年生まれ。学習院大学法学部卒業後、

ニュー・ミュージック・マガジン社を経て、1975年ダイヤモンド社入社。BOX誌

編集長、ダイヤモンド社国際経営研究所調査研究部長、Ecologist Japan編集長等

を歴任。2005年より現職。「みんなでつくる横濱写真アルバム」協議会メンバー・

横浜市民メディア連絡会代表。

[http://www.yokohama-album.jp/](http://www.yokohama-album.jp/)




◎トークその2

水島　久光（みずしま　ひさみつ）氏

東海大学文学部教授。1961年生まれ。広告会社、インターネット企業を経て、2003

年東海大学に着任。放送を中心にメディア環境のデジタル化問題に取り組む。北仲

スクール（横浜文化創造都市スクール）にて、「アーカイブと映像コンテンツプラット

フォーム連携プロジェクト」主催。

[http://kitanaka-school.net/](http://kitanaka-school.net/)




**19:00　活動事例・横浜編**

『ツェッペリン号横浜上空飛来～1928年撮影の映像から横浜を語る』

ゲスト：大川　哲郞（おおかわ　てつお）氏

株式会社大川印刷・代表取締役社長(6代目)。1967年生まれ。東海大学法学部

卒業後、錦明印刷株式会社入社。1993年、家業である株式会社大川印刷入社。

取締役社長室長、専務取締役を歴任し、2005年、代表取締役社長就任。

[http://www.ohkawa-inc.co.jp/](http://www.ohkawa-inc.co.jp/)




**19:40　休憩(10分)**




**19:50　活動事例・新潟編**

『新潟発　地域映像アーカイヴ～映像がつなげる人と街』

ゲスト：原田　健一(はらだ　けんいち）氏

新潟大学人文社会・教育科学系教授。1956年生まれ。専門は映像社会学、メディア

文化史。映像・音楽の製作をするも、40代から『南方熊楠旧邸』調査に従事、研究

の世界へ。「地域映像アーカイブ」プロジェクトでは映像の発掘や調査、データ

ベース作成等を行う。

[http://www.isc.niigata-u.ac.jp/~globalstrategy/communal_image_archive_project.htm](http://www.isc.niigata-u.ac.jp/~globalstrategy/communal_image_archive_project.htm)




**20:30　ディスカッション+東海大学生による発表**



**20:50　ライトニングトーク**



**21:00　閉会**






**「横浜ストリーム」について▲▲**

[http://yokohamastream.jp/](http://yokohamastream.jp/)

「横浜ストリーム」とは、地域情報を発信する人材の育成と雇用創出、そしてその

情報基盤を整備するものです。今後、地域の人に情報を発信するための手法（取材

方法、記事作成、動画撮影など）を学べる講座を提供し、発信された情報を各種地域

メディアや街角に設置されるデジタルサイネージ（電子看板）に活用していきます。

総務省への提案事業「地域レポーターが地域活性化支援するユビキタスメディア基盤

事業」の採択を受け、

　特定非営利活動法人横浜コミュニティデザイン・ラボ

　ｔｖｋ

　ブレインズ株式会社

　横浜市共創推進事業本部（横浜市中区港町・予定）

からなる横浜地域情報化推進協議会を主として実施いたします。



＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝



**※本件に関するお問い合わせ先**



◎横浜地域情報化推進協議会事務局（tvkクロスメディア部内、担当：細見）

　Tel.045-651-1708　Fax.045-664-3666　E-mail:  [yokohama.stream@gmail.com](mailto:yokohama.stream@gmail.com)


◎横浜PRサポートセンター（担当：森・志賀）

　Tel.045-633-9660　Fax.045-662-8224　E-mail: [pr@hustle.jp](mailto:pr@hustle.jp)


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


気軽にご参加頂ける、歴史系アーカイヴイベントです。

皆様お誘い合わせの上、是非お越し下さいませ。

**※7/5追記　開会時刻等が変更になりました。**</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/76act.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Thu, 01 Jul 2010 15:25:40 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜　歴史　アーカイヴ</keywords>
</item>

<item>
  <title>【予告】新企画始動</title>
  <description>今春、大きく体制の変わった横濱写真アルバム事務局ですが、7月以降様々な企画が本格始動する予定です。

新たなスタッフも加わり、気分も一新。今後の展開にご期待下さい。</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_159.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Sun, 27 Jun 2010 01:30:08 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>梅雨の時期に入りましたね</title>
  <description>ご無沙汰しております、みんなでつくる横濱写真アルバム事務局です。

九州は既に入梅したそうですが、関東もそろそろでしょうか。
ゴールデンウィークあたりから、先日まで本当に春の暖かさを感じ、いろいろなところに出向かれたのではないでしょうか。　

先日行われた、１５１回目の記念日を祝う、横浜開港祭が開かれ、フィナーレに関東では一番乗りだそうですが、花火が行われました。
さっそくそんな写真もご投稿いただいていますが、皆様も是非そんな写真をお寄せください。

コメント機能も追加されましたので、使ってみてくださいね。
</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_157.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 14 Jun 2010 13:21:23 +0900</pubDate>
  <keywords>梅雨</keywords>
</item>

<item>
  <title>横濱写真アルバムにコメント機能が追加されました</title>
  <description>みんなでつくる横濱写真アルバムにコメント機能が追加されました。
どんな些細な情報でも構いませんので、気軽に書き込みして下さい。</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_155.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Thu, 03 Jun 2010 21:13:30 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>写真の拡大機能追加のお知らせ</title>
  <description><![CDATA[<br />
アルバム内の写真の一部が、拡大して見られるようになりました。

写真右下のアイコンをクリックしてご利用下さい。

（オリジナルの写真が小さいものは拡大できません。）]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_151.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_151.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Tue, 30 Mar 2010 08:11:38 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>写真を見て街の移り変わりを語り合うイベント</title>
  <description><![CDATA[
みんなでつくる横濱写真アルバム運営事務局です。
お知らせでも掲載しました、<a href="http://www.yokohama-album.jp/news/post_149.php">栄区のイベント－写真で見る栄区の移り変わり－</a>に行ってきました。

<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5540/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6478/300/300/" /></a>

みんなでつくる横濱写真アルバム運営事務局としては、参加者が持ってきてくれるデータのスキャンの機材・技術支援と写真アルバムWebサイトの説明をさせていただきました。


栄区長さんと、栄区写真アーカイブご担当者さんとの間に座り、おもわず緊張してしまいましたが、きちんと説明できたと思います。

参加者に持ってきていただいた写真をその場でデータ化して、いろいろ語る意見交換会には、古い写真にまつわるいろいろな話が聞けました。
　・関東大震災の前後の本郷小学校の運動会の写真を見ながら、着ている服や校舎の様子を観察。
　・戦争前の海軍の燃料廠が建設中の写真や、接収されてからの写真を見ながら、今でも多くの名残が残っていることを語り合ったり。
　・戦争が盛んになると、横浜市の神社から釣鐘と、二宮金次郎の銅像がなくなった。
　・戦後の給食が始まった頃の写真を見ながら、当時の思い出を語り合ったり。
　・今は本郷台の駅前は広場になっているが、昭和30年代に根岸線ができた当初は広場はなく、道路だった。

などなど、本当に興味深いお話ばかり聞けました。
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/6479/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/6479/300/300/" /></a>

足を悪くなってからあまり動けてないとおっしゃる方が、大きな昔の地図を持ってきてくださったり、蚤がひどかったけれど、駆除したらいっせいになくなったという思い出を語っている方がいらっしゃったりで、活発なご意見が出ました。

もっと若い方々の参加があればと思いましたが、今後も引き続き開催していくようです。
参加して写真をアーカイブする大きな意味を感じていただけるといいなと思いました。]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_150.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_150.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 29 Mar 2010 21:00:11 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>〜3/31(水)「第28回神奈川県写真作家協会展」のご案内</title>
  <description><![CDATA[<br />

横浜市民ギャラリー１階（横浜市中区万代町）で、「第28回神奈川県写真作家協会展」（同作家協会主催、神奈川新聞社などの後援）が開かれています（入場無料）。

県内のプロやベテランのアマチュアカメラマンら約100人の会員で構成された同協会が1年間取り組んできたもので、「私写真'10」をテーマに、98点の作品が展示されています。米兵が闊歩（かっぽ）する昭和37年の横浜・関内周辺のモノクロ写真なども。

<br />
お問い合わせは会場まで。<br />
<a href="http://www.yaf.or.jp/ycag/" target="_blank">横浜市民ギャラリー</a>（TEL 045-224-7921）。<br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/33128.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/33128.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 29 Mar 2010 15:13:08 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>3/29(月)　栄区　写真を見て街の移り変わりを語り合うイベント開催　</title>
  <description><![CDATA[栄区役所さんが開催するイベントに「みんなでつくる横濱写真アルバム」が協力いたします。
是非振るってご参加ください。


－写真で見る栄区の移り変わり－

皆さんがお持ちの古い栄区の風景（写真）を持ち寄り、まちの移り変わりや思い出を語り合いませんか？
お持ち頂いた写真は、デジタル化（CDに保存）し、お渡しします。
※同意して頂ける場合は、区役所にデータを提供して頂き、今後活用させて頂きます。

日　　時：平成２２年３月２９日（月）１４：００～１６：００
場　　所：栄区役所新館４階第８・９会議
内　　容：スキャンコーナー（持ち寄っていただいた写真をデジタル化します。）
写真アルバムのスライドショー展示(PC&モニタで投稿写真の紹介)
　　　　　　映写した写真を見ながらの座談会
募集対象：栄区内の古い写真をお持ちの方（ご持参ください）
　　　　　　　栄区のまちの移り変わりに興味をお持ちの方
参加申込：当日直接会場へ（参加費無料）

<a href="http://www.yokohama-album.jp/2010/03/25/sakae_20100329.pdf">チラシダウンロード</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_149.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_149.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Tue, 23 Mar 2010 22:13:43 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>地域住民参加型デジタルアーカイブの推進に関するフォーラムのお知らせ</title>
  <description><![CDATA[
≪地域の歴史・文化を伝承する新たな仕組みをめざして≫

報道資料／平成22年3月8日

 近年のＩＣＴの進歩と、地域の歴史・文化等を伝承する意識の高まりの中で、図書館等の公的機関のみならず、ＮＰＯ法人等が運営する地域住民参加型のデジタルアーカイブが拡大しつつあります。これらは、地域共有の資料保管庫としての役割のほか、観光・まちづくり等の地域振興において重要な役割を担っています。
　しかし、地域住民参加型デジタルアーカイブは、地域内外の認知度が低いため、十分に利活用されていないほか、技術・人材・ノウハウ・資金等の面において諸問題を抱えていることが多く、継続的な運営が困難なケースも見受けられ、このままでは蓄積されたコンテンツが死蔵又は散逸してしまうことが危惧されています。
 これらの諸問題に対し、「地域住民参加型デジタルアーカイブの推進に関する調査検討会」では、ＩＣＴを利活用した持続可能なデジタルアーカイブの組織のあり方や運営方法、コンテンツの収集及び利活用を促進する方策等について検討してきましたが、今回、成果報告の発表の場として、「地域住民参加型デジタルアーカイブの推進に関するフォーラム」を開催いたします。

当フォーラムでは、調査検討会の成果報告のほか、地域住民参加型デジタルアーカイブの今後のありかたについて基調講演を行うとともに、「持続可能な地域住民参加型デジタルアーカイブの構築について」をテーマに、パネルディスカッションを行います。　  
 
<br />

日時
  平成22年3月30日（火曜日）13時から16時30分まで（受付：12時30分から）
場所
  横浜市技能文化会館（横浜市中区万代町2-4-7）
内容：別紙　
対象者：一般参加者及び報道関係者等
主　催：総務省関東総合通信局
定　員：100名（お申込み先着順で定員になり次第、締切りとさせていただきます。）
参加費：無料
申込方法：　メールkanto-renkei@soumu.go.jp またはFAX(03-6238-1699)宛てに、氏名・所属団体名・連絡先（電話番号またはメールアドレス）を記載の上、3月26日(金曜日)までにお申込みください。

]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_147.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_147.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Sun, 21 Mar 2010 16:03:13 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>〜3/31(水)「むかしの新横浜」写真展のご案内</title>
  <description><![CDATA[
新横浜プリンスぺぺ２階特設会場で「むかしの新横浜」写真展（資料提供：神奈川新聞社）が開催されています。

プリンスぺぺの開業18周年記念イベントで、昭和30年代の開発前の田園風景から昭和40年前後の東海道新幹線の開通、駅前開発やサッカーのワールドカップ（Ｗ杯）決勝戦など、28点の写真が展示されています。

ぜひ、足をお運びください。

<br />

<a href="http://www.prince-pepe.com/access/">新横浜プリンスぺぺ</a>
営業時間 10:00 A.M.～9:00P.M.
TEL045-474-7777
〒222-0033 神奈川県横浜市港北区新横浜3-4]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/331.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/331.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Sun, 21 Mar 2010 16:00:31 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>ユーザー登録している皆様へ　アンケートご協力のお願い</title>
  <description><![CDATA[「みんなでつくる横濱写真アルバム」にユーザー登録している皆様へ


「みんなでつくる横濱写真アルバム」運営事務局です。
皆様投稿が再開されましたが、ご覧いただいていますでしょうか。
今日は皆様に調査のためのアンケートのご協力のお願いです。


今回、「みんなで作る横濱写真アルバム」は、総務省関東総合通信局が設けた「地域住民参加型デジタルアーカイブの推進に関する調査検討会」の実証実験対象事業となっています。
この度、同検討会の調査の一環として、これまでに写真を投稿なさった方を対象にアンケートを実施することになりました。
アンケートは、投稿された写真コンテンツを多くの方に見ていただいたり、使っていただいたりするための著作権に関する調査を行うものです。
調査の結果は、今後の「みんなでつくる横濱写真アルバム」の運営に、反映させていきたいと考えています。
是非、ご協力お願いいたします。


「みんなで作る横濱写真アルバム」では、クリエイティブ・コモンズという、コンテンツに対して著作権を保持しながら、その利用について一定の自由を事前に許諾している事を、分かりやすく表示する著作権のルールを採用しています。

現在、実地検証事業として、「みんなでつくる横濱写真アルバム」に投稿された写真のうち、投稿者が2次使用を許可した写真を、旅行のクチコミサイト「フォートラベル」で紹介する事業を行っています。

▽「フォートレベル」連携ページ：レンズから見えるハマの歴史と街の息遣い
<a href="http://4travel.jp/domestic/area/kanto/kanagawa/article/">http://4travel.jp/domestic/area/kanto/kanagawa/article/</a>

上記サイトをご覧になった上で、アンケートへの回答をお願いいたします。



恐れ入りますが、集計などの関係上、締め切りを2月21日(日)とさせていただきます。
なお、今回のアンケートでは、個人情報は収集いたしません。



◆アンケートへの回答はこちらからお願いします。　締切：2/21(日)まで

◇ <a href="http://bit.ly/dydBSl">http://bit.ly/dydBSl</a>


上記でURlから接続できない場合は下記からお試しください。
<a href="https://spreadsheets.google.com/viewform?formkey=dEZFWFpoRVZReTNvcXF5VU1mbmtCX3c6MA">https://spreadsheets.google.com/viewform?formkey=dEZFWFpoRVZReTNvcXF5VU1mbmtCX3c6MA</a>


【参考】
▽ 総務省関東総合通信局の調査検討会について
「地域住民参加型デジタルアーカイブの推進に関する調査検討会の開催について≪地域の歴史・文化を伝承する新たな仕組みをめざして≫」
<a href="http://www.soumu.go.jp/soutsu/kanto/if/press/p21/p2110/p211020r.html">http://www.soumu.go.jp/soutsu/kanto/if/press/p21/p2110/p211020r.html</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_138.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_138.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 17 Feb 2010 11:16:54 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>2/18(木)　デジタル･アーカイブ　イベントのご案内</title>
  <description><![CDATA[
デジタルキャンプ！が主催する交流サロン「HAMA-CRE!」、第53回の内容が決まりました。
当写真アーカイブ協議会の和田さんも出演しますので、お時間がある方は是非お立ち寄りください。

テーマは「デジタル・アーカイブ」、映像・CG・地域密着型・ウェブサイト上で活用されるアーカイブの実例を、様々なジャンルの専門家がトークしていきます。

今回はクロスメディアの人々が集い情報共有、研究を行う「横浜メディア研究会」と共催で開催します。
【HAMA-CRE!サイト、日々更新中】お申し込みもこちらからどうぞ！
<a href="http://hama-cre.net/">http://hama-cre.net/</a>


◆開催日時
■DATE:2010.2/18(Thu)
■OPEN:19:00
■START:19:15

■PLACE:tvkヨコハマNEWSハーバー
アクセス...<a href="http://www.newsharbor.tv/access/index.html">http://www.newsharbor.tv/access/index.html</a>
JR線・横浜市営地下鉄線「関内」駅・みなとみらい線「馬車道」駅より徒歩5分
■ENTRANCE:お1人事前予約1,500円
当日2,000円（フリードリンク制）、フードは別料金
■定員：60名
予約登録はこちらまで↓
<a href="https://fs220.xbit.jp/k656/form2/">https://fs220.xbit.jp/k656/form2/</a>

■主催：株式会社Digital Camp!
■共催：ｔｖｋ横濱FutureCafe（横浜メディア研究会）

---------------------------------------------

■PROGRAM

★連続講座「SF映画への誘い 」今宵のテーマ：「アバター」3D

映画「タイタニック」が持つ世界歴代興行収入の記録を39日で塗り替えたジェームス・キャメロンの新作「AVATAR」をCG監督の目線から語ります。

プレゼンター：渡部健司（デジタルキャンプ！ ）


★アーカイブ×コミュニティ=地域の記憶

横浜開港150周年の関連事業として昨年スタートした「みんなでつくる横濱写真アルバム」と、山梨県のデジタルアーカイブの取り組み事例を紹介し「地域の記憶」をインターネットとリアルな場を連携して共有する仕組みについて考えます。

プレゼンター：

和田昌樹氏（横浜市民メディア連絡会、みんなでつくる横濱写真アルバム事務局）
<a href="http://www.yokohama-album.jp/">http://www.yokohama-album.jp/</a>

岡本真氏(ACADEMIC RESOUCE GUIDE )
<a href="http://www.ne.jp/asahi/coffee/house/ARG/">http://www.ne.jp/asahi/coffee/house/ARG/</a>

丸山高弘氏(特定非営利活動法人 地域資料デジタル化研究会)
<a href="http://www.digi-ken.org/">http://www.digi-ken.org/</a>

ほか


事例紹介
★アーカイブ×横浜×16ミリフィルム
映像上映：「ツェッペリン号の来た昭和2年の横浜」
横浜で創業128年を誇る大川印刷が、自社で所蔵している80年余り前の16ミリフィルムをハイビジョンで映像化。

1928年時に話題を呼んだドイツ製の飛行船「ツェッペリン号」が飛ぶ横浜上空の貴重な映像を上映します。

★アーカイブ×アルチザン＝アートミュージアム
ウェブサイト「JAPAN TRADITIONAL ARTS」

美しく高品質な日本伝統の工芸品や美術品を、鑑賞しながら購入もできるオンラインミュージアムの紹介をします。
高解像度の写真やビデオ、VRなどリッチメディアを活用し、国内外へ発信、ビジュアルと操作性の両立を目ざしたサイトの制作者が解説します。

プレゼンター：
北沢 至氏（オルカプロダクション）
JAPAN TRADITIONAL ARTS
<a href="http://www.japantraditionalarts.com/">http://www.japantraditionalarts.com/</a>

★アーカイブ×横浜×収集の先へ
プロジェクト「YOKOHAMA-ARC」

都市の歴史をデジタルアーカイブして視覚化するプロジェクト「YOKOHAMA-ARC」を、映像を交え解説します。価値ある資源の保管、保存だけではなく、
コンテンツとしてアウトプットした事例として、実際に映画のために制作した昭和40年代の横浜の街並み映像を観ながら紹介していきます。
プレゼンター：
渡部健司氏（デジタルキャンプ！）

また、「YOKOHAMA-ARC」ギャラリーに常設している開港当時の横浜の1/1500模型を展示します。
解説：村田啓輔氏（保土ヶ谷宿四〇〇倶楽部）

□ハマクリとは？
クリエイター・企業・大学・クリエイティブな事に関心のある人々が集まり、お酒などを楽しむ交流サロン。
デジタルコンテンツを中心に、毎回クリエイター、メーカーなどからプレゼンがあり、交流する時間として2004年から月1回開催。
デジタルコンテンツの企画制作オフィス・デジタルキャンプ!が主催している。
デジタルキャンプ!  <a href="http://www.digitalcamp.net/xoops_html/">http://www.digitalcamp.net/xoops_html/</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/218.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/218.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Tue, 16 Feb 2010 18:58:17 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>写真投稿再開しました</title>
  <description>
こんにちわ、ご無沙汰しておりました。
遂に写真投稿と新規ユーザー登録が再開しました。
季節もめぐり、切り裂くような寒さから少し暖かく、日中はぶらり散歩もいい季節になってきました。

昨年は夏の暑い日差しの中、写真をスキャンしたり、写真展を開催したりであれから既に半年近く。あっという間の月日でした。


せっかくの機会ですので、より多くの方々に利用していただけるよう、ご協力していただける方を広く募集しております。
お問い合わせ先までご連絡お願いいたします。

期間限定の再開ですが、今後ともよろしくお願いいたします。</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_134.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_134.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Tue, 26 Jan 2010 16:23:35 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>写真投稿の再開と総務省実地検証事業開始のお知らせ</title>
  <description><![CDATA[<br />
　「みんなでつくる横濱写真アルバム」をご利用頂き、ありがとうございます。<br /><br />

　「みんなでつくる横濱写真アルバム」は平成21年3月に設置された、横浜の歴史を記録した写真を共有するWEBサイトです。平成21年11月1日より「横浜写真アーカイブ協議会」を運営主体とし、新規の写真投稿は停止しておりましたが、平成22年1月26日より平成22年3月末日までの間、新規投稿を再開することになりましたので、お知らせいたします。<br /><br />

　また、総務省関東総合通信局の「地域住民参加型デジタルアーカイブの推進に関する調査検討会」の実地検証事業として、「みんなでつくる横濱写真アルバム」に投稿された写真のうち、投稿者が2次使用を許可した写真を、旅行のクチコミサイト「フォートラベル」で紹介する事業も開始となりました。<br /><br /><br />

<big>●「フォートラベル」と「みんなでつくる横濱写真アルバム」の連携について</big><br /><br />

　フォートラベル株式会社（東京都新宿区）が運営する旅行のクチコミサイト「フォートラベル」( <a href="http://4travel.jp/" target="_blank">http://4travel.jp/</a> )内に、「みんなでつくる横濱写真アルバム」の写真が掲載されることになりました。<br /><br />

▽ニュースリリース<br />
<a href="http://4travel.jp/aboutus/pressroom/press/20100121-2_press.html" target="_blank">http://4travel.jp/aboutus/pressroom/press/20100121-2_press.html</a><br /><br />

▽フォートラベル内特集サイト：「特集 レンズから見えるハマの歴史と息遣い」<br />
<a href="http://4travel.jp/domestic/area/kanto/kanagawa/article/" target="_blank">http://4travel.jp/domestic/area/kanto/kanagawa/article/</a><br />
<a href="http://4travel.jp/sp/yokohama-album/" target="_blank">http://4travel.jp/sp/yokohama-album/</a><br /><br />

※掲載されている写真は、投稿いただいた写真の中から、クリエイティブコモンズのライセンスに設置されたものです。<br /><br /><br />


<big>●写真を投稿していただいている皆様へ：「クリエイティブ・コモンズ設定」</big><br /><br />

　既にご投稿いただいた写真や、これから投稿する写真がご自身で撮影したものや撮影者が明確なもの、著作権等がクリアになっているものの場合、投稿写真をクリエイティブ・コモンズのライセンスに設定してみませんか？<br /><br />

　クリエイティブ・コモンズは、コンテンツに対して著作権を保持しながら一定の自由を事前に許諾している事を、分かりやすく表示する著作権のルールです。<br /><br />

　価値ある写真を多くの人に知って頂き、活用して頂くために、「みんなでつくる横濱写真アルバム」では、クリエイティブ・コモンズのライセンス設定ができるようになっています。<br /><br />

　既に投稿してある写真を、クリエイティブ・コモンズに設定変更したいという方のためにガイドマニュアルを作成しました。<br /><br />

▽ライセンス再設定の方法はこちら↓<br />
<a href="http://www.yokohama-album.jp/2010/01/26/edit_license.pdf" target="_blank">http://www.yokohama-album.jp/2010/01/26/edit_license.pdf</a><br /><br />

▽著作権についての詳しい説明はこちら↓<br />
<a href="http://www.yokohama-album.jp/rights.php" target="_blank">http://www.yokohama-album.jp/rights.php</a><br /><br />

▽写真投稿、ユーザー登録のマニュアルはこちら↓　<br />
<a href="http://www.yokohama-album.jp/090322_manual.pdf" target="_blank">http://www.yokohama-album.jp/090322_manual.pdf</a><br /><br />

　「みんなでつくる横濱写真アルバム」では、貴重な写真をアーカイブし、写真を提供いただいた方の権利は残しつつ、広く一般市民に活用していただける事業を目指しています。<br /><br />

　今後、写真を投影しながら様々なことを語り合うイベントやデジタルアーカイブを考える公開トークセッションなどを企画中しています。詳細が決まりましたらこのお知らせで告知いたします。<br /><br />

　今後とも「みんなでつくる横濱写真アルバム」をよろしくお願いいたします。<br /><br /><br />

※「みんなでつくる横濱写真アルバム」運営事務局では、本事業に協力してくださる団体・個人を募集しています。関心ある方には詳しい資料をお送りいたします。<br /><br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_133.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_133.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Tue, 26 Jan 2010 14:27:20 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜写真アーカイブ協議会への運営団体変更のご案内及び挨拶</title>
  <description>　平成21年11月1日より、本事業は「横浜写真アーカイブ実行委員会」より「横浜写真アーカイブ協議会」に運営を継承いたしました。

　横浜写真アーカイブ協議会は、皆様から投稿いただきました貴重な写真を、引き続き横浜の地域歴史デジタルアーカイブとして継承するべく、新たに設立された団体です。
　
　当面は、新規のユーザー登録ならびに画像投稿はできませんが、準備が整い次第、再開する予定です。また、これまでに投稿いただきました写真や、特集記事等は、引き続き閲覧することができます。

　今後とも、ご利用下さいますよう、お願い申し上げます。</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_129.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_129.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 04 Nov 2009 13:11:57 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>一番古い写真のご紹介(ご挨拶に代えて)～ヘボン博士</title>
  <description><![CDATA[　多分、これが、私がご紹介する最後になると思います。
　最後になるにあたって、何を書くか悩みましたが、これにしました。


　という事で・・・。


　皆様からご投稿頂きました画像で、かつ、撮影年が入力されている物の中は、
現時点ではこちらです。



<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/298"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/298/400/400/" >
ヘボン博士住居（文久２年）1862年</a> 


　1862年という事は、約150年ほど前の風景です。


　現在はこんな感じになっております。
<iframe width="425" height="240" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps/sv?cbp=12,31.04,,0,5.58&amp;cbll=35.442683,139.652206&amp;panoid=&amp;v=1&amp;hl=ja&amp;gl=jp"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;ie=UTF8&amp;ll=35.443418,139.652452&amp;spn=0,359.980087&amp;z=16&amp;layer=c&amp;cbll=35.442683,139.652206&amp;panoid=STjSSpYsLuc1WkNsgIOdcg&amp;cbp=12,31.04,,0,5.58&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small>

　ちょっと判りにくいですが・・・。

　なぜ、最後にこの写真を紹介したのかという事を申し上げますと、
実は、ヘボン博士関連の他の画像が、かのWikipediaで資料として取上げられていたのです。

(<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%9C%E3%83%B3">Wikipediaでのヘボン博士の記事はこちらからご確認下さい</a>。)

　その画像がこちら。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/301"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/301/400/400/" >
聖書辞典1892年</a> 



　いわゆる｢集合知｣の典型とも言われるWikipediaで、
｢集合知｣的な要素を持つ、横濱写真アルバムが資料として取上げられているのです。

　横濱写真アルバムは、資料的価値の可能性を持っているのです。

　Wikipediaですから、近い将来、他の執筆者によって改変されてしまい、
横濱写真アルバムが資料として取上げられている状態は長く続かないでしょう。
　ですが、履歴はずっと残ります。

　たった一例ですが、この一例は凄い事なのです。きっと。

　横浜写真アーカイブ実行委員会としての事業運営は、本日をもって終了してしまいますが、
｢横浜写真アーカイブ協議会｣という新たな組織が継承していきます。

それに伴いまして、本WEBサイトの運営事務局も変更となります。

　本WEBサイト運営事務局に関しましては、WEBサイト開設時から9月末までY150市民参加プラットホーム推進委員会にて担当させて頂いており、私共、横浜写真アーカイブ実行委員会事務局にて担当させて頂きましたのは、10月の1ヶ月間のみという短い期間でした。

　9月までとは異なる観点で本事業をご紹介するべく、そもそも皆様に呼んで頂けているのだろうかという不安と恐怖の中、事務局ブログ作成に努力させて頂きましたが、いかがでしたでしょうか。

　少しでも、本事業の魅力を皆様にお伝えできておりましたら、幸いです。


　今後とも、｢みんなでつくる横濱写真アルバム｣を宜しくお願い致します。]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_124.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_124.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Fri, 30 Oct 2009 15:48:17 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜写真アーカイブ実行委員会による運営終了のご案内及び御礼</title>
  <description>　先日、｢お知らせ｣にてご案内致しました通り、本日をもちまして横浜写真アーカイブ実行委員会による本事業運営を終了とさせて頂きます。

　平成21年3月の公開より約8ヶ月と短い期間ではありましたが、本WEBサイトをご利用頂き、また、多くの市民・企業の皆様より多くの画像をご投稿頂き、誠にありがとうございました。

　今後につきましては、新たな組織である｢横浜写真アーカイブ協議会｣に、本事業を継承頂く事となります。
　ご利用の皆様におかれましては、引続きご利用下さいます様、お願い申し上げます。</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_128.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_128.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Fri, 30 Oct 2009 14:49:04 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>一部特集記事の公開停止について</title>
  <description>　お楽しみ頂いております特集記事につきまして、
実施主体変更に伴って、画像等のデータ整理をさせて頂き、
一部画像を公開停止処理とさせて頂きました。

　その為、公開停止処理をさせて頂きました画像を使用した特集記事につきましても
併せて、公開停止処理を実施させて頂きます。

　何卒、ご了承賜りたく、宜しくお願い申し上げます。
</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_127.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_127.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Fri, 30 Oct 2009 11:02:22 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>横濱写真アルバムの楽しみ方のご紹介～某サービスと見比べてみる</title>
  <description><![CDATA[　全くもってたまたまなのですが、私がたまたま見ていた写真を、
隣に座っていらっしゃる方がご覧になられて、PCをさかさかと操作していました。



(私が見ていた写真はこちら)
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5580"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5580/400/400/" >
シルクセンター1963年3月25日</a> 



　何かと思って、PC覗き込むと、こんな画面が表示されていました！
　(表示されていた画像の埋め込みがご覧頂けない方は、<a href="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ie=UTF8&t=h&layer=c&cbll=35.447872,139.643873&panoid=JAzzTzWyZxS5B0uot5Nxpg&cbp=12,132.61,,0,-2.69&source=embed&ll=35.447089,139.645114&spn=0,359.994045&z=17">こちら</a>から)

<iframe width="425" height="240" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps/sv?cbp=12,132.61,,0,-2.69&amp;cbll=35.447872,139.643873&amp;panoid=&amp;v=1&amp;hl=ja&amp;gl=jp"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;ie=UTF8&amp;t=h&amp;layer=c&amp;cbll=35.447872,139.643873&amp;panoid=JAzzTzWyZxS5B0uot5Nxpg&amp;cbp=12,132.61,,0,-2.69&amp;ll=35.447089,139.645114&amp;spn=0,359.994045&amp;z=17&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small>


　投稿者様もご指摘の通り、走っている自動車は随分変わっていますが・・・。
　シルクセンタービル(写真奥のビル)、約45年経っているのに、ほとんど変わってない！！

　
　こんな楽しみ方もありますので、是非お試し下さい。]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_126.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_126.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Fri, 30 Oct 2009 10:11:48 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>空から横浜を見てみよう～航空写真のご紹介</title>
  <description><![CDATA[　今回は航空写真をご紹介致します。

　本システムでご覧頂くには小さいところまで見えにくいのですが、
是非、<a href="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ie=UTF8&t=k&ll=35.446547,139.634814&spn=0.01388,0.023818&z=15">某検索エンジンの地図等</a>で、現在の姿と見比べて見て下さい。

　新たなる発見があるかも知れませんよ？



　今回は、移行作業に関連して、ちょっと時間が無いので、
検索結果のリンクを貼るだけになります。

　本当は、場所毎、時代順にサムネイルを貼り付けしたかったのですが・・・。


　という事で、<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/search/k/%E8%88%AA%E7%A9%BA%E5%86%99%E7%9C%9F">こちらからご覧下さい。</a>




　因みに、横浜商工会議所に眠っていた航空写真達。
　多分、撮影された当初はどこを撮影したのかメモ程度はあったのかと思われますが、
この事業の為に引っ張り出したところ、どこがどこやら・・・。

　某検索エンジンの航空写真と見比べながら、
ここじゃないか？　いや、ここだ！　と意外に大変でした。

　ですので、間違っているかも知れませんが、お許し下さいませ。


　因みに、ぐーぐるの航空写真は、こんな感じです。
 <iframe width="425" height="350" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;ie=UTF8&amp;t=k&amp;ll=35.446547,139.634814&amp;spn=0.01388,0.023818&amp;z=15&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;ie=UTF8&amp;t=k&amp;ll=35.446547,139.634814&amp;spn=0.01388,0.023818&amp;z=15&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_125.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_125.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 29 Oct 2009 16:47:52 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜ベイブリッジを建設中から現在まで写真でご紹介</title>
  <description><![CDATA[　横浜ベイブリッジ開通は1989年。
　今年で20年になります。

　建設中のベイブリッジのお写真を複数の方からご投稿頂いておりましたので、
ご紹介致します。
　尚、一応、出来ていく順番で並べてみましたが、
　撮影日をご入力頂いていないものもありますので、写真の見た目で並べています。
　間違っていましても、お許し下さい。



2本の支柱が、途中しかできてない様にみえます。
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3616"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3616/200/200/" >
建設中のベイブリッジ(撮影時期不明)</a> 


支柱が伸びてH型に
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3615"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3615/200/200/" >
建設中のベイブリッジ(撮影時期不明)</a> 


陸側へ繋がっていきます。
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3623"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3623/200/200/" >
建設中のベイブリッジ(撮影時期不明)</a> 

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3624"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3624/200/200/" >
ベイブリッジができるまで(撮影時期不明)</a> 

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2418"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2418/200/200/" >
建設中の横浜ベイブリッジ1988年頃</a> 


いつの間にか、陸側とつながってました。真ん中を繋いでいます。
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5316"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5316/200/200/" >
建設中のベイブリッジ1988年12月頃</a> 

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3169"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3169/200/200/" >
建設中の横浜ベイブリッジ1988年12月20日</a> 


完成！！
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3339"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3339/200/200/" >
横浜ベイブリッジ開通式1989年9月27日</a> 


完成後、約五年後の姿です。
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2538"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2538/200/200/" >
横浜ベイブリッジ（1994年11月）1994年11月15日</a> 


完成後、約20年後の姿です。
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3674"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3674/200/200/" >
YOKOHAMA Refresh!! G29　大岡川桜祭り　打ち上げはナイトクルージング2009年4月4日
</a> 

　因みに、青森にも｢青森ベイブリッジ｣があるそうです。
　｢青森ベイブリッジ｣は、鶴見つばさ橋の様に、橋脚がAの形になっているそうです。
　青森にお出かけの際には、是非ご覧になって下さい。　]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_123.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_123.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Wed, 28 Oct 2009 17:08:00 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>山下公園の歴史を皆様からの写真で　1930年頃から2009年まで</title>
  <description><![CDATA[　皆様は山下公園に行かれた事はありますか？

　今の時期の公園は、晴れているととても気持ち良いですよ。

　今度のお休みには、是非お出かけ下さい。

　あ、お出かけになられる前に、こちらをご覧になられますと、
より楽しめる事、うけあいです。

　と言うことで、今回は山下公園をご紹介致します。



<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3028"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3028/200/200/" >
山下公園1930年頃</a> 

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2585"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2585/200/200/" >
係留中の氷川丸1936年</a> 

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/672"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/672/200/200/" >
山下公園　桟橋にて1936年</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/672"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/671/200/200/" >
山下公園　桟橋にて1936年1月6日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5517"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5517/200/200/" >
山下公園1950年頃</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3875"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3875/200/200/" >
山下公園 1955年頃</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2983"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2983/200/200/" >
山下公園通り1952年</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1578"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1578/200/200/" >
ニューグランドホテルの屋上から1953年頃</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1577"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1577/200/200/" >
ニューグランドホテルの屋上から1953年頃</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2842"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2842/200/200/" >
山下公園と思われる～パルファン1957年</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5579"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5579/200/200/" >
草原の中にそびえ立つマリンタワー1961年7月10日</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/786"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/786/200/200/" >
山下公園1983年7月10日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1901"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1901/200/200/" >
ワールドフェスタ・ヨコハマ2006年10月</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4689"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4689/200/200/" >
山下公園の赤い靴はいてた女の子像2009年頃</a>

　いかがですか？
　山下公園に行きたくなってきませんか？

　まだ、行く気にならない方や、他の写真をご覧になりたい方は、<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/search/k/%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E5%85%AC%E5%9C%92/1">こちらをご覧下さい。</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/19302009.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/19302009.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Wed, 28 Oct 2009 16:47:02 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>事業実施主体変更に関するシステムメンテナンスについて</title>
  <description>　先日｢お知らせ｣にてご案内申し上げました通り、
本事業の実施主体の変更に伴いまして、システムメンテナンスを行います。


　期間は以下の通りとなりますので、ご了承の程、お願い申し上げます。


システムメンテナンス期間
　平成21年10月30日(金)17：00　以降　から
　平成21年11月  4日(水)10：00　まで

　なお、｢横浜写真アーカイブ協議会｣による運営開始は、
平成21年11月4日(水)10：00からとなる予定です。

　今後とも｢みんなでつくる横濱写真アルバム｣を宜しくお願い申し上げます。</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_122.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_122.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 28 Oct 2009 10:41:15 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>事業実施主体変更に関する作業の為、一部画像の閲覧を停止しております。</title>
  <description>　先日｢お知らせ｣にてご案内申し上げました通り、本事業の実施主体に関しまして、
当実行委員会による運営を10月30日(金)にて終了し、
11月以降、｢横浜写真アーカイブ協議会｣が運営を継承する予定となっております。

　事業実施主体の変更に伴って、現在、各種データの整理等作業を実施致しております。
　その為、一部画像の閲覧を停止させて頂いておりますので、ご了承の程、お願い申し上げます。</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_121.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_121.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 28 Oct 2009 10:33:58 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>こっそり横浜商工会議所の宣伝～横浜開港150周年記念事業～</title>
  <description><![CDATA[　本事業の主催団体の一つである横浜商工会議所の
横浜開港150周年記念事業をご紹介します。

　横浜商工会議所では、独自の横浜開港150周年記念事業として、
3つの事業を実施致しました。

　一つが、横浜の埋もれた歴史を再発見する歴史事業として実施した、
本事業である｢みんなでつくる横濱写真アルバム｣。

　二つ目が、横浜のブランドを結集し紹介する｢横浜18物語｣。

　三つ目が、成長著しいアジアとの経済交流を目指して開催した
｢第23回アジア商工会議所連合会(CACCI)総会　横浜開催｣。


　どの様な事業であったかを画像でご紹介致します。



みんなでつくる横濱写真アルバム(｢象の鼻テラス｣にて開催した写真展の様子)
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5380"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5380/200/200/" ></a> <a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5314"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5314/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5312"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5312/200/200/" ></a> <a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5381"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5381/200/200/" ></a>


</br>


第23回アジア商工会議所連合会(CACCI)総会
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3234"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3234/200/200/" ></a> <a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3235"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3235/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3238"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3238/200/200/" ></a> <a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3239"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3239/200/200/" ></a>

</br>


横浜18物語　(第７８回横浜開港記念バザー会場の様子)
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2303"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2303/200/200/" ></a> <a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2321"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2321/200/200/" ></a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2311"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2311/200/200/" ></a> <a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2308"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2308/200/200/" ></a>



　いかがでしょうか？
　少しは、横浜商工会議所を身近に感じて頂けましたでしょうか？　]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/150_1.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/150_1.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Tue, 27 Oct 2009 17:39:27 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>開国博Y150のご紹介～その3～ヒルサイド</title>
  <description><![CDATA[　<a href="http://www.yokohama-album.jp/blog/y1501.php">｢その1～ラ・マシン｣</a>、<a href="http://www.yokohama-album.jp/blog/y1501.php">｢その2～たねまる｣</a>に引き続いて｢その3｣です。

　今回は、ヒルサイドをご紹介。

　ざっくりとヒルサイド。

　やっぱり、あえて、このイベントの主催団体である(財)横浜開港150周年協会さんからの
写真は載せてません。

　その為、ヒルサイド関連の画像がとても少なくなってしまいました。
　その為、｢ざっくりとヒルサイド｣です。

　もし、(財)横浜開港150周年協会さんの写真が見たい！　という方は、
こちらの<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/188">(財)横浜開港150周年協会さんのアルバム</a>からご覧下さい。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2393"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2393/200/200/" >
竹の海原2009年5月15日頃</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2587"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2587/200/200/" >
No.175 Ｙ１５０（協賛企業一覧）（その１４）2009年7月2日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2588"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2588/200/200/" >
No.176 Ｙ１５０（風の広場）（その１５）2009年7月2日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2589"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2589/200/200/" >
No.177 Ｙ１５０（いこい広場）（その１６）2009年7月2日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2590"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2590/200/200/" >
No.178 Ｙ１５０（いこい広場）（その１７）2009年7月2日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2591"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2591/200/200/" >
No.179 Ｙ１５０（竹の海原）（その１８）2009年7月2日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2592"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2592/200/200/" >
No.180 Ｙ１５０（竹の海原）（その１９）2009年7月2日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2829"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2829/200/200/" >
No.181 Ｙ１５０（棚田・だんだん畑）（その２０）2009年7月2日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5720"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5720/200/200/" >
ヒルサイド棚田　秋の風景2009年9月13日</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5721"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5721/200/200/" >
ヒルサイド棚田　稲刈り完了2009年9月13日</a>


　主催団体の画像はここでは紹介しないつもりでしたが、
一枚だけ、お許し下さい。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4612"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4612/200/200/" >
開国博Y150 ヒルサイドつながりの森「竹の海原」2009年7月21日</a>

　だって、キレイじゃないですか！
　夜はこんな感じだったんですね！
　日の出ている時間しか行った事がなかったので、
もう少し見てから帰れば良かったと後悔しきりです。]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/y1502_1.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Tue, 27 Oct 2009 15:53:21 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>開国博Y150のご紹介～その2～たねまる</title>
  <description><![CDATA[　<a href="http://www.yokohama-album.jp/blog/y1501.php">｢その1｣</a>に引き続いて｢その2｣です。怒涛の連投です。

　忘れないうちに、｢その2｣を作ってみました。

　気づいたときにやらないと、やらないままになってしまうのです。
　飽きっぽいもので・・・。

　さて、今回は、みんなのアイドル｢たねまる｣です。

　やっぱり、あえて、このイベントの主催団体である(財)横浜開港150周年協会さんからの
写真は載せてません。

　もし、(財)横浜開港150周年協会さんの写真が見たい！　という方は、
こちらの<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/188">(財)横浜開港150周年協会さんのアルバム</a>からご覧下さい。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/417"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/417/200/200/" >
たねまる＠くじらのおなか2009年4月16日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/528"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/528/200/200/" >
たねまるとインターコンチ2009年4月28日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/527"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/527/200/200/" >
Y150開幕式2009年4月28日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2391"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2391/200/200/" >
たねまる傘2009年5月1日頃</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3345"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3345/200/200/" >
18区紹介デー2009年5月9日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1051"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1051/200/200/" >
たねまる@インターコンチネンタルホテル2009年5月26日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1969"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1969/200/200/" >
開港150年 式典開始直後のたねまる2009年6月2日頃</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3355"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3355/200/200/" >
象の鼻オープニング2009年6月2日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5922"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5922/200/200/" >
No.196 横浜金沢まつり花火大会（たねまるくん花火）（その７）2009年8月22日</a>

　｢たねまる｣豆知識です。
　この前、ある人から教えて頂きましたが、｢たねまる｣には口があります。
　ぬいぐるみをお持ちの方がいらっしゃったら、探してみて下さい。
　良く判らない！！　というかたは、<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4615">こちらの画像</a>をご覧下さい。
　よーくみると・・・。
　ね？

　あ、あと、｢たねまる｣傘には一度お世話になりました。
　感謝を込めて、画像で紹介です。
　その節は、ありがとうございました。　]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/y1502.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 26 Oct 2009 17:38:42 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>開国博Y150のご紹介～その1～ラ・マシン</title>
  <description><![CDATA[　横浜開港150周年記念テーマイベント｢開国・開港Y150｣が
平成21年9月27日をもって閉幕してから、一ヶ月が過ぎました。

　皆様はご覧になられましたでしょうか？

　忙しくて行けなかったよ～！　という方や、
　行ったよ～！　でも写真撮り損ねたよ～！　という方の為に
皆様からご投稿頂きました写真で、ご紹介致します。

　第一弾は、｢ラ・マシン｣です。

　黄色い蜘蛛です。

　ちなみに、あえて、このイベントの主催団体である(財)横浜開港150周年協会さんからの
写真は載せてません。

　もし、(財)横浜開港150周年協会さんの写真が見たい！　という方は、
こちらの<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/188">(財)横浜開港150周年協会さんのアルバム</a>からご覧下さい。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/404"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/404/200/200/" >
ラ・マシン2009年4月18日
</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/403"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/403/200/200/" >
ラ・マシン2009年4月18日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/530"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/530/200/200/" >
ラ・マシン　内覧会にて2009年4月27日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2395"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2395/200/200/" >
ENEOS　ラ・マシン2009年5月9日頃</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2628"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2628/200/200/" >
ラ・マシンの「巨大クモ」ーちょっとそこまで2009年7月12日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2629"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2629/200/200/" >
ラ・マシンの「巨大クモ」ーまるでサイボーグ2009年7月12日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2630"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2630/200/200/" >
ラ・マシンの「巨大クモ」ー見上げると...2009年7月12日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2631"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2631/200/200/" >
ラ・マシンの「巨大クモ」ー周遊開始？2009年7月12日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2632"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2632/200/200/" >
ラ・マシンの「巨大クモ」ー休息中2009年7月12日</a>


　え？
　私ですか？
　行きましたよ～！

　私は、全然気づかなかったのですが、
何だか、いろんな方に目撃されていたらしく、
後日、にやにやされてしまいましたよ～・・・。とほほ・・・。

　尚、｢その2｣ができるかは、私の頑張りにかかっている訳ですが、
事務局が変更となる30日まで、もう幾日もないので、
期待しないで待っていて下さい。]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/y1501.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 26 Oct 2009 15:25:28 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>商店街でお買い物～横浜の商店街をご紹介</title>
  <description><![CDATA[　町の賑わいと言えば、商店街。

　皆様の町にも、商店街があるはずです。

　今回は、横浜の各地の商店街をご投稿頂いた画像でご紹介。

　皆様の地元の商店街はありますか？

　　
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4821"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4821/200/200/" >
上大岡商店街の歴史１(撮影時期不明)</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2270"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2270/200/200/" >
60年代の元町商店街</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2202"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2202/200/200/" >
弘明寺商店街アーケード</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/885"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/885/200/200/" >
元町ショッピングストリート1957年4月18日</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/542"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/542/200/200/" >
吉田町名店街1965年頃</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2756"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2756/200/200/" >
都筑が丘商店街付近1968年8月</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4798"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4798/200/200/" >
大久保地域の歴史２−３1971年</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/493"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/493/200/200/" >
'78年の伊勢佐木町1978年4月2日</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/500"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/500/200/200/" >
'83年　横浜橋1983年1月4日</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5463"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5463/200/200/" >
仲町台　商店街2008年1月25日</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5470"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5470/200/200/" >
十日市場駅前モール2008年6月10日</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5467"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5467/200/200/" >
小机駅前商店街2008年6月10日</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2172"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2172/200/200/" >
エコロジー伊勢佐木2008年12月7日</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3513"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3513/200/200/" >
都橋商店街2009年1月30日</a>


他の画像は、<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/search/k/%E5%95%86%E5%BA%97%E8%A1%97/1">こちらからどうぞ。</a>


　いかがでしたでしょうか？
　皆様の地元商店街の画像はありましたか？

　無い！　という方は、是非、ご投稿を！！
　投稿受付期間は残り1週間です。]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_112.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_112.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Fri, 23 Oct 2009 16:59:17 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>投稿受付期間は30日までです</title>
  <description>　10月も終わりに近づいて参りました。

　投稿機能が、10月30日をもって停止となります。

　まだ、投稿し損なっている画像はありませんか？

　</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/30_2.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/30_2.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Fri, 23 Oct 2009 15:44:51 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>家族写真を見てみよう！</title>
  <description><![CDATA[　皆様のお宅にもきっとあるはず、家族写真。
　あるはあっても、普段見ないよ、家族写真。

　是非これを機会に仕舞い込んでしまったアルバムを引っ張り出してみて下さい。
　きっと、｢あの頃の記憶｣がよみがえってくるはずです。



　という事で、ご投稿頂いた家族写真を紹介致します。

　なお、今回は数が多いので、タイトルと撮影年は省略します。


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/520"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/520/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/170"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/170/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1811"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1811/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/222"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/222/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5912"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5912/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/287"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/287/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/930"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/930/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5781"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5781/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3115"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3115/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/931"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/931/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5917"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5917/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1689"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1689/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5976"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5976/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1745"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1745/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5966"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5966/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5972"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5972/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1122"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1122/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5962"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5962/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5973"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5973/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5961"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5961/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5959"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5959/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5964"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5964/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5748"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5748/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1811"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1811/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5752"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5752/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5967"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5967/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/33"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/33/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5811"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5811/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5763"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5763/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5968"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5968/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5970"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5970/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5776"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5776/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5971"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5971/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1739"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1739/200/200/" ></a><a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5761"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5761/200/200/" ></a>
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5741"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5741/200/200/" ></a>




　ちょっと今回は欲張りすぎて、ごちゃごちゃしてしまいました。
　反省です。

　さて、皆様、ご自分のアルバムは引っ張り出して頂けましたでしょうか？

　引っ張り出したついでに、是非ご投稿下さい！

　ご投稿頂けると、喜びます。
　
　誰が？
　
　私が。

　いえいえ、私が喜ぶだけではなく、
横浜写真アルバムをご活用頂ければ、今は離れているご家族の方に見て頂く事もできます。

　遠く離れたご家族の方に、｢あの頃の記憶｣を届けてみて下さい。

　きっと喜んで頂けるはずです。

　そんな活用法もある、横浜真写真アルバムです。

　投稿受付期間も、残りわずかになってまいりました。
　悩む間に一枚二枚・・・。是非とも！
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_119.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Wed, 21 Oct 2009 20:47:14 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>【期間限定】横浜の映画館～秋の夜長に映画を観よう</title>
  <description><![CDATA[　皆様は、横浜の映画館と言うと、どこを思い浮かべますか？

　皆様にご投稿頂いた横浜の映画館をご紹介致します。

　映画館の写真は、思ったより少なかったのですが、
どうしても、今、紹介しないとならない理由があるのです。

　期間限定なのです。
　
　是非ご覧下さい。



<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3869"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3869/200/200/" >
馬車道東宝会館(撮影時期不明)　</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/338"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/338/200/200/" >
相鉄ムービル(撮影時期不明)</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/337"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/337/200/200/" >
相鉄ムービル(撮影時期不明)</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/336"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/336/200/200/" >
相鉄ムービル(撮影時期不明)</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/335"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/335/200/200/" >
相鉄ムービル(撮影時期不明)</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4836"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4836/200/200/" >
イセザキ今昔−2丁目の松竹直営映画館『電氣館』1939年頃</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1607"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1607/200/200/" >
P.X. 映画館 等～米軍専用～1953年頃</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/785"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/785/200/200/" >
伊勢佐木町オデオン1980年1月</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/501"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/501/200/200/" >
'83年 横浜橋・名画座1983年1月4日</a>

]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_118.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Tue, 20 Oct 2009 15:04:22 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>駅～その２～上大岡駅 </title>
  <description><![CDATA[　前回は横浜駅の写真を紹介致しましたが、
今回は、上大岡駅を紹介致します。

　なぜ今回が上大岡駅なのか？

　それは、「上大岡駅」に関する写真を、
郷土史研究団体様と京浜急行電鉄(株)様からご投稿頂いており、
「市民・企業の皆様による地域の歴史アーカイブ」の一例として、
本事業をご紹介するのに良い題材と考えたからです。

　ですので、作成者が上大岡に親しみがあるからとか、
横浜駅も上大岡駅も、作成者が以前良く使用していた駅だとか、
そういう事ではございませんですよ。多分。

　前置きが長くなりましたが、
皆様よりご投稿頂きました「上大岡駅」をご紹介致します。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4777"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4777/200/200/" >
上大岡駅の歴史１　1930年</a>
投稿者：港南歴史協議会さん

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4780"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4780/200/200/" >
上大岡駅の歴史４　1951年</a>
投稿者：港南歴史協議会さん 


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4779"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4779/200/200/" >
上大岡駅の歴史３　1951年</a>
投稿者：港南歴史協議会さん 


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2509"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2509/200/200/" >
上大岡駅　1951年10月</a>
投稿者：京急電鉄さん


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2508"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2508/200/200/" >
上大岡駅　1958年頃</a>
投稿者：京急電鉄さん

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2510"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2510/200/200/" >
上大岡駅　1963年4月</a>
投稿者：京急電鉄さん

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2513"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2513/200/200/" >
駅ビルになった上大岡駅　1963年4月12日</a>
投稿者：京急電鉄さん

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4815"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4815/200/200/" >
上大岡駅前通りの歴史２-1　1970年</a>
投稿者：港南歴史協議会さん 


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4787"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4787/200/200/" >
上大岡駅の歴史11　1970年</a>
投稿者：港南歴史協議会さん 

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4784"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4784/200/200/" >
上大岡駅の歴史８　1970年</a>
投稿者：港南歴史協議会さん 


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2515"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2515/200/200/" >
上大岡駅全景　1974年頃</a>
投稿者：京急電鉄さん

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2512"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2512/200/200/" >
上大岡駅　1974年5月 </a>
投稿者：京急電鉄さん


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2514"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2514/200/200/" >
上大岡駅　1978年7月 </a>
投稿者：京急電鉄さん

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2516"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2516/200/200/" >
上大岡駅　1998年頃</a>
投稿者：京急電鉄さん


　この他にも、ご投稿頂いている写真がございますので、
是非検索してみて下さい。

　検索が面倒な方は、<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/search/k/%E4%B8%8A%E5%A4%A7%E5%B2%A1%E9%A7%85/1">こちらからどうぞ。</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_117.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 19 Oct 2009 14:30:15 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>【重要】事業実施主体変更のお知らせ及びご同意確認について</title>
  <description><![CDATA[<big><strong><u> ユ ー ザ ー の 皆 様 </u>　</strong></big>

<div style="text-align: right;"><strong>横浜写真アーカイブ実行委員会 事務局</strong>
</div>

<br>
<div style="text-align: center;"><big><strong>｢みんなでつくる横濱写真アルバム～市民が記録した150年～」<br>
事業実施主体変更のお知らせとご同意確認について</strong></big></div>


　平素より格別のお引き立てを賜り、心より厚く御礼申し上げます。

　2009年3月より運営してまいりました｢みんなでつくる横濱写真アルバム～市民が記録した150年～｣(以下｢本事業｣)につきまして、2009年10月30日(金)をもちまして、当実行委員会による事業運営を終了すると共に、実施主体を横浜写真アーカイブ協議会へ 変更させて頂く事となりました。

　それに伴いまして、2009年10月30日(金)を以って一部サービスを廃止とさせて頂きますと共に、ユーザー様の登録時にご入力頂きました情報(以下｢個人情報｣)及び、ユーザー様がご投稿された画像等のデータ(以下｢投稿画像等｣)、その他本サービスに関する一切の権利を新実施主体である横浜写真アーカイブ協議会へ譲渡致します。

　なお、実施主体の変更に伴う作業の為、システムメンテナンスを実施させて頂きます。
　システムメンテナンス期間及び新実施主体によるサービス開始日につきましては改めてご案内申し上げます。
　また、新実施主体による運営開始後も本サービスのURLに変更ございません。

　現在サービスをご利用中の皆様にはご迷惑をおかけ致します事をお詫び申し上げると共に、ご理解を賜りますようお願い申し上げます。


<big><strong>【廃止となるサービス】</strong></big>
　新規投稿画像等受付


<big><strong>【実施主体変更に伴うご同意確認とお手続き】</strong></big>
　本状発信後、ご登録頂いておりますユーザーの皆様にはご登録時入力頂きましたメールアドレス宛、改めて事業実施主体変更のご案内を送付申し上げます(＊)。

　メール本文をご確認頂き、下記お手続きをお願い申し上げます。

　メールをお届けできないユーザー様につきましては、ご登録時入力頂きましたご住所宛にご案内を送付申し上げるなどさせて頂きますが、<u>10月28日(水)までにご連絡がつかないユーザー様につきましては、当実行委員会による事業運営終了時に、利用規約に基づきユーザー様の個人情報及びユーザー様のご投稿頂きました投稿画像等に対して削除措置を実施させて頂くと共に、個人情報保護の観点からユーザー登録を削除させて頂きます</u>ので、予めご了承賜りたくお願い申し上げます。

＊9月30日まで実施致しておりました、投稿代行サービスをご利用のユーザー様で、メールアドレスをお持ちでないユーザー様には、郵送にてご案内を送付申し上げます。

<strong>1：実施主体変更及び新実施主体への譲渡をご同意頂ける場合</strong>

　実施主体変更及びご自身が入力したユーザー様の全ての個人情報及び投稿画像等の譲渡、新実施主体の定める利用規約・プライバシーポリシーに<u>ご同意頂ける場合は、ユーザー様によるお手続きは一切必要ありません。</u>下記の退会・削除手続きをとられない限り、ユーザー様の個人情報及び投稿画像等は自動的に新実施主体へ譲渡致します。


<strong>2：実施主体変更及び新実施主体への譲渡をご同意頂けない場合</strong>

ア)　全ての個人情報及び投稿画像等の譲渡にご同意頂けない場合
　実施主体変更及びご自身が入力したユーザー様の全ての個人情報及び投稿画像等の譲渡、新実施主体の定める利用規約・プライバシーポリシーに<u>ご同意頂けない場合</u>は、<u>2009年10月28日(水)までに</u>下記手順にて、<u>ご自身の投稿画像等の削除を行って頂くと共に、退会手続きを行って頂きますよう</u>、お願い申し上げます。

イ)　一部の投稿画像等の譲渡にご同意頂けない場合　(投稿画像等の一部のみの譲渡にご同意頂ける場合)
　実施主体変更及び新実施主体の定める利用規約・プライバシーポリシーにご同意頂けるものの、ご自身が入力したユーザー様の全ての個人情報及び投稿画像等の譲渡について、一部の投稿画像等の譲渡にご同意頂けない場合は、<u>2009年10月28日(水)までに</u>下記手順にて、<u>譲渡をご同意頂けないご自身の投稿画像等の削除を行って頂きますよう、お願い申し上げます。</u>

ウ)　個人情報の譲渡にご同意頂けない場合
　ご自身が入力したユーザー様の全ての個人情報を新実施主体に譲渡する事について、ユーザー様がご同意頂けない場合は、データベース上、個人情報と共に投稿画像等の管理をさせて頂いております関係で、<u>2009年10月28日(水)までに</u>下記手順にて、<u>ご自身の投稿画像等の削除を行って頂くと共に、退会手続きを行って頂きますよう、お願い申し上げます。</u>
　<u>(ユーザー様が、ご自身が入力した個人情報の譲渡についてご同意頂けない場合は、投稿画像等の譲渡は致しかねますので、ご了承下さい。)</u>


<big><strong>【投稿画像等の削除手順】(＊)</strong></big>
１：ご登録頂いたメールアドレス、パスワードを使用してログインして下さい。
２：トップページ上に表示されております｢自分のアルバム｣をクリックして下さい。
３：削除したい画像を選んで、画像をクリックして下さい。
４：個別の画像等が表示される画面で、再度画像を確認頂き、｢削除｣をクリックして下さい。
５：確認画面が出ますので、「はい」を選択して下さい。
６：｢ページが見つかりません｣と表示されます。
以上で完了です。

　他の画像を削除される場合は、画面左上の｢みんなでつくる横濱写真アルバム｣をクリックして頂き、上記手順２から６までを繰り返して下さい。

＊　9月30日まで実施致しておりました、投稿代行サービスをご利用のユーザー様で、メールアドレスをお持ちでないユーザー様には、郵送にてお手続きの方法を送付申し上げます。

<big><strong>
【本サービスからの退会手順】(＊)</strong></big>
１：ご登録頂いたメールアドレス、パスワードを使用してログインして下さい。
２：トップページ上に表示されております｢自分のアルバム｣をクリックして下さい。
３：画面右側の｢設定変更｣をクリックして下さい。
４：画面下の｢退会｣をクリックして下さい。
５：確認画面が出ますので、「はい」を選択して下さい。
以上で完了です。

＊　9月30日まで実施致しておりました、投稿代行サービスをご利用のユーザー様で、メールアドレスをお持ちでないユーザー様には、郵送にてお手続きの方法を送付申し上げます。
＊　投稿された画像がある場合は、退会の手続きの前に、必ず前述の<strong>【投稿画像等の削除手順】</strong>を行って下さい。

<big><strong>【本件に関するお問合せ】</strong></big>
横浜写真アーカイブ実行委員会事務局　(横浜商工会議所内)</strong>
電話番号		：045-671-7431
受付時間		：9:00～17:00　(土・日・祝日は除く)
(2009年10月30日(金)17:00まで受付)

<big><strong>【新実施主体に関するお問合せ】</strong></big><strong>
横浜写真アーカイブ協議会　事務局　(ポートサイドステーション内)</strong>
電話番号		：045-520-2855
受付時間		：10:00～17:00　(土・日・祝日は除く)
(本状発信日より受付)

<a href="http://www.yokohama-album.jp/contact">E-mailによるお問合せはこちらから</a>
<br>
<br>
<big><strong>【各種文書ダウンロード】</strong></big><strong>


<span class="mt-enclosure mt-enclosure-file" style="display: inline;"><a href="http://www.yokohama-album.jp/album_news091016.pdf">本｢お知らせ｣全文(PDF)
</a></span>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-file" style="display: inline;"><a href="http://www.yokohama-album.jp/kyougikai.pdf">新実施主体(横浜写真アーカイブ協議会)の概要(PDF)</a></span>



<span class="mt-enclosure mt-enclosure-file" style="display: inline;"><a href="http://www.yokohama-album.jp/yalbum_usersrule091016.pdf">新実施主体(横浜写真アーカイブ協議会)制定の利用規約(PDF)</a></span>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-file" style="display: inline;"><a href="http://www.yokohama-album.jp/yalbum_privacypolicy091016.pdf">新実施主体(横浜写真アーカイブ協議会)制定のプライバシーポリシー(PDF)</a></span>


<br>


＊　現在の利用規約とプライバシーポリシーはこちらからご確認下さい。
　　<a href="http://www.yokohama-album.jp/terms.php">利用規約</a>
　　<a href="http://www.yokohama-album.jp/user/privacy">プライバシーポリシー</a>

<br>
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_115.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_115.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Fri, 16 Oct 2009 19:39:29 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜松坂屋</title>
  <description><![CDATA[　2008年10月26日に閉店となった、横浜松坂屋。

　新聞報道によりますと、建物の保存を断念したとの事です。

　寂しい限りです。

　｢横濱写真アルバム｣に投稿された、横浜松坂屋の姿をご紹介致します。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4893"><img src="http://www.yokohama-album.jp/image/view/4893/200/200/" >
イセザキ今昔−辨天通り時代の野沢屋呉服店(明治30年頃)1897年頃
</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4838"><img src="http://www.yokohama-album.jp/image/view/4838/200/200/" >
イセザキ今昔−「野澤屋」1929年頃
</a>


<a href="
http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4839"><img src="http://www.yokohama-album.jp/image/view/4839/200/200/" >
イセザキ今昔−昭和初期の伊勢佐木町1930年頃
</a>



<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4840">
<img src="http://www.yokohama-album.jp/image/view/4840/200/200/" >
イセザキ今昔−「野澤屋」増築工事落成1937年
</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2989">
<img src="http://www.yokohama-album.jp/image/view/2989/200/200">
松坂屋1979年</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5015">
<img src="http://www.yokohama-album.jp/image/view/5015/200/200">
イセザキ今昔−横浜松坂屋2005年3月8日</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2969">
<img src="http://www.yokohama-album.jp/image/view/2969/200/200">
松坂屋最後の日2008年10月26日</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2973">
<img src="http://www.yokohama-album.jp/image/view/2973/200/200">
松坂屋最後の瞬間2008年10月26日</a>


　是非他の画像もご覧下さい。

　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/search/k/%E6%9D%BE%E5%9D%82%E5%B1%8B">こちらからどうぞ。</a>
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_116.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_116.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 15 Oct 2009 19:05:47 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>50年前の写真</title>
  <description><![CDATA[ふと、50年前の横浜が気になりましたので、
集めてみました。

100年前の画像が少ないから、
50年前の画像にしたわけじゃありませんよ～。

本当ですってば・・・。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2369"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view//2369/200/200/" />囲碁特別戦（田中家）</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2481"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view//2481/200/200/" />倉庫出庫風景(横浜共立倉庫)</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/886"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view//886/200/200/" />元町ショッピングストリート</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/474"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view//474/200/200/" />横浜港大桟橋</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/457"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view//457/200/200/" />横浜港</a>


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4805"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view//4805/200/200/" />上大岡京急分譲地の歴史１</a>


他にもまだまだございます。
ご興味をお持ち頂けた方は、<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/search/d/1959-1959">こちらをクリック</a>してみて下さい。

]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/50.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/50.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Wed, 14 Oct 2009 16:43:31 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>体育の日</title>
  <description><![CDATA[体育の日といえば、運動会とオリンピック。


という事で、是非検索してみて下さい。

検索がめんどくさいよ～という方は、下をクリックして下さい。


<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/search/k/%E9%81%8B%E5%8B%95%E4%BC%9A">運動会</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/search/k/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF">オリンピック</a>


東京オリンピックの聖火ランナーは横浜を走ったのですね。
煙がすごいです。
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_113.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Fri, 09 Oct 2009 17:06:08 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>駅～その１～横浜駅</title>
  <description><![CDATA[横浜駅の写真を抽出してみました。

時代と共に変化する横浜駅をご覧下さい。

1945年頃　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2396"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2396/200/200/" >昭和20年代の横浜駅</a>

1955年　　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1155"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1155/200/200/" >京急横浜駅のプラットホーム</a>

1955年頃　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/193"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/193/200/200/" >昭和30年代の横浜駅東口</a>

1960年頃　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2370"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2370/200/200/" >60年代の横浜駅東口</a>

1969年　　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/198"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/198/200/200/" >横浜駅西口（昭和44年）</a>

1971年　　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/199"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/199/200/200/" >横浜駅西口（昭和46年）</a>

1972年頃　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2397"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2397/200/200/" >横浜駅東口　（昭和47年頃）</a>

1974年頃　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2382"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2382/200/200/" >島式ホームに改良工事中の京急線横浜駅</a>

1975年　　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/774"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/774/200/200/" >横浜駅東口</a>

1976年　　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2404"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2404/200/200/" >京急線横浜駅地下コンコース</a>
　　　　　　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2403"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2403/200/200/" >京急線横浜駅券売機付近（昭和５１）</a>

1977年　　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2399"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2399/200/200/" >横浜駅（東口）</a>
　　　　　　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2398"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2398/200/200/" >横浜駅</a>

1978年　　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2402"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2402/200/200/" >横浜駅全景（昭和53年）</a>

2004年　　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5545"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5545/200/200/" >相鉄JOINUS</a>



流石は横浜駅です。
それぞれの年代に跨って、皆様からご投稿頂いておりました。
1980年代から2000年代の横浜駅の写真が少ないのが不思議ですが・・・。
どなたかお写真をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非ご投稿下さい。]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_111.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_111.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Tue, 06 Oct 2009 15:12:06 +0900</pubDate>
  <keywords>横浜駅</keywords>
</item>

<item>
  <title>サイト運営事務局が変更となりました</title>
  <description><![CDATA[　<a href="http://www.yokohama-album.jp/news/post_101.php">先日ご案内申し上げました通り</a>、本日より本サイトの運営事務局が変更となりました。

　10月までの横浜写真アーカイブ実行委員会によるサービス延長期間中につきましては、私ども<u>横浜写真アーカイブ実行委員会事務局にて運営事務局を担当</u>させて頂きます。

　尚、システム機能としては、9月30日をもって<u>新規のユーザー登録機能を停止</u>させて頂きましたが、既にご登録頂いたユーザーの皆様は、<u>10月中も画像を投稿頂けます</u>ので、引き続き本サービスをご利用頂けましたらと存じます。

　1ヶ月という短い間ですが、お付き合い頂けますよう、宜しくお願い申し上げます。

]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_110.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_110.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 01 Oct 2009 10:06:26 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>システムメンテナンスが終了致しました</title>
  <description><![CDATA[　先日ご案内申し上げました事業延長に伴うサービスの一部停止に伴うシステムメンテナンスが終了致しましたので、ご案内申し上げます。

　本サービスにつきましては、本日以降、<a href="http://www.yokohama-album.jp/news/post_101.php">ご案内致しました通り</a>以下の通り変更となりますので、ご了承の程、お願い申し上げます。

　【停止となるサービス】
・ 新規ユーザー登録　　
・ デジタル化サポート
・ 投稿サポート
・ 投稿代行サービス


【変更となる事項】
横浜写真アーカイブ実行委員会による事業運営期間
変更後 ：平成21年3月2日から平成21年10月末まで

【運営形態】
変更後 
実施・運営主体：横浜写真アーカイブ実行委員会
協力：横浜市民メディア連絡会
運営事務局：横浜写真アーカイブ実行委員会事務局　　(横浜商工会議所　内)
TEL: 045-671-7431　　FAX: 045-671-7410 
E-MAIL: info@yokohama-album.jp


【本件に関するお問合せ先】
横浜写真アーカイブ実行委員会事務局　　(横浜商工会議所内)
TEL：045-671-7431　　
FAX: 045-671-7410 
E-MAIL: <a href="http://www.yokohama-album.jp/contact/">info@yokohama-album.jp</a>
受付時間：9:00～17:00　(土・日・祝日は除く)


]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_109.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_109.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Thu, 01 Oct 2009 09:50:00 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>意見交換会を終了しました</title>
  <description><![CDATA[9/29、ZAIM１F交流サロン（横浜市中区日本大通34）で
18時より、意見交換会「みんなでつくった横濱写真アルバムから
見えてきたものと、今後について」を開催いたしました。
（写真などは追って）

協力団体で、投稿サポート等々で大変ご尽力いただいた
市民メディア連絡会の島津千登世さんよりご挨拶を、
運営事務局よりウェブサイトの事業報告、
実行委員会事務局より10月のサイト運営についてお知らせをしました。

ユーザー代表として、運営事務局にお立ち寄り下さり、ヒルサイド会場でも
豊富な知識をご披露くださった生駒様、こうなんフォーラムでお世話になった茅野様、
シンポジウムでお話いただいた貞昌院の亀野様にも来て頂き、
お茶とお菓子（投稿サポートをさせて頂いた方からの差し入れでした！）を
つまみながらのアーカイブトークが広がりました。

今後は写真だけでなく映像、資料が重要になってくること、
「若い者が努力する」ことが必要、という話に至りました。

お集まり頂いた皆様、どうもありがとうございました。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_106.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_106.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 30 Sep 2009 11:08:50 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>特集記事がアップされました</title>
  <description><![CDATA[新しい特集記事に<a href="http://www.yokohama-album.jp/special/post_104.php">横浜は「小さなアメリカ」だった</a>、
<a href="http://www.yokohama-album.jp/special/1_3.php">べーリック・ホールの歩み　第1章</a>　、<a href="http://www.yokohama-album.jp/special/2_4.php">べーリック・ホールの歩み　第2章</a>があがっています。
ヨコハマの底知れない歴史、館を守り続けるご苦労に脱帽の読み物に仕上がっています。
まるで、機内誌でほかの都市のことを読んでいるかのように、知らなかったことばかりです。
ぜひご一読ください。



<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_105.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_105.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 30 Sep 2009 11:00:12 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>【重要】システムメンテナンスのお知らせ</title>
  <description><![CDATA[
システム改修に関わるメンテナンスにつき、
以下の期間はサイトにつながりにくい場合がございます。
ご理解ご協力のほど、お願い申し上げます。

■日時：9月30日（水） 17:00 ～ 10月1日（木） 08:00


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_103.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_103.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Tue, 29 Sep 2009 12:09:09 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜は「小さなアメリカ」だった</title>
  <description><![CDATA[<big>「フェンスの向こう側」</big>
<br /><br />
進駐軍の接収<br />
1945年8月30日に横浜入りした連合国軍最高司令官ダグラス･マッカーサー元帥によって米軍による占領が開始され、横浜地区占領軍受入設営委員会は、まず横浜海運局（後の横浜税関）を占領軍司令部に、ホテル･ニューグランドを占領軍首脳の宿舎にあてました。<br />
東京に移った占領軍司令部の占領から第8軍司令部の駐留に変わり、戦災を生き延びた建物や土地の多くが接収されて米軍の軍施設や軍人用住宅地にされました。<br />
接収（オキュパイド：占領）を受けた地元では駐留する米軍を「駐留軍」ではなく「進駐軍」と呼びました。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5540/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5540/480/480/" /></a><br />【 地図 】
</div><br />
<br />


これらの接収地はフェンスで囲まれ日本人の立ち入りが禁止されたため、周りからは「オフリミット」と呼ばれていました。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1609/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1609/300/300/" /></a><br />【 生駒實撮影 】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5513/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5513/300/300/" /></a><br />【 奥村泰宏撮影 】
</td></tr>
</table><br />


フェンスが戦勝国「アメリカ」と敗戦国「日本」を分断する国境の役割を果し、戦後に生まれ育った世代には、この「フェンスの向こう側」の「小さなアメリカ」は憧れの存在でした。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1611/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1611/480/480/" /></a><br />【 生駒實撮影 】
</div><br />
<br />

とくに接収面積が大きかった本牧地区のエリア1、エリア2と根岸台のエリアXは住宅用だったため、広い緑の芝生にアメリカンハウスが立ち並び、限られたエリアとはいえ豊かなアメリカそのものが展開され、焼け野原とバラックに住む日本人には羨望の地でした。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5535/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5535/480/480/" /></a><br />【 町田昌弘撮影 】
</div><br />
<br />

GHQ（連合国最高司令官総司令部）は、1945年秋に横浜から東京･日比谷に司令部を移しましたが米第8軍司令部は横浜に残り、多くの進駐軍兵士を住まわすために中区を中心に接収地が拡大されました。<br />
横浜市内の焼け跡のあちこちにカマボコ兵舎と呼ばれた正にカマボコ屋根のプレハブ家屋が設置されていったのです。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5515/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5515/480/480/" /></a><br />【 横浜市史資料室提供 】
</div><br />
<br />

もともと外国人の多かった横浜は進駐してきたアメリカ文化に順応しやすかったと言えるでしょう。接収された土地には通りの名前にも英語名が付けられました、ケンタッキー･アベニュー（現在の加賀町警察署前の長安道、旧加賀町通り）、テキサス･ストリート（山下橋から朱雀門前の川沿い、旧堀川町通り）などが有名です。元町の河岸通りはファースト・ストリートでした。どうやら米第8軍司令官の故郷にちなんだ命名だったようです。まあ現在の「水町通り」も元はと言えば維新のWater streetからの訳名と言われていますが、ここも接収中はアラバマ・アベニューと呼ばれました。<br /><br />

ちょっと脱線しますが、現在の元町（もとまち）の語原となった本村（もとむら）ですが、これは横浜本村（よこはまもとむら）が省略されたもので「横浜のルーツ」というべき名前です。<br /><br />

かつて山下町には本村通り（ほんむらどおり）と言う名の通りがあり、同名のバス停もありました。維新の居留地政策で横浜村の住人が現在の元町に移住させられた時に残した名前のようです。現在は「開港道」と「南門シルクロード」などと小洒落た名前で呼ばれていますが、なぜ変えてしまったのでしょうね。本当の意味で「横浜のルーツ」を示す大切な名前だったのに残念です...<br /><br />

当時極東と呼ばれた日本はアメリカ本土からの慰問が少なく、代わりに国内に作られた進駐軍クラブが進駐軍兵士の唯一の楽しみ場所でした。この進駐軍クラブも「オフリミット」とされ、限られた日本人だけが出入りできた場所でした。果敢にも「フェンスの向こう側」に潜り込んだ彼らによって横浜発祥の新しい音楽文化が築かれていったのです。<br /><br />

占領最盛期の横浜には数多くの「進駐軍クラブ」があり、横浜を統轄していたキャンプ横浜（Camp Yokohama）が運営していたクラブは、<br />
　・ゼブラクラブ（NCO、山下町・加賀町警察署前→後に現、県民ホールの場所へ移転）<br />
　・シーサイドクラブ（OC & Civil、本牧エリア1）<br />
　・オフィサーズクラブ（OC、新山下）<br />
　・黒人専用のクラブ45（EM、伊勢佐木町1丁目）<br />
　・黒人専用のニューヨーカー（キャバレー、山下町・旧港高校付近）<br />
　・クロスロード（NCO、日本銀行付近、相生町側）<br />
　・ゴールデンドラゴン（OC、横浜スタジアム付近、山下町側）<br />
などがありました。（EWと呼ばれるWAC＜女性兵士＞専用も他にあったようです）<br /><br />

注：<br />
　EM/EW（Enlisted Men/Enlisted Women's Club) 兵用クラブ<br />
        "Enlisted Men"とは志願兵や、兵役についている兵士を示します<br />
　NCO（Non-Commissioned Officer's Club）下士官用クラブ<br />
　OC（Officer's Club）将校用クラブ<br /><br />

日本の中にある 「フェンスの向こう側」、「小さなアメリカ」は、日本人にとって目の前にあっても立ち入ることができない、手の届かない憧れの場所でした。クラブの従業員や出入りする米軍軍人のゲストとして「オフリミット」に足を踏み入れるしか方法がない「近くて遠い外国」だったのです。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5529/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5529/480/480/" /></a><br />【 大谷卓雄提供  】
</div><br />
<br />
 

関内・山下町・山下公園<br /><br />

●山下公園<br />
現在の山下公園から中華街手前の本町通り（アベニューB）までが接収され将校用の住宅地として使われていました。同世代の子供が少なくベース内の子供とよく遊んだ、幼い頃の筆者の遊び場でもありました。怖いMPもなぜか子供には寛大でした、まあベース内の子供と一緒では咎めるのも出来なかったのかも知れません。子供というのは片言の日本語と英語で通じ合う不思議なコミュニケーションを可能にしていました。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5517/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5517/480/480/" /></a><br />【 横浜市史資料室提供 】
</div><br />
<br />

1951年のサンフランシスコ講和条約に続き、公園内を残した海岸通り（アベニューA）から水町通り（アラバマ・アベニュー）を挟んで本町通り（アベニューB）までのセブ・コート(Cebu Courts)が先に接収解除になり、山下公園も1954年頃から部分的に接収解除が始まりました<br /><br />

<table><tr><td>
●ニューグランドホテル<br />
ダグラス･マッカーサー元帥が占領後直ぐから宿舎とするなど、永らく占領軍首脳の宿舎でした。サンフランシスコ講和条約後1952年にやっと接収解除され日本人が自由に出入りできる場所となりました。
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1582/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1582/300/300/" align="right" /></a><br />【 生駒實撮影 】
</div><br />
</td></tr>
</table>

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5514/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5514/480/480/" align="left" /></a><br />【 奥村泰宏撮影 】
</td><td>　</td><td>
●ゼブラクラブ<br />
ゼブラ・クラブというNCOクラブがありました。下士官用のクラブで、最初は加賀町警察署前の東京銀行ビルに開設され、後にアメリカ文化センター横の現在、県民ホールがある場所に移転し、確か白と青のゼブラ模様のネオンが目立つクラブでした。<br />
NCOクラブでは大体ビールが15セント（ラーメン一杯15～20円の時代に、当時の価格で60円ぐらいに相当）、ウィスキーが20セント程度で兵士にとって安く楽しめる場所でした。料金にはバンドなどエンターテイメント代も含まれていました。
</td></tr>
</table>


<br />
<br />

食事も可能で確かステーキが1ドル（ワンダラーステーキ）だったと思います。軽い食事のサンドイッチですらも、厚手のハムが何枚も入っている豪華なものでした。<br />
ドルがまだ高くて簡単に手に入らず、クラブに潜り込む日本人にはそれでも高級でした。それゆえに進駐軍クラブに出入り出来ることはある種のステータスと言えたのです。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5543/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5543/480/480/" /></a><br />【 町田昌弘撮影 】
</div><br />
<br />

ゼブラクラブという名の由来は､下士官の階級章に斜め縞がたくさんありシマウマのようだったことによると言われています。現在でも基地によっては下士官専用の娯楽室を用意しゼブラルームと呼んでいるところも残っています。<br /><br />

●ゲーリックスタジアム（現、横浜スタジアム）<br />
日本初の公園に設けられたクリケット場からスタートした「横浜公園野球場」は、接収によって「ルー・ゲーリックスタジアム」と呼ばれていました。1952年に接収解除後は「横浜平和球場」と呼ばれ、1978年に現在の「横浜スタジアム」に立て替えられました。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5518/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5518/480/480/" /></a><br />【 横浜市史資料室提供 】
</div><br />
<br />

●フライヤージム<br />
市庁舎の真向かい横浜公園の関内駅側角にカマボコ屋根の体育館がありました。日本ではまだ珍しい正式な屋内競技場でとても頑丈な床と整然とした観客席が印象的でした。返還後は一時横浜市の体育館として学校などに貸し出されていました。<br />
エルマー・フライヤー陸軍兵士の栄誉を称えて名付けられ、正式名は「フライヤーズ・ジム」です。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5516/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5516/480/480/" /></a><br />【 横浜市史資料室提供 】
</div><br />
<br />

三軍記念日や横浜名物5月のバザーには、ハンバーガーにホットドック、ビール、コーラやアイスキャンディ、大きなカップの濃厚なアイスクリームなど「フェンスの向こう側」であるアメリカの味を満喫でき、コイン投げで（パッケージの赤い丸の中にコインが入ればもらえた）ラッキーストライクを取るゲームなどが楽しめました。<br /><br />

●チャペルセンター<br /><br />
横浜公園の山下町側に小さな教会と集会所があり「チャペルセンター」と呼ばれていました。日曜には礼拝が行われ、日本人でも外国人宣教師の先生に連れて行ってもらうと入れました。後で集会所で行われるお茶会のパンやケーキ、クッキーなどはどれも絶品で、物が乏しく、食に貧しい日本人には別世界でした。<br />
現在チャペルセンターは根岸エリアに移ったようです<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1544/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1544/480/480/" /></a><br />【 生駒實撮影 】
</div><br />
<br />

<br /><br />

新山下・小港・本牧<br /><br />

●本牧エリア1、エリア2<br />
本牧には「小さなアメリカ」がありました。本牧通りにそってフェンスが張り巡らされ、その「フェンスの向こう側」はアメリカそのものだったのです。<br /><br />

Dアベニューと呼ばれた本牧通りを三渓園に向かって海側左手がエリア1、山側右手がエリア2。そしてさらにエリア2の丘の上（今の本牧山頂公園）にはベイビューと呼ばれた将校や高級技術者軍属の居住区がありました。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5542/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5542/480/480/" /></a><br />【 地図 】
</div><br />
<br />


1976年のバイセンチニアル（建国200年）では、現在の本牧山頂公園に登る坂の途中にあった水タンクに星形の記念のマークが描かれたことがありました。当時ベイビューに住んでいる将校の奥様に英会話を習いに行っていた筆者は、これを横目で見ながら車で登ったものです。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5534/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5534/480/480/" /></a><br />【 町田昌弘撮影】
</div><br />
<br /> 

同じマークが同年に入間基地で行われた国際航空宇宙ショーに、日本への売り込みのために展示されたF-15戦闘機の尾翼にも描かれバイセンチニアルマークとして有名でした。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5541/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5541/480/480/" /></a><br />【 F-15戦闘機 】
</div><br />
<br />

エリア2には学校、ショッピングセンター、ガススタンド、映画館など一般的なアメリカの町に在るものが揃っており、本牧には正に「小さなアメリカ」の町が存在していました。入り口角には小さなボーリング場もあったはずです。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5536/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5536/200/200/" /></a><br />【 町田昌弘撮影 】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1607/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1607/200/200/" /></a><br />【 生駒實撮影 】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5522/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5522/200/200/" /></a><br />【 相川隆撮影 】
</td></tr>
</table><br />


小港・本牧には進駐軍クラブ以外に、日本人立ち入り禁止のバーだったリキシャ・ルーム（エリア１の小港側出入り口前で人力車の赤いネオンが付いていた）と米軍退役軍人クラブV.F.W.や日本人が割と楽に入れたIG、ポンコツ、ゴールデン・カップなどがありました。<br />
大鳥小学校（本牧町）は米軍病院として使われ、東条英機元首相がピストル自殺を図った時に隔離・監視のために運び込まれたと聞いています。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5528/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5528/480/480/" /></a><br />【 相川隆撮影 】
</div><br />
<br />

●小港カムサリー（現、本牧宮原住宅付近）<br />
ショッピングセンターPX（Post Exchange）は通称コミサリーやカムサリー(commissary)と呼ばれていました。現在は根岸の競馬場跡裏手のエリアXに移転しています。<br />
真っ白なシホンケーキやポプシコル(popsicole)と呼ばれていたアイスキャンディーなどなど、日本ではなかなか手に入らないアメリカのレベル社やモノグラム社のプラスチックモデル（プラモ）も売っていました。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5539/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5539/480/480/" /></a><br />【 町田昌弘撮影 】
</div><br />
<br />

クリスマス時期のターキーは巨大で日本人にとっては憧れの食材だったのです。<br />
ジーンズもここでは憧れのアメリカ製を手に入れることが出来ました。<br />
ピンクのキャデラックオープンカーのご婦人（お婆ちゃん）がよくこのカムサリーに来ていました。司令官の奥様だと言われていたことを覚えています、目立つ車なので学校帰りにフェンスの外から眺めたものです。<br /><br />

●小港エリア１のシーサイドクラブ（現、本牧宮原の本牧いずみ公園裏手付近）<br />
本牧にはシーサイドクラブというオフィサーとシビリアン（ゲスト）のOCクラブがあり、ここはゲストとして入りやすい場所でした。ゼブラクラブなどNCOクラブに較べ将校用だけにドリンク全てが1ドルと少し割り高でした。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5524/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5524/480/480/" /></a><br />【 相川隆撮影 】
</div><br />
<br />

亡くなったゴールデンカップスのリーダー、デイブ平尾のLP「横浜ルネッサンス」のジャケットにも写っています。入って左のオフィサーズバーには名バーテンダーが3人おり、エリア１の移転で閉鎖後3人は英会話学校、馬車道の西洋酒場、中華街のレストランバーを開いたと伝えられています。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5523/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5523/480/480/" /></a><br />【 相川隆撮影 】
</div><br />
<br />

●	ビル・チカリング　シアター（現、小港ジョナサン付近）<br />
リンガエン湾のニュー・メキシコ艦橋で亡くなったTimeとLifeの従軍記者ウィリアム（ビル）・チカリングの栄誉を称えて名付けられました。テレビもない時代、楽しみの一つが映画でした。巷より早くロードショー作品が来ることもあり、そんな時は如何にして潜り込むかが大問題でした。（当然、日本語字幕無しです）<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5538/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5538/480/480/" /></a><br />【 町田昌弘撮影 】
</div><br />
<br />

●小港トイランド（現、ベイシティ6，キリンシティあたり）<br />
小港ベイサイドコート内には子供達にオモチャを売ったり、修理するトイランドと言う施設が設けられていました。（小さい子が遊ぶスペースもあった記憶があります）<br />
ちょうど小港橋から新山下に抜けるS字の角にありました。<br /><br />

●新山下オフィサーズクラブ（今は新山下ベイシティ2・3裏の一段上がった公園、現米国国務省日本語研修所を降りたところ）<br />
ここはベイサイドコート(Bayside Courts)と呼ばれたエリアで、中区中心部の接収解除の代替地として作られ、帰還前の一時的な住まいに使われていたようです。ベイサイドコート奥の階段を上がった丘の中腹にオフィサーズクラブがあり、おいしい食事を出す所でした。親に軍関係者がいるときは市内の外国人学校のパーティ会場にも使われていたようです。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5533/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5533/480/480/" /></a><br />【 町田昌弘撮影 】
</div><br />
<br />

●ヨーハイ（Yokohama American High-school、旧、本牧小学校）<br />
現在のMYCAL本牧の前にある本牧山頂公園の入り口付近に、ヨコハマハイスクールを縮めて「ヨーハイ」と呼ばれた進駐軍家族用の学校がありました。ここは本牧小学校だったのですが接収され本牧小学校そのものが消滅しました。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5526/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5526/480/480/" /></a><br />【 相川隆撮影 】
</div><br />
<br />

接収開始からNasugbu Beach Elem → Yokohama American → Nile C Kinnick → Nile C Kinnick Jr.と4回も名前が変わっていますが、地元では「ヨーハイ」と呼び続けられました。接収当初は現在のマイカル本牧のあたりをNasugbu Beachと呼んでいたようです。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5527/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5527/480/480/" /></a><br />【 相川隆撮影 】
</div><br />
<br />

学校そのものが無くなった今もyohidevils.netと言う卒業生のサイトが残っています。<br />
ヨーハイ卒業生の中では「スター・ウォーズ」の主役を張ったマーク・ハミルが青年期を過ごした場所としても伝えられています。<br /><br /><br />


関内・伊勢佐木町<br /><br />

●ヨコハマ・サービス・クラブ（現、不二家）<br />
わずかに残った建物もほとんどが進駐軍に接収され、<br />
　・不二家は兵士用のヨコハマ・サービス・クラブ<br />
　・野沢屋はショッピングセンターPX（Post Exchange)<br />
　・松屋百貨店は病院<br />
　・オデヲン座はオクタゴン･シアター<br />
に変わり、日本人は「オフリミット」となったのです。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail5521/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5521/480/480/" /></a><br />【 横浜市史資料室提供】
</div>
<br /><br />

<table width="100%">
<tr><td>
（画像協力）<br />
◇ライトハウス　町田昌弘<br />
今春、横浜の写真集『横濱ナイト&デー』（日本カメラ社刊）を出版。<br /><br />
<a href="http://www5.ocn.ne.jp/~matida/">http://www5.ocn.ne.jp/~matida/</a><br /><br />
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/133">LIGHTHOUSEさんのアルバム</a><br /><br />
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5537/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5537/200/200/" /></a>
</td><tr>
</table><br />
<br />

◇郷土史研究家　生駒實<br />
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/123">生駒實さんのアルバム</a>　<br /><br />

◇横浜市史資料室<br />
◇相川隆　　　<a href="http://www.photoclip.net/">http://www.photoclip.net/</a><br />
◇奥村泰宏（著作権継承者 常盤刀洋子）<br />
◇町別歴史資料室ならびに中区歴史保存会　大谷卓雄<br /><br />

（執筆 福井一男）<br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/130">Baron1948さんのアルバム</a><br />
<br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/post_104.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/post_104.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Tue, 29 Sep 2009 11:46:48 +0900</pubDate>
  <keywords>5540</keywords>
</item>

<item>
  <title>開国博Y150が終了しました！</title>
  <description><![CDATA[昨日で開国博Y150が終了しました。
さびしい！あっと言う間でした。

私は夜間入場で駆け込みで家族を連れ、
ベイサイドエリア『Y150つながりの森』へ。
ファイナルパフォーマンスを前にしたラマシンには、
人だかりができていました。

待ち合わせていなかった同僚、普段着の関係者、知り合いに沢山会い、
さながら近所のお祭りのようでした。

さあ、ここからが横浜の正念場。
横浜の歴史文化や地域を学んだうえで、今後何ができるか、
我々の腕の見せ所です。


私はハイビジョンシアターの映像を見てからというもの、
電気をこまめに消していますよ！


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/y150.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/y150.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 28 Sep 2009 19:46:01 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>べーリック・ホールの歩み　第2章</title>
  <description><![CDATA[<br /><br />
～魅力的な場であり続けるために～<br /><br />

－イベントのマンネリ化を防ぐ－<br /><br />

その華やかで美しい外観から、観光名所として多くの人が訪れるべーリック・ホール。しかし、現在のように公開されるようになったのは、つい最近のことだということをご存じだろうか？<br /><br />

そもそもべーリック・ホールは、1930年にJ.H.モーガン氏によって建築されてから、べリック氏の邸宅として利用されてきた。しかし、第二次大戦後の1956年になると、べリック氏の遺族により宗教法人カトリック・マリア会に寄贈される。以後44年にわたって、セント・ジョセフ・インターナショナル・スクールの寄宿舎として使用されてきた。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5552/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5552/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />


ところが、セント・ジョセフ・インターナショナル・スクールは2000年に突然閉校。校舎は取り壊されてしまったが、寄宿舎であったべーリック・ホールは横浜市に寄贈された。横浜市は、この敷地を元町公園の一部として買収・整備し、建物と共に2002年から一般公開することになった。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5484/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5484/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />

現在は、庭園・建物ともに魅力的なスポットとしてその名を知られるようになったべーリック・ホール。しかし、館長の布川榮子さんはこう語る。<br /><br />

「ずっと愛され続ける場所であるために、退屈な場になることだけは避けたいんです。」<br /><br />

たとえ人気のイベントがあったとしても、飽きられてしまったことに気づかなければ人は離れていく。そう布川さんが考えるのには、理由があった。<br /><br />

山手西洋館では、毎年来館者の少なくなる梅雨の時期に、「山手西洋館フェスタ JUNE～花と器のハーモニー～」というイベントが行なわれている。山手西洋館7館で共催されるもので、テーブルコーディネートとフラワーアレンジメントを組み合わせた展示は開催当初から好評だった。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5504/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5504/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />


「それぞれの西洋館で違いを出すために、毎年テーマを決めました。例えば、2002年のテーマは"色"。エリスマン邸は白、イギリス館は黄色、というように決まりをつくることで、すべての西洋館を見てもらえると思ったんです。」<br /><br />

テーマは色のほかに、国や記念日などさまざま。毎年展示の傾向が変化することで、飽きられない工夫はしていた......はずだった。<br /><br />

<br /><br />
－進化した西洋館を伝える方法－<br /><br />

「ところが、毎年来て下さる常連さんを中心に、なんとなく物足りないような顔をしている方が増えてきているような印象があったんです。テーマは変わっても、本質的には変化していないのかもしれない、と気づきました。」<br /><br />

キレイな花と器が飾ってある、というだけでは本当にマンネリ化してしまう。そう考えた布川さんは、2007年に変化を起こす。テーマを「JAPAN 西洋館と日本の器」と大きく変えて、伝統的な日本の器をアーティストにコーディネートしてもらったのだ。

「輪島塗や美濃部焼、ノリタケといった日本が世界に誇る器を、西洋館という舞台で表現したんです。ただ単にキレイなだけではなく、"文化の発信地"と言えるようなレベルの展示を目指しました。」<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5475/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5475/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />


見た目に美しいことに加えて、文化的な意義が加わったこのイベント。2007年の来場者は52,402人と跳ね上がり、「花と器のハーモニー」は見事に進化を遂げた。<br /><br />

しかし、よりよいイベントに挑戦し続ける中でも、新たな課題が見つかったようだ。<br /><br />

「山手西洋館のこれからの課題は広報だと考えています。どんなに企画に力を入れても、それが伝えられなければ意味がありません。」<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5512/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5512/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />

山手西洋館を管理する「財団法人 横浜市緑の協会」がウェブサイト内でそれぞれの西洋館やイベントを紹介したり、べーリック・ホールのスタッフが『山手通信』という冊子を定期的に発行したりしている。また、横浜市の広報誌にイベントの告知が出ることも多い。<br /><br />

「たしかに、まったく広報の手段がないわけではありません。でも、イベントの意義や魅力が上手に伝わっているかというと、話は別。スタッフに広報のプロがいるわけではないので、どんな場所にどのような広告を出せばよいか、まだ手探りの段階なんです。」<br /><br />

進化させたイベント、新たな西洋館の顔を伝える方法とは何か。魅力的な場であり続けるための努力は尽きない。<br /><br />

<br /><br />
～西洋館を保存し続けるために～<br /><br />

文化財と呼ばれるような歴史ある建物は、街の魅力を左右するという意味でも重要な存在だ。そのため横浜市では、横浜らしい景観をつくりだしている歴史的建造物を「横浜市認定歴史的建造物」と指定することで、保存に力を注いできた。2000年に認定されたべーリック・ホールは、アーチ型の玄関や窓からも分かるように、スペイン風の建築様式が特徴の美しい邸宅だ。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5481/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5481/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />

このべーリック・ホールを建築したJ・Hモーガンは、アメリカに生を受け、1920年に日本フラー建築会社の設計技師として来日。ビルや学校、住宅など30を超える建物を設計しているが、そのうちの半数は横浜市内のものなのだとか。山手周辺だけでも、旧ラフィン氏邸である山手111番館、横浜山手聖公会、山手外国人墓地の正門などを手掛けたことで有名だ。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5551
/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5551/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />

「建物を本当の意味で保存するためには、"見る"だけの場所に留めるのではなく、"使う"ことが大切だと考えています。」<br /><br />


　そう語る館長の布川さんは、文化的財産とも言えるべーリック・ホールでさまざまなイベントを企画してきた。日常的なコンサートや数々の講座などは、特別な場所を気軽に楽しめることからも人気が高い。<br /><br />

　そんなイベントのなかでも、定番となったのが「山手西洋館 世界のクリスマス」だ。毎年12月1日～25日にかけて、山手西洋館7館・旧山手68番館・テニス発祥記念館が連携して開催するこの企画。それぞれの館がテーマを持ち、担当のアーティストによって美しく装飾される。たとえば2002年のクリスマスでは、べーリック・ホールのテーマは「カナダ」。赤を基調とした飾り付けで、ポップコーンのオーナメントなどアットホームな雰囲気が特徴だった。この年、西洋館全体で86,574人の来場者を記録する。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5503/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5503/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />


開催当初は国別だったテーマも、年を経るごとにより具体的なものへと変化していった。
2007年のべーリック・ホールは、「フランス：150年前に想いをよせて」と題し、オペラ座などが誕生した時代のフランスをイメージして装飾された。同時に開催された「パリ・オペラ座の夕べ」「フランス花アレンジ」といった関連講座も人気を博し、西洋館全体の来館者数は175,275人と急増した。<br /><br />
<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5501/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5501/330/330/" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5477/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5477/330/330/" /></a>
</td></tr>
</table><br />


"使う"という保存方法は、山手西洋館全体で成功しているように見える。しかし、西
洋館を保存することについては、賛否両論という現実もあるようだ。<br /><br />

「特に社会が不安定な時代には、文化財の保護そのものに否定的な声が大きくなってし
まう傾向があると感じています。」<br /><br />

べーリック・ホールのような歴史的建造物を美しい状態で維持するためには、労力や費用を惜しむわけにはいかない。100年に一度の大不況と言われる今、西洋館の保存には困難が伴うこともあるだろう。<br /><br />

「経済システムが改善されることを含めて、社会が安定していることが必要なのではな
いでしょうか。豊かな社会があってこそ、文化を継承しようというゆとりが生まれるのですから。」<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5476/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5476/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />


建築家のモーガンは1937年に没して以来、山手外国人墓地で静かに眠っている。
今の日本を見て、彼は何を思うだろうか。<br /><br />


（おわり）<br /><br /><br />



【巻末データ】<br />
山手西洋館　事業報告（2000年、2002年、2007年度版）<br />
<a href="http://www.hama-midorinokyokai.or.jp/">（財）横浜市緑の協会</a><br /><br />

（語り手）<br />
布川榮子（ぬのかわ・えいこ）<br />
べーリック・ホール館長（山手事業所　所長代理兼任）。<br />
西洋館を含む山手地区を魅力的なエリアにすべく尽力している。<br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/202">横浜市緑の協会さんのアルバム</a><br />
<br />
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/177">中西秀夫さんのアルバム</a><br /><br />

（執筆者）河村仁美<br /><br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/2_4.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/2_4.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Mon, 28 Sep 2009 14:36:55 +0900</pubDate>
  <keywords>5552</keywords>
</item>

<item>
  <title>べーリック・ホールの歩み　第1章</title>
  <description><![CDATA[
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5486/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5486/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />


1930年、イギリスの貿易商べリック氏の邸宅として建設されたこの建物。一歩足を中に踏み入れると、まるでお嬢様になったような気分になる女性も少なくないだろう。暖炉のある格調高いダイニングルーム、レディにぴったりといった趣の夫人寝室、太陽の光を浴びてゆったりできるパームルーム、ブルーを基調にしたバスルーム......。家具の一つ、小窓の形一つとっても、人の心をとらえる力を持っているようだ。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5506/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5506/330/330/" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5485/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5485/330/330/" /></a>
</td></tr>
</table><br />

<br /><br />
～子どもがホンモノに出会う場所～<br /><br />

誰もが漠然とイメージする「素敵な家」を具現化したかのような、現在のべーリック・ホールの姿。大人が優雅な時間を楽しむ場所なのだから、子連れではちょっと......そう判断する人もいるのでは？ところが、それは大きな間違いのようだ。<br /><br />

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="" src="http://www.yokohama-album.jp/2009/09/28/berrick.JPG" width="240" height="320" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>「大きなお子さんも小さなお子さんも、どんどん来てほしいんです。」<br /><br />

そう語るのは、べーリック・ホールの館長を務める布川榮子さんだ。しかし、小さな子どもなど連れてきたら、美しい調度品を汚したり、うるさく駆け回って雰囲気をぶち壊しにしてしまったりしそうだが......<br /><br />



「子どもは汚す、子どもは騒ぐ、そう思いこんで子どもをシャットアウトすることはやめようと決めているんです。しっかり説明してあげれば、自分がどう振る舞うべきか理解できる子はたくさんいますよ。」<br /><br />

実は布川さん、山手西洋館4館の館長を一新した2000年に、エリスマン邸の館長を務めた人物。それまで「興味のある大人にだけ開かれた場所」だった山手の西洋館で、子どもが主体のイベントを開いた革命者でもある。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5483/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5483/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />

そのイベントが、2000年9月に始まった「絵本の部屋」だ。エリスマン邸の地下ルームを活かして、子どもたちに絵本の読み聞かせをしたのだ。開始早々、50人近くの親子が集まる人気企画となり、毎月一回ほどのペースで現在も続けられている。当時の写真には、絵本に夢中！といった顔つきの子どもたちや、それを温かく見守る親の顔が数多く残されている。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5505/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5505/330/330/" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5495/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5495/330/330/" /></a>
</td></tr>
</table><br />


「まだハイハイしかできないような赤ちゃんまで参加してくれたんですよ。こういった公の場所、それも美しい場所で、親子が共通の体験をするということは大きな意味を持つと思うんです。」<br /><br />

大人でもうっとりするような、本当に美しいものに囲まれるということは、子どもにとって最上の情操教育になる。そして、厳しい「しつけ」の言葉を耳にするよりも、親のリラックスした表情や態度から、公の場での立ち振る舞いを子どもたちは学びとるようだ。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5507/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5507/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />

<br /><br />
～ハロウィンで「変身」する子どもたち～<br /><br />

しかし、べーリック・ホールと子どもの関わりは、教養やしつけを学ぶ場だけにとどまらない。毎年恒例のイベント「山手西洋館ハロウィンウォーク」は、子どもが自分を自由に表現できる場になっているようだ。<br /><br />

「誰もが心の中に持っている"変身願望"を満たすことのできるハロウィンは、子どもたちが自己表現する日でもあります。」<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5496/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5496/330/330/" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5497/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5497/330/330/" /></a>
</td></tr>
</table><br />


そもそもこのイベント、2000年に行なわれた「山手西洋館フェスタ2000スタンプラリー」がきっかけだ。山手西洋館に足を運んでもらうことをねらって企画されたスタンプラリーだったが、どの西洋館の知名度も今ほどには高くない状態だった。そこで布川さんが提案したのが、「ハロウィン」という行事を楽しむ形にすることで、より多くの人たちに西洋館を知ってもらうという方法だった。<br /><br />

「ハロウィンで仮装できるとなれば、親子連れが多く参加してくれるはず。ただのスタンプラリーに比べて、参加者の満足度も高いと思ったんです。」<br /><br />

企画は大当たりだった。西洋館のスタッフが衣装を手作りして貸し出したり、氷川丸で行なわれた仮装大会などと連携したりすることで、当時国内ではめずらしかったハロウィンを楽しむきっかけになったのだ。現在では、1日に35,000人もの参加者が集まる一大イベントに成長。山手西洋館7館・山手68番館・岩崎ミュージアムをまわるスタンプラリーという形を残しながら、赤ちゃんから大人までが「変身」を楽しむ特別な日となっている。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5498/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5498/330/330/" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5478/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5478/330/330/" /></a>
</td></tr>
</table><br />

「他者に変身して"なりきる"ためには、舞台設定も大切。特に、環境に影響を受けやすい子どもにとって、べーリック・ホールをはじめとする山手西洋館で変装をすることが大きな喜びになっているんです。」<br /><br />


子どもにホンモノを提供し、夢を与えられるベーリック・ホールだが、大人たちの未来を演出するステージとしても大いに活躍している。<br /><br />

<br /><br />
～自由で上質なウエディング～<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5509/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5509/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />


べーリック・ホールは他の山手西洋館とは一風変わった印象の建物だ。横浜に現存する西洋館の個人宅として最大規模というだけでなく、明るく鮮やかな色彩の外観が目を引く。スペイン風の建築様式で、レンガがアクセントに使われたライトベージュの壁面や赤い屋根が、ヤシの木をはじめとする庭の緑によく映えている。横浜市認定歴史的建造物に認定されている貴重な建築物であり、格調高い場所ではあるのだが、どこか人をのびのびとさせる雰囲気を持っているようだ。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5508/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5508/300/300/" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5511/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5511/300/300/" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5510/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5510/300/300/" /></a>
</td></tr>
</table><br />


その雰囲気のせいもあってか、べーリック・ホールという「ステージ」で何かしたい、と想像が膨らむ人は少なくない。ウエディングという一生に一度しかないイベントのために、べーリック・ホールを選ぶ人が多いのも納得だ。<br /><br />

そもそも、山手西洋館はウエディングの会場として人気が高い場所。2007年には38組のカップルが山手西洋館で誓いを立てたが、実はそのなかでも22組がべーリック・ホールを選んでいる。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5482/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5482/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />


「西洋館のウエディングは、一般公開が原則。親族や友人だけでなく、その場に居合わせたすべての人から祝福してもらえる幸せな式になるんです。」<br /><br />

さらに晴天に恵まれれば、南欧のムードあふれる庭園でガーデンパーティを楽しむこともできるのだとか。<br /><br />

「いわゆるお仕着せの結婚式ではなくて、自分たちの好みや演出にこだわりたい人に向いている場所だと思います。たとえば、あるジブリ好きのカップルは、本来なら花を置く場所すべてに、トトロなどのぬいぐるみを飾ったんですよ。」<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5500/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5500/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />


品のある上質な式でありながら、自由な発想を活かす......そんなウエディングを夢見るカップルに、べーリック・ホールはうってつけのようだ。<br /><br />
<br /><br />

～コンサートホールにはない魅力～<br /><br />

さらに、べーリック・ホールという「ステージ」で活躍するアーティストたちにも注目したい。<br />
ここでは、広いリビングルームを使って、音楽を楽しむイベントが頻繁に行われている。山手西洋館というと、その歴史からクラシックコンサートを連想する人がいるかもしれない。しかし、音楽のジャンルにはこだわらないのだとか。<br /><br />

「音楽のジャンルには好みがあるもの。それよりも、べーリック・ホールにふさわしいかどうかをスタッフ同士で確認するようにしています。建物を管理するということは、この場所に流れる音楽にも責任を持つということだと思っていますから。」<br /><br />

実際に、これまで行なわれたコンサートには、さまざまなジャンルのアーティストが登場している。クラシックはもちろんのこと、ジャズやシャンソン、三味線などの邦楽も。国や地域などでテーマを設定し、「アイルランドの音楽と朗読」といった複合的なイベントが開かれることもある。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5502/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5502/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />


「ここはコンサートホールではないし、利益を出すための興業でもないので、最上級の演奏を期待するという場ではないと思っています。だから、時流に乗ったものでなくても、可能性を持ったアーティストが自由に表現できる場になることを心掛けているんです。」<br /><br />

高額なチケットを購入するコンサートとは違った魅力に取りつかれて、何度も足を運ぶ常連も多い。また、べーリック・ホールでは、演奏ボランティアによる無料のコンサートも開催されている。ふらっと訪れた人が気軽に音楽を楽しめるというのも、この場所の大きな魅力の一つかもしれない。<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5479/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5479/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />


入場料が必要なコンサートも、価格は1,000～3,000円程度とかなりお手頃。しかも、ほとんどのイベントにドリンクやフィンガーフードが付くというから驚きだ。<br /><br />

「イベントに合った飲み物や食べ物を演奏後に用意することで、お客様同士はもちろんのこと、アーティストの方とのコミュニケーションも取りやすくなると思うんです。この距離の近さは、コンサートホールには真似できないものですよね。」<br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5499/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5499/480/480/" /></a>
</div><br />
<br />


音楽としての質を保ちながらも、気軽に楽しめるコンサート。その絶妙なバランス感覚が保たれることで、べーリック・ホールという「ステージ」が輝き続けるのだろう。<br /><br />

ベーリック・ホールが市民に愛され、横浜の魅力的な西洋館としてこれからも存続するために行なっていることとは？<br /><br />
次章では、山手西洋館の恒例イベントの舞台裏について、引き続きべーリック・ホールの館長・布川さんにお話頂きます。<br /><br />

（つづく）<br /><br /><br />


【巻末データ】<br />
山手西洋館　事業報告（2000年、2002年、2007年度版）<br />
<a href="http://www.hama-midorinokyokai.or.jp/">（財）横浜市緑の協会</a><br /><br />

（語り手）<br />
布川榮子（ぬのかわ・えいこ）<br />
べーリック・ホール館長（山手事業所　所長代理兼任）。<br />
西洋館を含む山手地区を魅力的なエリアにすべく尽力している。<br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/202">横浜市緑の協会さんのアルバム</a><br />
<br />
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/22">aruruさんのアルバム</a><br /><br />

（執筆者）河村仁美<br /><br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/1_3.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/1_3.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Mon, 28 Sep 2009 13:31:06 +0900</pubDate>
  <keywords>5486</keywords>
</item>

<item>
  <title>意見交換会を開催いたします</title>
  <description><![CDATA[9月29日、本事業に関する意見交換会を開催いたします。

<strong><big>「みんなでつくった横濱写真アルバムから
見えてきたものと、今後について　意見交換会」</big></strong>


開港150周年を祝い、各家庭に残る写真をデジタルデータで
投稿して頂き、これまでの横浜を振り返り、これからの横浜を考え、
つなげていこうと始まった「みんなでつくる横濱写真アルバム」。

2009年3月にウェブサイトがオープンし、半年後の9月時点で
5,300枚を超える写真を投稿頂きました。

今回のトークセッションを通じ、写真を楽しむこと、アーカイブの
今後について共に考えようという会を開催します。

------------------------------------------------------------
詳細：
------------------------------------------------------------

日時：9月29日(火)　
　　　　　　　　(17時30分開場、18時スタート、20時頃終了)
場所：ZAIM 1F 交流サロン
　　　　　　　　(横浜市中区日本大通34、日本大通りスタジアム側入り口、
　　　　　　　　　横浜公園横、なか区民活動支援センター隣)

◆展示：
　写真アルバムのスライドショー展示　(PC&モニタで投稿写真の紹介)

◆プログラム
17:30   開場
18:00   ごあいさつ：
       　みんなでつくる横濱写真アルバム実行委員会　企画部会委員、
       　市民メディア連絡会 和田 昌樹氏

18:10   本事業の事業報告
       　投稿枚数、ユーザー数、特集記事、サイトの説明
       　スキャン実演(スキャンの機器、やり方の説明などを簡単に)
       　事務局からの感想

18:20   今後のサイトの運営方針について
　　　　　　　　（横浜写真アーカイブ実行委員会事務局）
       

18:30   「アーカイブ」の重要性、将来性についてのトークセッション
　　　　　　　　(45分)   「アーカイブ」というキーワードで、現況・課題・展望等を
　　　　　　　　セッション

19:20   参加者同士のトークセッション
　　　　　　　　　(40分)   ウェブサイトを見ながら投稿された写真にまつわる思い出、
       　　　エピソードなどを語ってもらうセッション。
      　　　　写真アルバムに投稿されている写真の中からキーワードを
　　　　　　　　　　その場で募集し、 写真について感じたこと、知っている事などを
　　　　　　　　　　客席から頂き、思い出話、エピソードなどを楽しむ参加型トーク
　　　　　　　　　　セッション。

20:00   交流タイム、中締め


《意見交換会に関するお問い合わせ》
TEL:045-309-9944(平日10:00-17:00)
みんなでつくる横濱写真アルバム事務局


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>


]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_102.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_102.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Sat, 26 Sep 2009 19:20:40 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>事業運営の延長及び一部サービス停止のお知らせ</title>
  <description>横浜写真アーカイブ実行委員会より
事業運営の延長及び一部サービス停止のお知らせ

2009年９月25日　23:00

平素より格別のお引き立てを賜り、心より厚く御礼申し上げます。
2009年３月より運営致しております「みんなでつくる横濱写真アルバム
～市民が記録した150年～」につきまして、当実行委員会による運営終了
時期を、当初より本年9月末とご案内致しておりましたが、来る10月末まで
一部サービスに限定して運営期間を延長させて頂く事となりました。

それに伴い、9月末から10月初にかけてシステムメンテナンスを実施
させて頂くと共に、10月1日以降、下記サービスを停止させて頂きます。
また、本事業の運営形態が下記の通り変更となります。

現在サービスをご利用中の皆様にはご迷惑をおかけ致します事をお詫び
申し上げると共に、ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

【システムメンテナンス期間】
詳細が確定次第、別途ご案内申し上げます。


【停止となるサービス】
・	新規ユーザー登録　　(上記システムメンテナンス終了後、
　　　　　　　停止となります)
・	デジタル化サポート　(9月末をもって終了致します)
・	投稿サポート　　　　(9月末をもって終了致します)
・	投稿代行サービス　　(9月末をもって終了致します)


【変更となる事項】
横浜写真アーカイブ実行委員会による事業運営期間
 変更後 ：平成21年3月2日から平成21年10月末まで
(変更前) ：平成21年3月2日から平成21年9月末まで

【運営形態】
変更後 
実施・運営主体	：横浜写真アーカイブ実行委員会
協力	：横浜市民メディア連絡会
運営事務局：横浜写真アーカイブ実行委員会事務局
　(横浜商工会議所　内)
TEL: 045-671-7431　　FAX: 045-671-7410  
  E-MAIL: info@yokohama-album.jp

(変更前) 
実施主体	：横浜写真アーカイブ実行委員会
運営主体	：Y150市民参加プラットホーム推進委員会
協力		：横浜市民メディア連絡会
運営事務局	：「みんなでつくる横濱写真アルバム」事務局
（NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ内）
TEL: 045-309-9944　　D-FAX: 020-6666-6061 
 E-MAIL: info@yokohama-album.jp


【本件に関するお問合せ先】
横浜写真アーカイブ実行委員会事務局
　(横浜商工会議所内)
TEL：045-671-7431　　
FAX: 045-671-7410   
 E-MAIL: info@yokohama-album.jp
受付時間：9:00～17:00　(土・日・祝日は除く)
</description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_101.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_101.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Fri, 25 Sep 2009 22:46:33 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>新しい特集記事がアップされています。</title>
  <description><![CDATA[お待ちかねの皆様、特集記事に
「レンズから見えるハマの歴史と街の息遣い」　
<a href="http://www.yokohama-album.jp/special/6.php">第6章"横浜公園から伊勢佐木町へ"</a>、<a href="http://www.yokohama-album.jp/special/7.php">第7章"桜木町から野毛へ" </a>があがっています。

見応えのあるヨコハマストーリーが紡がれていますので
ぜひご覧下さい！



<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>


]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_100.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_100.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Fri, 25 Sep 2009 10:02:16 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>レンズから見えるハマの歴史と街の息遣い　第7章</title>
  <description><![CDATA[<big>桜木町から野毛へ</big>

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1261/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1261/480/480/" /></a><br />
【　野毛坂　】
</div><br />
<br />


桜木町駅は、背後に控える三菱造船所や野毛へと通う人々の玄関口であった。現在の桜木町駅は、みなとみらいへと向かう人々の流れが多いが、当時は野毛さらには伊勢佐木町へと向かう人波が多かった。野毛は庶民の空腹を満たす町であり、野毛山動物園を目指して丘を登る家族連れの通過点、そして伊勢佐木町はビジネスと娯楽の街だった。<br />
　野毛山はまた歴史的なエピソードの豊富な町でもある。横浜税関や町会所(市役所）の前身である横浜奉行所があり、財界人など著名人の別荘もあった。<br /><br />


<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1540/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1540/480/480/" /></a><br />
【　旧・桜木町駅　】
</div><br />
<br />


桜木町駅前を通過する市電。この先の尾上町交差点は、桜木町方面から本牧方面と弘明寺方面の切替ポイントがあり、脇にはポイント切替操作所があった。かなりの高さがあり、電柱くらいの太さのはしごを使って登った先には、昔の電話ボックスのような5角形だか6角形の作業所があった。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1541/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1541/480/480/" /></a><br />
【　朝の通勤ラッシュ　】
</div><br />
<br />


桜木町駅前の朝の出勤風景。駅前の通りを弁天橋方面に少し行った先にある読売新聞の入っているビルの屋上からの撮影。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1536/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1536/330/330/" /></a><br />【　簡易水上ホテル　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1538/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1538/330/330/" /></a><br />【　簡易水上ホテル生活　】
</td></tr>
</table><br />


戦後間もない頃、戦災で家を失った市民のための臨時措置として、桜木町周辺の河に浮かぶはしけを簡易水上ホテルとして利用していた。はしけは、岸壁から沖合いに停泊した大型船まで荷物を運搬するのに使われており、だるま船ともいわれた。<br />
　後方中央（写真左）が伊勢佐木町の松屋デパート。当時、伊勢佐木町には松屋デパートは2つあり、これはその一方で、駐留軍の病院として接収されていた。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1533/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1533/330/330/" /></a><br />【　野毛本通　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1531/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1531/330/330/" /></a><br />【　野毛入口の露天　】
</td></tr>
</table><br />


野毛本通りの都橋方面から野毛山を見る（写真左）。

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1530/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1530/330/330/" /></a><br />【　夜の野毛商店街　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1535/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1535/330/330/" /></a><br />【　都橋付近　】
</td></tr>
</table><br />


都橋脇には当時から交番があった。ネオンが点された夜景の中、本通りを望む。道筋の両側に並ぶ露店は、1955（昭和30）年頃まで庶民の生活を支えた。日用雑貨や時計、ライターなどの修理をはじめ、闇で取引される商品目当てに集まる人も多かった。戦後復興に向けた庶民のエネルギー源となったのである。1956（昭和31）年の経済白書では、「もはや戦後ではない」と表現され、以後東京オリンピックを目指して、復興と経済成長が加速し始める。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1271/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1271/330/330/" /></a><br />【　野毛山遊園地　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1269/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1269/330/330/" /></a><br />【　園内の池　】
</td></tr>
</table><br />


野毛の町を過ぎて丘を登ると、野毛山動物園。1951（昭和26)年に野毛山遊園地として開園した同園は、1952（昭和27年）のヒョウを皮切りに、多くの動物の繁殖に日本で初めて成功している。直近では、2009(平成21）年に、日本で初めてホウシャガメの繁殖に成功した。写真で見る限り、半世紀前と園内の様子がほとんど変わっていない。ゾウ舎やキリン舎、さらには多くの水鳥が生息する池など、今もそのままだ。野毛山動物園は、横浜市内でもっとも変わっていない場所かもしれない。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5241/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5241/330/330/" /></a><br />【　人気のゾウ舎　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1267/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1267/330/330/" /></a><br />【　人気のゾウ舎　】
</td></tr>
</table><br />


ゾウ舎はいつも動物園の人気スポットだ。それにしても当時の人出は大変なもので、人々の娯楽の殿堂だったことが伺える。野毛には貯水場もあり、相模川から引いた水を野毛山の頂に集めて、市民の水道に供給した。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1257/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1257/480/480/" /></a><br />
【　野毛山遊園地へ　】
</div><br />
<br />


野毛山の入口、現在の横浜市立図書館の手前に大きなアーチ看板がかかっている。現在のみなとみらいで操業していた三菱重工横浜造船所が主催した社員旅行である。当時は動物園や遊園地巡りが社員旅行で、しかもこんな横断幕を掲げた時代だった。なお山下公園に係留されている氷川丸は、1930（昭和5)年に横浜造船所で建造された。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1258/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1258/480/480/" /></a><br />
【　野毛山遊園地の遊具　】
</div><br />
<br />


開園当時は、動物園だけでなく遊園地でもあった証ともいえる、回転式のヒコーキ塔。森永の看板が大きく見える。もっとも当時は何と呼ばれていたかは不明。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1254/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1254/330/330/" /></a><br />【　掃部山公園　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1256/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1256/330/330/" /></a><br />【　港方向を見る井伊掃部頭直弼の銅像　】
</td></tr>
</table><br />


野毛山を下り、入り口の交差点を左に曲がって10分ほど歩くと紅葉坂と掃部山公園がある。掃部山公園は、桜田門外の変で殺害された井伊掃部頭直弼（いいかもんのかみなおすけ）の職名を取って名づけられたもの。ここにあった井伊家の庭園が横浜市に寄付されれたことも由来となっている。開港に尽力した彼の功績にちなんで、銅像は港に向かって建てられている。<br /><br />


<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1252/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1252/200/200/" /></a><br />
【　神奈川県立図書館　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1253/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1253/200/200/" /></a><br />
【　神奈川県立図書館　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5240/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5240/200/200/" /></a><br />
【　神奈川県立図書館　】
</td></tr>
</table><br />

掃部山公園に隣接する紅葉坂の頂は、県立図書館や青少年センターなど、神奈川や横浜を代表する文教地区となっている。坂の下から頂までは、珍しい総石畳の造りだ。県立図書館に隣接する音楽堂は、1954（昭和29）年に日本初の本格的音楽ホールとして開館した。ロンドンのロイヤルフェスティバルホールをモデルとしており、オール木造のホール内壁は国内最高水準の音響効果を発揮することで知られる。公園の一角にある横浜能楽堂は、1996(平成8）年の竣工で、関東地方では最古の能舞台を持つ。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1248/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1248/200/200/" /></a><br />
【　伊勢山皇大神宮　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1250/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1250/200/200/" /></a><br />
【　巫女さん　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1173/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1173/200/200/" /></a><br />
【　行商さん（階段左）　】
</td></tr>
</table><br />


紅葉坂を少し下ったところに、横浜総鎮守、伊勢山皇大神宮がある。初詣や七五三では人出でにぎわう参道だが、ふだんの人出は多くはない。これは晩秋の11月頃の参道風景。ぽつんと忘れられたような雰囲気で何を売っているのか、おばあさんが一人、ひっそりと座っている。

<br /><br />




（語り手）生駒實さん
生粋のハマっこ。学生時代から押入れの中を暗室にして、写真を始める。機械いじりが好きで、終戦後は、野毛の露店で外国製のライター修理の手伝いも。<br />
進駐軍に囲まれた街の風景が目まぐるしく変化する中で、再び写真への関心が高まる。東京の千代田写真学校で写真術を学ぶ一方、山下公園などのモデル撮影会に参加するなど、カメラを肩に街を撮り歩いた。<br />
現在は、横浜市の「なかく街の先生」として郷土史研究、フィギアスケートボランティア指導もこなしつつ、写真研究家として街の変化を撮りながら観光ガイドを行っている。<br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/123/1">生駒實さんのアルバム</a><br />

<br /><br />
（文責：銀二）<br /><br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/7.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/7.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Thu, 24 Sep 2009 23:52:15 +0900</pubDate>
  <keywords>1261</keywords>
</item>

<item>
  <title>伊勢佐木町は掘っても掘っても...</title>
  <description><![CDATA[先日、お問合せの合った方からの
11枚の写真を投稿サポートさせて頂き、みんなの写真に
アップロードしました。

伊勢佐木町で昭和初期に洋傘やショールを売る洋品店
を営まれていた方のもので、ご本人はそのあたりで遊ぶ
少年だったそうです。

その方のアルバムはこちら→
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5724">夜光さんのアルバム</a>


伊勢佐木町では商店街の方にも沢山ご協力頂きましたが、
個人でも写真をよく撮影されていた方が多いなーとつくづく思います。
一度サイトをご覧になると「こんな写真なら、まだまだあるよ！」と
ご提供下さる方が多くいらっしゃいます。
まだまだ沢山出てきそうな予感がします。
商店街には人々の営みの歴史がつまっています。もうじき夕暮れ、
お夕飯の支度や帰りの立ち寄りで、今日も伊勢佐木町は込み合いそうですね。



<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_99.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_99.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 24 Sep 2009 15:57:16 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>レンズから見えるハマの歴史と街の息遣い　第6章</title>
  <description><![CDATA[<big>横浜公園から伊勢佐木町へ</big>

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1543/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1543/480/480/" /></a><br />
【　ゲーリック球場前（改修前の横浜球場）とフライヤージム（右）　】
</div><br />
<br />

横浜公園、伊勢佐木町へと広がるエリアは、昔から市民の憩いの場所であり、ショッピングの場所だった。中でも横浜スタジアムや開港バザー、初夏のチューリップなどで知られる横浜公園は、1876（明治9）年にイギリスの土木技師、R・H・ブラントンが設計図を描いたのがルーツとなっている。横浜には日本初が多いが、横浜公園にも洋式花火や国際親善野球など、いくつかの日本初がある。野球といえば、大リーガーのベーブ・ルースが来日した際、なんと今のYMCAまで場外ホームランを飛ばしたという。<br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1528/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1528/480/480/" /></a><br />
【　松屋　】
</div><br />

　横浜公園から歩いて10分足らずの伊勢佐木町は、明治時代は芝居小屋が軒を連ね、大変な賑わいを見せていた。昭和はじめまでは、漫才や落語、コントなどの実演劇場もあった。生駒さんは、当時往復7銭の市電に乗り、早朝割引で3銭の活動を観にいったという。もちろん弁士の語る無声映画だ。午後には、通りで懐かしいバナナの叩き売りも見られた。戦後は、米軍関係者やハマのチョイ悪が夜毎集まる根岸屋、裏通りの福富町など大人の街でもあった。また最近は軒数が減ったが、伊勢佐木町はかつては映画館の密度が濃い、隠れたシネマタウンでもあった。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1164/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1164/330/330/" /></a><br />【　横浜地方裁判所　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1157/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1557/330/330/" /></a><br />
【　旧・日本大通り　】
</td></tr>
</table><br />

横浜公園から海に向かって伸びる日本大通り周辺は、政治司法の中心部だ。写真中央の横浜地裁はエントランス部分を残して改修された。隣の地検本部も同様。現在は近代的なデザインの大きなビルに生まれ変わっている。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1171/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1171/480/480/" /></a><br />
【　横浜市開港記念会館　】
</div><br />

横浜三塔のひとつである「ジャックの塔」を持つ横浜市開港記念会館は、1917（大正6）年に市民の寄付に基づいて建設された。写真のジャックの塔は、改修された現在のものと比べ、デザインが違っていることが分かる。館内2カ所のステンドグラスも一見の価値ありだ。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1167/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1167/330/330/" /></a><br />
【　横浜税関　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1119/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1119/330/330/" /></a><br />【　昔の運上所 税関の模型　】
</td></tr>
</table><br />

県庁の裏手から赤レンガ倉庫に向かう道筋の交差点に、横浜三塔のひとつ「クイーンの塔」を持つ横浜税関がある。写真は開港100周年祭のときに、税関前に設けられた昔の運上所つまり税関の模型。開港当時は、こんな感じだったようだ。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1546/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1546/480/480/" /></a><br />
【　開港100周年記念バザー 　西川帽子店　】
</div><br /> 

今から50年前に開催された「開港100周年記念バザー」で、ひときわ大きな出店が目立つのが、西川帽子店。当時は紳士のほとんどが、中折れ帽を被っていたものだ。写真に写っている西川帽子店は、現在もニシカワ帽子店として、港南台と、ダイヤモンド地下街で営業している。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1544/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1544/330/330/" /></a><br />【　駐留軍の専用教会　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1117/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1117/330/330/" /></a><br />【　開港100年祭記念式典 横浜平和球場（横浜スタジアムの前身）　】
</td></tr>
</table><br />



横浜公園内に建てられた駐留軍の専用教会。現在の池の辺りにあった。
横浜公園には、他にも駐留軍の施設としてフライヤージム、ゲーリック球場などがあった。ゲーリック球場は、現在の横浜スタジアムの前身で、1934(昭和9)年にルー・ゲーリックら米大リーグのオールスターが来日、全日本チームと対戦したことに因んで、後年駐留軍に接収された際「ゲーリック球場」と名づけられた（後に、連合軍の接収解除に伴い、平和球場に改称）。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1542/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1542/480/480/" /></a><br />
【　ゲーリック球場とフライヤージム　】
</div><br />


（俯瞰図）現在のYMCAビルの屋上から撮影。当時、YMCAは生駒さんの勤務先の分館として使用されており、戦災でも残った数少ない建物だ。<br /><br />

     
<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1272/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1272/230/230/" /></a><br />
【　伊勢佐木町入口　吉田橋　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1273/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1273/230/230/" /></a><br />
【　進駐軍と日本人女性　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5242/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5242/230/230/" /></a><br />
【　吉田橋のお乞食さん　】
</td></tr>
</table><br />


伊勢佐木町入り口に架かる吉田橋は、明治始めに建造され、橋脚を持たない鉄橋としては日本初であった。1911（明治44）年には普通の鉄筋コンクリートとなって、現在はその下を流れていた河は埋め立てられ、高速道路が走っている。GIや彼らの相手をする街の女達もこの橋を渡って伊勢佐木町へと通った。戦後しばらくは、物乞いの姿もよく見かけた。これも戦争の名残なのだろう。<br /><br />

 
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1314/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1314/480/480/" /></a><br />
【　伊勢佐木町入口　吉田橋　】
</div><br />


旧松屋デパートは、現在は中央競馬会の有料場外馬券場のエクセルとなっている。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1311/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1311/330/330/" /></a><br />【　伊勢佐木町入口　吉田橋　】
</td>
<td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1309/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1309/330/330/" /></a><br />【　伊勢佐木町入口　吉田橋　】
</td></tr>
</table><br />

オリンピックビルからの撮影。伊勢佐木町入り口の右側が、森永ビル、左側の黒っぽいビルが米軍病院として接収された松屋デパート。右側が野沢屋でその向こう側にもうひとつの松屋が見える。<br /><br />




（語り手）生駒實さん
生粋のハマっこ。学生時代から押入れの中を暗室にして、写真を始める。機械いじりが好きで、終戦後は、野毛の露店で外国製のライター修理の手伝いも。<br />
進駐軍に囲まれた街の風景が目まぐるしく変化する中で、再び写真への関心が高まる。東京の千代田写真学校で写真術を学ぶ一方、山下公園などのモデル撮影会に参加するなど、カメラを肩に街を撮り歩いた。<br />
現在は、横浜市の「なかく街の先生」として郷土史研究、フィギアスケートボランティア指導もこなしつつ、写真研究家として街の変化を撮りながら観光ガイドを行っている。<br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/123/1">生駒實さんのアルバム</a><br />

<br /><br />
（文責：銀二）<br /><br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/6.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/6.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Sun, 20 Sep 2009 16:04:19 +0900</pubDate>
  <keywords>1543</keywords>
</item>

<item>
  <title>ヒルサイドでスライドショウ</title>
  <description><![CDATA[ヒルサイドエリアで22日、
本事業の協力団体である横浜市民メディア連絡会が
全面協力する、スライドショー＆トークイベント
「エピローグカフェ」に本事業が登場します。

横浜開港１５０周年事業としてはじまった
「みんなでつくる横濱写真アルバム～市民が記録した150年～」に
投稿された写真の中から、元町、伊勢佐木町のアルバムをスライドショーします。
星空の下でスライドをみながら、ゆかりの方のお話をうかがいます。

（横浜市民メディア連絡会経由で写真投稿にご協力頂いた団体の写真を
使用する予定）

イベント内容：
エピローグカフェ 
野外映像祭【第１０夜】
「みんなでつくる横濱写真アルバム～市民が記録した150年～」
スライドショウ＆トーク

９月２２日（火）　１８（日没後）～１９時頃　
※カフェオープン　１８：００～２０：３０　

ゲスト：
杉島和三郎さん（元町自治運営会会長）

聞き手：
和田昌樹さん（横浜写真アーカイブ実行委員会企画部会委員、
桜美林大学准教授）

協力：横浜写真アーカイブ実行委員会
 横浜市民メディア連絡会


※雨天の場合は場所移動あり


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>


★開国博Ｙ１５０ヒルサイドエリア「つながりの森」について　

入場料が必要です（大人当日６００円）
中山駅（ＪＲ、市営地下鉄）、鶴ヶ峰駅（相鉄）から無料シャトルバスで１５分。ほぼ２０分間隔で運行中。
車の場合は、ズーラシア第２駐車場をご利用ください（１０００円）
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_98.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_98.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Sat, 19 Sep 2009 15:27:35 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>いよいよシルバーウィーク！　</title>
  <description><![CDATA[風が気持ちいい朝です。車の音も多いので、もうどこかへ
移動している方が多いのでしょうか。

思春期の頃は、どこかへ出かけて家族と写真に収まることが
恥ずかしく、わざとしかめ面したりしたものですが、
今となってはなぜニコニコ出来なかったのか不思議に思います。

たまに、何げない日に家族スナップを撮るのも楽しいこと。
何年か前に曾祖母が庭をゆっくり歩いている時、一度シャッターを
切ったことがありました。
100歳を超えて亡くなった今、その写真は事あるごとに家族が
見つめる大事な一枚になりました。				
				
さて、せっかくのお休み。実家の写真も整理しなければ...

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>
				
				]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_97.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_97.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Sat, 19 Sep 2009 10:43:49 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>台風,防災,安全対策</title>
  <description><![CDATA[台風が日本に近づいて来ていますね...
ランダムにページ数をチェックしていると、思わぬ写真に
出会います。
今日出会ったのはこちら。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/154">崖崩れ</a>

3月からよく見ているはずなのですが、
ページをめくってもめくってもまだまだ知らない
横浜の景色に出会います。坂が寸断されるなんて
大惨事もあったのですね。

9月は防災の月でもあります。皆さんは対策は万全ですか？
今日もまたひとつ写真から学びました。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>

]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_96.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_96.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 14 Sep 2009 15:33:03 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>横濱銘菓</title>
  <description><![CDATA[
もうじきシルバーウィーク。
私は県外に旅行に行くのですが、
今回はいつも買ったことのない横浜のお土産を
持っていこうと思っています。　　　　

何がいいかな...と思っていたら　
横濱銘菓・美濃屋あられ製造本舗さんのあられが
賞をとった、67年の広告を投稿いただきました。
かっこいいですね！
→<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5610">美濃屋あられ製造本舗モンドセレクション金賞受賞</a>

紙資料も、保管や共有していくことは
なかなか難しいこと。ぜひ写真アルバムにデータご投稿下さい！


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_95.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_95.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 10 Sep 2009 19:50:19 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>曇り,クリエイティブシティ国際会議,関内外OPEN！！</title>
  <description><![CDATA[今日は曇り。台風も来そうですね。

先週の文化、芸術による創造都市づくりを語る
「横浜クリエイティブシティ国際会議」や
関内エリアのオープンアトリエプロジェクト「関内外OPEN」も終了し、
昨日からなんだか静かな横浜の週明けです。なにかの嵐の前の静けさでしょうか。

関内外OPENは、歴史的建造物や海近いビルを改装したオフィス、
設計事務所、なかには写真スタジオもあって、じっくり見学させて頂きました。

そんな平日、連休前の横浜こそ写真の撮りがいがありますよ〜
ただ、雨でカメラは濡れないように注意してくださいね。


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/open.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/open.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Wed, 09 Sep 2009 15:53:35 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>笑顔を集めてみました</title>
  <description><![CDATA[ 伊勢佐木町の有隣堂本店で、有隣堂開業
100周年の記念展示として
来週から写真家・小野庄一さんが撮りおろした
横浜在住の100歳の方々を写した写真展
「横浜百歳王 ―笑顔のクスリ―」が開催されるそうです。
横浜には何人くらいの100歳の方がいらっしゃるのでしょうか？!	

今年1月に同展のpart１を見に行きましたが、それはそれは
元気でたくましい、全国の100歳王や王女様の写真を見ました。

ということで、写真アルバムからも
笑顔の写真を何枚か

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1404">元町健民少年団、堺市少年団との交流会</a>...少年団同士が何かのはずみで爆笑、といった感じですね。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/5246">YOKOHAMA Refresh! G2 Christmas Special第二部inTVKカフェ　おさるチーム</a>...イベント終了後のよう。お酒も入って楽しそうです。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/295">都岡３兄弟</a>...かわいい！３兄弟とお母さんです。

アルバム内にはとてもいい顔の写真がまだまだ沢山ありました。
皆さん探してみてくださいね。


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_94.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_94.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Fri, 04 Sep 2009 09:50:10 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜絵葉書データベース、またも！</title>
  <description><![CDATA[９月になりました、開国博も、もう今月で閉幕を
迎えます。早いものですね。まだ見に行かれていない方は
是非、この過ごしやすい季節に訪れてみては？

さて、なかくフォーラム（中区、赤レンガ倉庫）で
お世話になった<a href="http://www.tohatsu.city.yokohama.jp/">横浜都市発展記念館</a>のサイトで、横浜絵葉書データベースが第3次公開なったと
発表がありました。
馬車道・吉田橋、山下公園・海岸通り、山下町・中華街、
元町・山手、伊勢佐木町、野毛・伊勢山 地区の186枚とあります！
ヒルサイドphoto talkで話題になった「横浜小学校」のはがきもあります。

こちらの<a href="http://hamablo.exblog.jp/10587197/">都市発展記念館ブログ</a>に載ってに載っている晴天の山下公園...
いますぐ出かけたい気分です。



<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_93.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_93.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 03 Sep 2009 11:19:37 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>日系人が語る　移住地の「食」</title>
  <description><![CDATA[－ 日本食"まがい"からのスタート －<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/3657/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3657/480/480/" /></a><br />
【　朝食　】
</div><br />

「食は人間の生活のもっとも大切な基礎。海外で生活を始めるとき、言葉や生活習慣などさまざまな壁を感じることがあるけれど、最初に人間に影響を与えるのはやっぱり食べ物なんです。何といっても、生きていくためには、毎日絶対に避けられないものですからね。」<br /><br />

そう語るのは、1959年に技術者としてボリビアに赴任した経験のある鏑木功さんだ。南米を含む数カ国で、21年にわたって海外で生活していたそうである。「移住の窓口」であった横浜港から旅立った人々が、どのような食生活を送っていたのか尋ねてみた。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/3653/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3653/480/480/" /></a><br />
【　柑橘畑の間作　】
</div><br />


鏑木さんがボリビアに赴任した当時、宿泊したホテルで提供されていた食事は、毎食のようにビフテキ・焼き飯・サラダ・目玉焼きなどだった。肉を食べる習慣の少なかった戦後の日本人にとって、このメニューはかなりきつい。現地で米が栽培されていたのがせめてもの救いだったが、醤油や味噌など、日本食の味の根幹となる調味料はまだ存在しなかった。<br /><br />

「だから、現地の食事に耐え切れなくなった私の友人などは、自分で材料を探して日本食"まがい"をつくり出すしかなかったんです。塩と外米だけでおかゆを作ったり、川で釣った名前も知らない魚を刺身にしたり......。食料品店でやっと醤油らしきものを見つけたと思ったら、焦がした砂糖で茶色く色づけされた塩水だった、なんてこともありました。」<br /><br />

1世たちが最初に感じた、" 食 "の壁。<br />
しかし、現地で日本人社会が構築されていくとともに、その壁は乗り越えられていく。<br /><br />

「大豆の栽培や調味料の製造、輸入などが始まりました。しかし、いわゆる日本食を忠実に再現していくだけでは、栄養的に問題があったんです。熱帯気候の地域で開拓という重労働をこなすわけですから、やはり栄養価の高い肉なども食べなければならない。現地の食生活と日本食を何とか"折衷"していくことで、徐々に食生活を安定させていきました。」<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/3654/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3654/480/480/" /></a><br />
【　醤油の製造　】
</div><br />


－ 受け継がれる、" 食 "を楽しむ知恵 －<br /><br />

一方、日系人社会がすでに発展していたブラジルなどの都市部では、日本食を再現するのはそれほど困難ではなかったようだ。<br /><br />

「私が1968年にブラジルのサンパウロに赴任した頃には、味噌や醤油など調味料はもちろん、豆腐・海苔・昆布などもすべて日系人によって作られており手に入ったんです。店で買えないのはマツタケとウナギくらいだ、なんて冗談もありましたよ。」<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/3659/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3659/480/480/" /></a><br />
【　トマトの出荷　】
</div><br />

だからこそ、主婦たちは料理に力を入れた。家族が思い描く日本食を作るために、足りない食材を何とか補って工夫を重ねた。梅干しを再現するために、酸味の強い植物の花を塩漬けにする、といった知恵が広まっていったのだという。<br /><br />

「当時のごちそうといえば、何といっても巻き寿司。いかに具を工夫するかが、主婦の腕の見せ所。他にも、いなり寿司や魚の刺身、天ぷらなどが、日系人が集まるパーティには欠かせないものでした。」<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/3656/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3656/480/480/" /></a><br />
【　宴会　】
</div><br />


<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/3655/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3655/480/480/" /></a><br />
【　ダンスパーティ　】
</div><br />


誕生日や結婚式などのイベント時はもちろんのこと、日系人は何かにつけてホームパーティを開く。親戚や友人、ご近所さんを集めて、日本風の料理でもてなす。<br /><br />

「日系人同士の絆を深めるためでもありますが、現地の人たちとコミュニケーションをとるためにも重要なことです。"来る人拒まず"という場を楽しむ方法は、日系人の2世や3世にも受け継がれていますよ。そこではやはり、" 食 "がコミュニケーションのツールになっていたんです。」<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/3658/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/3658/480/480/" /></a><br />
【　結婚式 記念撮影　】
</div><br />


横浜港から旅立った日系人が体感した、" 食 "の重要性。
今、横浜にいる私たちがそこから学べることは、決して少なくないようだ。<br /><br /><br />


（語り手）<br />
鏑木　功（かぶらき・いさお）<br />
1934年生まれ。1959年に技術者としてボリビアに勤務したのを契機に、アルゼンチン、ブラジル、ペルーと21年にわたって海外生活を送る。移民1世の方々が努力と苦労の上、それぞれの国で得ていった人としての信頼と農業貢献などについて後世に伝えていくため、海外移住資料館でガイドボランティアの活動に励んでいる。<br /><br />

（協力）<br />
西脇祐平（にしわき・ゆうへい）<br />
<a href="http://www.jomm.jp">JICA横浜　海外移住資料館</a>　業務室担当者<br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/139">西脇祐平さんのアルバム</a><br /><br /><br />



（執筆者）河村仁美<br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/post_92.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/post_92.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Tue, 01 Sep 2009 21:24:34 +0900</pubDate>
  <keywords>3657</keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜を愛した建築家　－ 咲壽 栄一（さくじゅ えいいち） －</title>
  <description><![CDATA[
  ここに数点の設計図がある。開港記念横濱會館（現：横浜開港記念会館）の設計コンペへのこの応募作品は、当時若手の建築家として、数々の建築設計に優れた才能を見せていた、咲壽栄一の力作である。開港記念横濱會館は、市民や銀行、企業などからの寄付により建築資金を集める計画であったが、開港50年祭の明治42年7月に地鎮祭を行うも、資金不足により着工は遅れていた。その後大正2年2月に、神奈川県下では初めて懸賞募集（コンペ）により設計が公募されたもので、当時懸賞金は一等2000円、二等1000円、三等700円であった。一等には東京市技師の福田重三が当選し、残念ながら栄一の作品は選に漏れた。そしてこのコンペの翌年の大正3年3月、建築家として脂の乗った、まさにこれからという時に、栄一は病に倒れ帰らぬ人となった。享年わずか30歳。家族はもとより多くの友人たちがその死を悼んだ。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5274/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5274/300/300/" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5276/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5276/300/300/" /></a>
</td></tr>
</table><br /><br />

  咲壽栄一は、明治18（1884）年4月8日、横浜電気株式会社常務取締役であった上野吉二郎の長男として東京の京橋で生まれた。日本橋区槍物町千葉小学校へ入学するが、尋常科第四年級の明治27年に横浜市吉田小学校へ転校。その後神奈川県立第一中学校へ入学、京都市第三高等学校を経て、東京帝国大学工科大学建築学科に進む。同期には、建築家・能楽研究家として知られ、東京・染井の「染井能舞台」の設計に携わった（のちに横浜能楽堂の本舞台として復原）山崎清太郎、豊多摩監獄（中野刑務所）などの作品がある後藤慶二、横浜銀行協会、国会議事堂の建設に携わった大熊喜邦らがいる。<br />
  栄一は卒業後大蔵省臨時建築部に入り、のちに大蔵技師となった。門司税関庁舎、徳島、北條、武雄、四日市、横須賀、福島等の各税務署庁舎、大正博覧会の浅沼商会特設館などに携わり、中でも大きな作品が、大阪中之島公会堂（三等に当選、2000円の賞金）と前述の開港記念横濱會館であった。大蔵省臨時建築部が設計にあたった横浜税関陸上設備鳥瞰図も、栄一の手による。住宅では、浜口雄幸邸の洋館客室をはじめ、父である上野の根岸邸の洋館増設にその才能が発揮されている。また、江ノ島山上に建てられた、曽根西湖氏の記念塔もその作品である。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5283/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5283/480/480/" /></a>
</div><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5273/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5273/300/300/" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5272/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5272/300/300/" /></a>
</td></tr>
</table><br /><br />

 建築に非凡な才能を開花させた栄一はまた、趣味人でもあった。特に俳句は高校に入学する直前の明治36年夏から始めたもので、俳号は「織草」、のちに「一樹」と改め、さらに高校卒業後入学試験準備のため、本牧に借りていた住まいの庭に咲く卯花（ウツギの花）を好み、その後は「卯木屋」と称していた。生涯に詠んだ句はおよそ3万句あまり、その才能は京都・東本願寺第23代法主で俳人としても著名な大谷光演（俳号「句佛」）に認められたという。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5284/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5284/300/300/" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5285/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5285/300/300/" /></a>
</td></tr>
</table><br /><br />

  その彼を病魔が襲った。「今度の彼の病の危篤を聞いて赤十字病院へ駆けつけた時、私が彼について知る三度目の病顔を見たのである。そして最も甚だしい、最も悲しむべきこの病顔を、再び美はしい以前に返す事無しに彼は去った。この三度の病顔の外に私は彼をほとんど絶対的強壮者と遇し、いかなるときにもその活発々地の健康を信じていた。誰も彼の死を疑い、誰も彼の死に驚き、誰も彼の死を悲しむのは、この公認ある故に一層その度が強いのであると思う。大学の同期卒業生十六人の中。彼は唯独り徴兵に応じ得る体格の持ち主であった。」（「故 咲壽栄一君の事」、山崎静太郎）<br /><br />
  夫人と幼き長男を残し、わずか1カ月余の入院生活ののち、栄一は粟粒結核によりその生涯を閉じた。彼の死後、山崎を中心に東京帝国大学工科大学建築学科の同期生らが遺稿集「卯木集」を取りまとめた。装丁は後藤慶二の手による。以前から栄一は、後藤に油絵を依頼しており、病床にあって笑顔でそれを催促した。翌日、後藤は油絵を掲げて見舞いに訪れた。約束の画を描き上げる時間はなかったが、それはかつてほしがっていた赤い木蓮の花を描いた画である。そしてこの美しい絵が、栄一が物を物としてみた最終であった。<br />
  横浜を愛した建築家、咲壽栄一は横浜市根岸の西有寺墓地に埋葬された。<br /><br />
  

追記：今回の特集記事執筆のきっかけを与えてくださったのは、横浜クラシック家具の専門店、株式会社ダニエルの高橋保一社長である。「関東大震災、横浜大空襲で写真はすべて焼失してしまったが、この本は大切に保管しています」と見せていただいたのが『卯木集』である。栄一の父、上野吉二郎は高橋家から妻を娶り、また栄一自身は母方の祖母の姓である咲壽を名乗ったという。彼のあふれる才は、いまもなお洋家具の伝統と技術を伝承するダニエルに引き継がれている。<br /><br /><br />

（執筆：島津千登世）<br /><br /><br />


＜参考文献＞<br />
『卯木集』、山崎静太郎ほか、大正4年<br />
『上野吉次郎伝』、上野吉二郎君伝記編纂会、昭和8年<br />
「故咲壽栄一君の事」、山崎静太郎、『建築雑誌第328号』 、大正3年<br />
「故正員工学士咲壽栄一君小伝」、大熊喜邦、『建築雑誌第327号』、大正3年<br />
「DAIEL STORY  横浜洋家具物語」、株式会社ダニエル<br />
『横浜・都市と建築の100年』、横浜市建築局、1989年<br /><br /><br />


[横浜市民メディア連絡会さんのアルバム](http://www.yokohama-album.jp/picture/view/103)<br />
<br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/post_91.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/post_91.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Tue, 01 Sep 2009 21:09:33 +0900</pubDate>
  <keywords>5274</keywords>
</item>

<item>
  <title>5,000枚御礼</title>
  <description><![CDATA[ついに!投稿枚数が5,000枚を超えました。

ご協力していただいた皆様のおかげだと
あふれるほどの感謝をしております。

5,000場面の横濱/横浜/ヨコハマ。
ユーザー登録も200人以上の皆さんに頂いています。

今後も、150年後、200年後の写真を集められるサイト、
みなさんの役に立つサイトになればと願っています。


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/9.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/9.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Tue, 01 Sep 2009 12:35:13 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>風の写る写真</title>
  <description><![CDATA[<br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4054/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4054/480/480/" /></a><br />
【　ポリネシア全域で祭られる精霊tiki（ティキ）　】
</div><br />

目で見えるものは、容易に信じられ、見えないものは信じられ難い。<br />
「見えないもの・・・」それは、亡霊のようなものではなく、想いや魂・・・。<br /><br />

もともと海洋王国の日本は、海から生活の糧を得て、海とともに生きてきた。<br />
彼方に広がる海に想いを馳せ、流れる雲や星、鳥の群れなどから多くを学び、自然に抗うこと無く、海とともに生きてきた。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2823/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2823/300/300/" /></a><br />
【　船上生活を支える保存食物　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2815/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2815/300/300/" /></a><br />
【　ほら貝が時の声を告げる　】
</td></tr>
</table><br /><br />


しかし、文明の発達した今日、私たちは海を身近に感じることもなく、自然の恵みに対する感謝の気持ちも、忘れかけている。<br />
そんな時、現代社会において、日本人が忘れかけているものを伝えるように、横浜を訪れた船がある。<br /><br />

「 ホクレア号 」。<br />
ハワイ語で"幸せの星（Hokule'a）"と名づけられた航海カヌー。<br /><br />


<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4070/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4070/480/480/" /></a><br />
【　ホクレア号　】
</div><br />


古代ポリネシア人がハワイ諸島を発見した当時の形状を模し、天体を読み、波や風を感じ、海洋生物と語り合う、伝統的な航海術"スターナビゲーション"によって遙かな海を旅してやって来たのだ。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4082/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4082/480/480/" /></a><br />
【　出航をほら貝で告げるホクレア号クルー　】
</div><br />


ほら貝の、『 時の声 』を合図に出航・・・。<br />
今回の航海のクルーは、生粋のハワイアンと日本人スタッフが2名同行。<br />
星を頼りに、自然に抗うこと無く、風を受け、日本を目指しての航海。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4039/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4039/480/480/" /></a><br />
【　ホクレア号クルー　】
</div><br />


「ハワイ王国がアメリカになったが、文化を忘れてはいけないと、ポリネシアから船で渡って来たルーツを辿る宇宙船のような船」<br />
そう語ってくれたのは、カメラマンの紅林敏明さん。<br />
紅林さんは、今回、「ホクレア号」の写真を撮り続けた。<br />
紅林さんにとって、「ホクレア号」は、「何時間でもそこに居られる船」だと言う。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2816/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2816/480/480/" /></a><br />
【　カメラマンの紅林敏明さん（一番左）　】
</div><br />


紅林さんと「ホクレア号」には、更に深い関わりがある。<br /><br />

『 ホクレアサーフボード 』<br />
これは、サーファーでもありサーフボードデザイナーでもある、林利夫氏が代表を務める、サーフボードのブランド。<br />
林氏は、自らのブランドを立ち上げる際、師匠であるベンアイパーが「ホクレア」の名前を付けてくれた。<br />
林氏は、紅林さんの、叔父にあたる人物。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2820/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2820/300/300/" /></a><br />
【　HOKULE'A　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4051/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4051/300/300/" /></a><br />
【　生粋のハワイアンクルー　】
</td></tr>
</table><br /><br />


「ホクレア号」とは、かつてポリネシア人の祖先が、ハワイ、ニュージーランド、イースター島を頂点として結んだ3400万平方キロメートルの海域、「ポリネシアン・トライアングル」を海図、コンパスも持たずに行き来していた頃の、祖先たちの建造技術と航海術を再現した古代式航海カヌー。<br /><br />

「ホクレア号」の航海は、1976年のハワイからタヒチへの初航海以降、現在までの航路距離数は10万マイルを超えると言う。<br />
その軌跡は、ハワイ人、ポリネシア人の起源、歴史、文化を立証すると同時に、祖先の建造技術と驚異的な精度の航海術を、私たちに伝えてくれている。<br /><br />

「ホクレア号」は、ハワイにおける日系人の歴史を語り継ぐこと、島国としての日本の海との関わりへの興味、そして、過去の「えひめ丸」のような悲劇を乗り越え、平和と友好のより深い関係を築きたいという願いをのせて、日本へやって来た。<br /><br />


<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4078/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4078/480/480/" /></a><br />
【　ホクレア号　】
</div><br />


ハワイアンは、自分たちが何をしてきたかを残す。<br />
その精神は、日本人も同じ。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2825/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2825/200/200/" /></a><br />
【　ホクレア号の記憶　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2826/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2826/200/200/" /></a><br />
【　ホクレア号の記憶　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4055/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4055/200/200/" /></a><br />
【　ホクレア号の記憶　】
</td></tr>
</table><br /><br />


『 船に歴史が乗っている 』<br />
ホクレア号は、関わった人々に敬意を賞し、人々との思い出を大切にしている。<br /><br />

<table width="100%">
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4052/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4052/350/350/" /></a><br />
【　エディ アイカウのシート　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4053/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4053/350/350/" /></a><br />
【　Eddie Aikau　】
</td></tr>
</table><br /><br />


『 エディ アイカウ　のシート 』<br />
そこは、かつてエディが居た場所。<br />
エディの姿は無くとも、今も、エディの魂は「ホクレア号」の中に生きている。<br /><br />

エディは1970年代に活躍したサーファーで、オアフ島ワイメア･ベイのライフガードとしても大変有名だったハワイアン。<br />
時には、数メートルの波が訪れるサーフィンのメッカ、ワイメア･ベイにおいて、エディの救った命は数知れないと言われている。エディは、英雄的なライフガードだった。<br /><br />

それは、1978年3月のこと・・・。<br />
タヒチへの遠洋航海に出発した「ホクレア号」は台風にみまわれた。<br />
その時クルーだったエディは、助けを求めてサーフボードで荒海に乗り出し、そのまま行方不明になってしまった。<br /><br />


<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2803/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2803/480/480/" /></a><br />
【　横浜港に停泊中のホクレア号　】
</div><br />


『 6月8日　鎌倉へ 』<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4058/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4058/480/480/" /></a><br />
【　ホクレア号　三崎港に入港　】
</div><br />


ホクレア号は最終寄港地である横浜港への到着を9日（土）にひかえ、7日夜は三浦半島の三崎港に入港した。<br />
そして、9日の横浜港到着の前の8日に、「ホクレア号」は鎌倉沖合へやって来た。<br />
それは、多くのサーファーたちの願いに応え、今は亡き、タイガー　エスペリに敬意を表してのことだった。<br /><br />

タイガー エスペリは、ハワイのレジェンドサーファーであり、「ホクレア号」の復元の際に、多くの力を注いだ人物。<br />
「ホクレア号」が初の遠洋航海を成し遂げた時の、中心的なクルーでもある。<br /><br />

そして長きにわたり鎌倉に居を構え、日本のオーシャンカヌー文化の父となった。<br /><br />

この日、多くのサーファーやオーシャンカヌーイスト、フラダンサーなど、エスペリや「ホクレア号」とゆかりのある人たちが、稲村ガ崎～七里ガ浜沖の沿岸に待機して、「ホクレア号」の寄港を待った。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4037/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4037/480/480/" /></a><br />
【　サーファーを先導するジェットスキー　】
</div><br />


紅林さんが、ジェットスキーで先導し、サーファーたちは、合図を待っていた。<br />
紅林さんの合図とともに、サーファーたちは「ホクレア号」のもとに集まった。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4036/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4036/350/350/" /></a><br />
【　ホクレア号を囲むサーファーたち　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4038/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4038/350/350/" /></a><br />
【　ホクレア号の真下　エメラルドグリーンの世界　】
</td></tr>
</table><br /><br />


そして・・・『 ホクレア号の下を潜る 』<br />
ホクレア号の下の海の色は、驚くことに、エメラルドグリーンだったと言う。<br />
「潜った時は、何時までもそこに居たい感じがした」<br />
それは、何ものにも例えようのない、代えがたい・・・、そんな素晴らしい時間。<br /><br />


<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4035/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4035/480/480/" /></a><br />
【　ホクレア ドリーミング　】
</div><br />


2007年6月9日（土）午前11時、長い航海を経て、ホクレア号は最終寄港地である、横浜へ到着。<br /><br />


<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4056/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4056/480/480/" /></a><br />
【　精霊tiki（ティキ）　】
</div><br />

横浜港の、" 動き "が止まった瞬間があった。<br />
海上保安庁が見張りをして、横浜港を行き来する、いっさいの船の動きを止めた。<br />
横浜港で動いているのは、「ホクレア号」だけ・・・。<br />
それは、特別な人が来た時の、特別なお出迎えだった。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2787/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2787/480/480/" /></a><br />
【　横浜港に到着したその日　ホクレア号の上で　】
</div><br />


国際会議場で、「ホクレア号」の歓迎セレモニーが行われた。<br /><br />


<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2792/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2792/300/300/" /></a><br />
【　クルーを和服姿でお出迎え　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4062/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4062/300/300/" /></a><br />
【　大さん橋で寄港セレモニー　】
</td></tr>
</table><br /><br />


ホクレア号日本航海プロジェクト「Ku Holo La Komohana / Sail On  to the Western Sun」は、その準備段階から多くの方々の協力を得て、成功を収めた。<br /><br />

多くの人の想いを乗せた「ホクレア号」の日本への航海が幕を閉じた。<br /><br />
<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4066/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4066/300/300/" /></a><br />
【　風を読むクルー　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4083/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4083/300/300/" /></a><br />
【　セイル格納したホクレア号　本牧へ　】
</td></tr>
</table><br /><br />


「 日本への航海、最後の時 」<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4084/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4084/300/300/" /></a><br />
【　クレーン下のホクレア号　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4085/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4085/300/300/" /></a><br />
【　コンテナへ　】
</td></tr>
</table><br /><br />


ホクレア号はクレーンで吊り上げられ日本郵船のコンテナへ・・・。<br /><br />

伴奏艇「カマヘレ号」は、再び航海してハワイへと帰って行った。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4059/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4059/480/480/" /></a><br />
【　伴奏艇「カマヘレ号」帰路へ　】
</div><br />


「ホクレア号」の航海は続いている。<br />
「ホクレア号」は、想いを馳せる多くの人々の記憶の海に浮かび、風を受け・・・。<br /><br />

「ホクレア号」の写真には、風が写っている。<br /><br />


<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4079/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4079/480/480/" /></a><br />
【　横浜港をセイリングするホクレア号　】
</div><br />


<br /><br />

（語り手・写真提供）<br />
カメラマン 紅林敏明<br />
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/175">紅林 敏明 さんのアルバム</a>

<br /><br />
（執筆）<br />
立花 真弓　<a href="http://homepage3.nifty.com/monogatari/index.html">（株）物語りの巣舎</a><br />
<br /><br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/post_90.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/post_90.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Tue, 01 Sep 2009 01:38:35 +0900</pubDate>
  <keywords>4054</keywords>
</item>

<item>
  <title>本日、写真展が終了いたしました</title>
  <description><![CDATA[8月22日より、象の鼻テラスで開催していた写真展
「みんなでつくる横濱写真アルバム〜市民が記録した150年〜」写真展
写真でたどる、私の横浜、私たちの横浜　は、本日17時をもちまして
終了させて頂きました。
たくさんの方々にご来場いただきまして、誠にありがとうございました。



<a href="http://ww.yokohama-album .jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_89.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_89.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Mon, 31 Aug 2009 20:28:45 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>NHKで放映頂きました</title>
  <description><![CDATA[NHK横浜放送局より
8月31日の番組「いっと６けん」（11:05-）の中で
本事業に関してご紹介いただきました。

この場をお借りして、ご協力頂きました
ご投稿者の方々、関係者の皆様に御礼申し上げます。


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/nhk.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/nhk.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Mon, 31 Aug 2009 18:46:33 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>日系人と海外移住資料館　第3章</title>
  <description><![CDATA[<big>これからのヨコハマの役割</big>
<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2517/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2517/480/480/" /></a><br />
【　「ぶらじる丸」横浜港出港風景　（C）商船三井客船(株)　】
</div><br />


100年以上にわたる日本の移民の歴史を紐解くと、世界情勢に翻弄されながらも力強く生き抜いてきた人々の顔が見えると同時に、横浜という地の果たした役割の大きさが感じられる。現在、海外在住の日系人は260万人以上。また、来日している日系人は、その家族も合わせて40万人近くいるという。<br /><br />

 <div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2518/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2518/480/480/" /></a><br />
【　外務省横浜移住あっせん所　】
</div><br />


海外移住資料館の運営母体でもあるJICA横浜では、前身の海外移住センターで移住者の教育・移住斡旋を行なってきた経緯から、現在にいたるまでさまざまな日系人支援を続けている。しかし、日系人支援とはどのようなものなのだろうか。海外移住資料館業務室担当の西脇さん（以下同）は次のように語る。<br /><br />

「もともと海外移住センターでは、移住者への渡航手続き、現地事情や語学の講習など、海外への送り出しに関するケアを行なってきました。移住希望者が少なくなってからこういった業務はなくなりましたが、国の政策で海外へ移住した人たちに対して、国が支援を続けるのは当然のことだったのです。」<br /><br />

当初「送り出し」と同時に生活安定のための支援が続けられ、現在では子孫である日系人を通じた技術協力へと変化しているという。具体的には、移住者である一世の高齢者福祉対策や、二世・三世への人材育成などだ。特に、海外で生まれ海外で育った日系二世・三世たちに対する、日本文化継承は重要な支援のひとつ。日本語教師を養成したり、海外の日本語学校の生徒に日本での研修を受講させたりと、日本語を含む"日系人としてのアイデンティティ"を継承するための企画が実施されている。<br /><br />

また、中南米の日系人を対象とした日系研修員受け入れ事業は、「継承日本語教育教師」「幼児教育」「農村婦人リーダー」など集団コースのほか、医師・技術者・研究者などさまざまな分野の人材を受け入れる個別コースがある。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2519/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2519/480/480/" /></a><br />
【　7月に来日した日系研修員「日系農協中堅実務者」コース他のみなさん　】
</div><br />


JICAでは毎年120名ほどの日系研修員を受け入れており、来日時には全員がJICA横浜でオリエンテーションを受け、ここ海外移住資料館を訪れる。そのうち約6割を直接受け入れているのが、JICA横浜。みなとみらいで日本人としてのアイデンティティを一層強くした日系人が世界に羽ばたいている。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2520/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2520/480/480/" /></a><br />
【　JICA横浜 外観　】
</div><br />


1990年の入管法改正により、かつて日本から移住した人たちの子孫である日系二世、三世たちが日本にやってきて、就労するようになった。その数は、ピーク時で40万人近くに上ったという。そんな中でやってきた、世界金融危機に端を発する製造業を中心とした不況は、彼らの生活に深刻な打撃を与えている。まっ先に職を失ったのは、派遣として働いていた外国人労働者だった。こうした状況の中、JICAは国内の日系人への支援も始めたという。<br /><br />

「在日日系人への支援を行政側が行なうことも大切ですが、市民レベルで偏見をなくしていくことも重要です。特に、国際都市と言われる横浜では、そういったものはなくしたいですよね。」<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2521/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2521/300/300/" /></a><br />
【　海外移住資料館　2階エントランス　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2522/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2522/300/300/" /></a><br />
【　海外移住の歴史コーナー　】
</td></tr>
</table><br /><br />



<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2523/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2523/300/300/" /></a><br />
【　アマゾン地域の胡椒栽培展示。胡椒の木と選別機　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2524/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2524/300/300/" /></a><br />
【　「大地に挑む」コーナー。様々な農機具　】
</td></tr>
</table><br /><br />



移民・日系人に関する正しい知識を持つためにも、海外移住資料館から発信される情報には耳を傾けたい。<br /><br />


まず私たちにできるのは、"知る"ことなのだから。<br /><br /><br />

 





（おわり）<br /><br />


画像：商船三井客船(株)提供<br /><br />




（語り手）<br /><br />

西脇祐平（にしわき・ゆうへい）<br />
JICA横浜　海外移住資料館　業務室担当者<br />
<a href="http://www.jomm.jp">http://www.jomm.jp</a><br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/139">西脇祐平さんのアルバム</a><br /><br />



（執筆者） 河村仁美<br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/3_1.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/3_1.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Wed, 26 Aug 2009 18:36:47 +0900</pubDate>
  <keywords>2517</keywords>
</item>

<item>
  <title>近代から現代へと続く激動の日本を見続けた卒業アルバム</title>
  <description><![CDATA[<big>横浜・山手に100年の歴史を刻んだ外国人学校、セント・ジョセフ・カレッジ</big>
<br /><br />


<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2862/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2862/480/480/" /></a><br />
【　1938年当時のべーリック・ホール前のセント・ジョセフ寄宿生　】
</div><br />


　1859年の横浜開港に伴い、多くの外国人居留地が設けられた横浜・山手。その後1901年になって、外国人子弟のための学校として誕生したのが、セント・ジョセフ・カレッジだ。カトリック男子修道会のマリア会によって開設された学校でありながら、様々な宗教の、また全盛期には50カ国を超える国籍の学生たちが、学問やスポーツに励んでいた。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2864/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2864/480/480/" /></a><br />
【　ボーイ・スカウト　】
</div><br />

　1984年には、校名がセント・ジョセフ・インターナショナル・スクールとなり、2000年に惜しまれつつ100年の歴史を閉じるまで、その独自の教育理念の下、著名な出身者を輩出している。<br /><br />

　貴重な歴史的資料ともいえる卒業アルバムが、デジタルアーカイブ化されているとの情報を頼りに、取材を行った。お話を伺ったのは、セント・ジョセフ出身者で、現在、横浜にあるドイツの撹拌技術専門メーカー、EKATO（エカート）社の日本法人社長を務める中西さんだ。<br /><br />

<div align="center">
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="nakanishi.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/2009/08/26/nakanishi.JPG" width="550" height="500" /></span><br />
【　EKATO（エカート）社代表取締役　中西秀夫氏　：　卒業アルバムパネルを手に　】
</div><br />


　「1922年から、閉校した年の2000年までの卒業アルバムを、すべてデジタル化してDVDに格納したんです。表紙にあるFORWARDは、アルバムのタイトルですね。こうしてパソコンを立ち上げて、当時のアルバムのページを眺めるだけでも、西洋文化のルーツともいえる国際都市・横浜の香りがたちこめてきますね。」<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2857/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2857/300/300/" /></a><br />
【　OUR SCHOOL　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2858/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2858/300/300/" /></a><br />
【　KIMIGAYO　】
</td></tr>
</table><br />



　これらの卒業アルバム（当初は文集形式で年に数回刊行）は、卒業する学生やその父兄たちのためのアルバムとしてだけでなく、独立したひとつの刊行物としての側面もあり、その内容は特に当時の日本に住む多くの外国人にとっても、十分に興味をそそられ、読み応えのあるものだったようだ。<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4031/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4031/300/300/" /></a><br />
【　1938年卒業アルバムより　学生たちのペンスケッチ　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/4030/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/4030/300/300/" /></a><br />
【　1938年卒業アルバムより　BASKETBALLチームの紹介　】
</td></tr>
</table>
<br /><br />

　記載された英語やフランス語の文章は、一部寄稿されたものは除き、すべて学生たちの手によるものだ。また、テキストだけでなく、イラストなどの図版や、それらの割り付けやレイアウトも、すべて学生たち自らが作り上げたというから驚きだ。今でこそ、コンピュータの力を借りれば、デスクトップ上ですべてを簡単に編集することができるが、読み応えのある文章を綴り、イラストをひとつひとつ手で描き込んだページの完成度は高く、当時の学生たちの知的センスの素晴らしさを思い知らされる。<br /><br />

　「このアルバムの巻末を見てください。卒業アルバムの制作費を賄うために、スポンサーの広告スペースになっているんですね。車やオートバイ、冷蔵庫、清涼飲料水といった、日本ではまだ物珍しかった外国の商品の広告や、ランドリーやパン屋、洋菓子店などの広告もあり、まさに国際都市・横浜らしさが見えてきます。」<br /><br />

<table>
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2874/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2874/300/300/" /></a><br />
【　Nippon Gakki Kaisha　スポンサー広告　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2865/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2865/300/300/" /></a><br />
【　Meiji CHOCOLATE スポンサー広告　】
</td></tr>
</table><br /><br />


<table width="100%">
<tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2870/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2870/330/330/" /></a><br />
【　Bosch スポンサー広告　】
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2893/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2893/330/330/" /></a><br />
【　NOZAWAYA DEPT. STORE 等のスポンサー広告　】
</td></tr>
</table><br /><br />


　卒業アルバムの広告ページには、モノクロの英文広告が並んでいる。中には、今でも誰もが知っているようなポピュラーなブランドの貴重な広告もあり、ちょっとばかり古めかしいロゴタイプが、かえって新鮮で、美しい。<br /><br />

　「ほら、この広告のスポンサーはわかりますか？これは、現在のIBMがインターナショナル・ビジネス・マシーンの社名になる以前の広告なんですよ。」<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2872/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2872/480/480/" /></a><br />
【　IBMの前身の会社の1938年当時の英文広告　】
</div><br />


　セント・ジョセフにゆかりのある人といえば、ノーベル化学賞に輝いたチャールズ・ぺターゼンが有名だ。ノルウェー人の航海技師だった父親と、韓国で貿易商を営んでいた日本人の娘の母親の間に、韓国・釜山で生まれ、その後セント・ジョセフ・に学んだ後、化学を学ぶため、1922年にアメリカに渡っている。<br /><br />

　また、国際的彫刻家、画家、造園家、舞台芸術家のイサム・ノグチも、小学生時代に、セント・ジョセフに通っていたそうだ。さらに芸能界では、外人タレントの草分けともなったE・H・エリック、そして俳優の岡田真澄兄弟も、セント・ジョセフで学んでいる。<br /><br />


<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2855/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2855/480/480/" /></a><br />
【　1938年卒業アルバムの表紙　】
</div><br />



（語り手）<br /><br />

EKATO（エカート）社代表取締役　中西秀夫<br /><br />
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/177">中西秀夫さんのアルバム</a><br /><br /><br />




（執筆者　齊藤信幸）<br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/post_88.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/post_88.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Wed, 26 Aug 2009 17:20:26 +0900</pubDate>
  <keywords>2862</keywords>
</item>

<item>
  <title>モノクロブーム</title>
  <description><![CDATA[電車のファッション誌の中吊り広告に「秋からは黒で行く！」
と出ていました。じわじわモノトーンが来ているみたいですね。

ということで、モノクロ写真にフォーカスしてみます。
カラーとモノクロで統計をとったらどうなるかな...

おじさまたちが集う散髪シーン。丸木でできた後ろの建物も圧巻です。

タイトル：<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/1532/">野毛入口で散髪</a>


港湾ではっぴを着ていらっしゃるのがなんともにくい！

タイトル：<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3865">接岸風景</a>


印画紙自体が色あせていて、セピアな写真も投稿頂いています。

タイトル：<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/4963">イセザキ今昔−モールの入口に設けられた金色の王冠を戴くアーチ</a>

差し込む光や陰がきれいですね。モノクロ写真やってみようかな...

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム
</a>
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_87.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_87.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Wed, 26 Aug 2009 16:21:14 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>新しい特集記事がアップされています。</title>
  <description><![CDATA[レンズをのぞく瞳の集中力が見えるような、
シャッターチャンスを待って撮った、その瞬間の音まで
聞こえてきそうな写真が掲載されています。

最新の特集記事は<a href="http://www.yokohama-album.jp/special/5.php">こちら</a>。

先日は中華街に写真を撮りにいきましたが、
他人様に借りたカメラで緊張、手ぶれがひどい始末でした...。
マイカメラ、デジタル一眼レフ探し中です。

また、3,500枚台から、一気に4,800枚もの
写真のご投稿に至りました。
写真をお寄せくださった皆様に心より感謝いたします。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_86.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_86.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 24 Aug 2009 18:18:43 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>レンズから見えるハマの歴史と街の息遣い　第5章</title>
  <description><![CDATA[<big>山手界隈、外人墓地周辺</big><br /><br />

<table>
<tr><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1547/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1547/330/330/" /></a>
</td><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1554/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1554/330/330/" /></a>
</td></tr>
</table><br />

山手は、古くから外国人居留地としての歴史があり、どこか日本の住宅地とは空気が違っていた。本牧のバター臭さともちょっと違う、落ちついた印象。単なる高級住宅街ではない。学校や教会、広い洋館があったりして、そこに佇むだけでなぜかおしゃれな雰囲気を身にまとえる、そんな感じだろうか。<br /><br />

こんな街だからこそ、外人墓地はついに祖国に帰ることのなかった外国人の終の棲家というだけではない、お洒落ぽさを感じる。ここには、新橋と横浜(現在の桜木町）駅を結んだ日本初の鉄道新設の祖ともいえる英国技師、エドモンド・モレルはじめ、フェリス女学院の初代校長や生麦事件の犠牲者など多くの歴史上の有名人が眠っている。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1552/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1552/480/480/" /></a>
</div><br />


旧女子商業前の道を少年が向こうから歩いてくる。奥に見えるのは、山手教会。
こんな普通の光景にも、山手は日本とはちょっと違う空気を漂わせて見せる。<br /><br />

 <div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1551/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1551/480/480/" /></a>
</div><br />



山手本通り沿いで、山手風景を写生している人をパチリ。画を描く人の足元に、溶け残った雪の塊が見える。正面は個人の洋館だが、今はない。<br /><br />

 <div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1550/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1550/480/480/" /></a>
</div><br />

同じく山手本通り。現在の山手十番館前から山手聖公会を望む。その手前を左に曲がると、ブリキのおもちゃ博物館がある。<br /><br />
 
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1549/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1549/480/480/" /></a>
</div><br />



フェリス女学院近くのバス停。US STOPの看板とそこに佇んでスクールバスを待つ少年が、外国映画の1シーンを切り取ってきたような雰囲気を感じさせる。フレーム外になるが、右手が山手教会だ。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1548/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1548/480/480/" /></a>
</div><br />


セント・ジョセフ・インターナショナル・カレッジ近くの路上で。右側には、現在は「喫茶店 えの木てい」がある。まるでモデルを配したかのようなこの1ショット。実はかなりの長い時間、雨の中でイメージどおりの傘をさした通行人が来るのを待っていたという。カメラマンとしての生駒さんの仕事ぶりが偲ばれる1枚だ。<br /><br />

　ちなみに、1901（明治34)年に開校し、横浜を象徴する学校として有名人の子弟も通っていたセント・ジョセフだが、2000（平成12）年にその歴史を閉じた。<br /><br />

<table>
<tr><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1558/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1558/200/200/" /></a>
</td><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1559/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1559/200/200/" /></a>
</td><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1555/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1555/200/200/" /></a>
</td></tr>
</table><br />

山手外人墓地は、通常は一般人は入場できない。しかしここにある数枚は、おやっと思わせるショットだ。まず、女学生が入りこんでいる2枚は、ぜひ見学したいという熱心なリクエストに、管理者が特別に許可したものらしい。<br /><br />

墓地内からの撮影と思しき写真は、撮影者つまり生駒さん言うには「当時は、あちこちに顔が利いたので、それでちょっとね。」とおっしゃる通り、特別パスで入場して撮影したもの。いわゆる顔パス・・・今となっては、すでに時効？<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1560/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1560/480/480/" /></a>
</div><br />



ちなみに、外人墓地へは、土日、祝日の午後1～4時なら200円以上を寄付すると、ボランティアとして入場させてもらえる。あくまで寄付であり、入場料ではないので念のため。平日の午後5時までは、入って左側の資料館が見学できる。<br /><br />
<br /><br />


<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="ikoma2.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/2009/08/14/ikoma2.jpg" width="267" height="267" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>
（語り手）生駒實さん<br />
生粋のハマっこ。学生時代から押入れの中を暗室にして、写真を始める。機械いじりが好きで、終戦後は、野毛の露店で外国製のライター修理の手伝いも。<br />
進駐軍に囲まれた街の風景が目まぐるしく変化する中で、再び写真への関心が高まる。東京の千代田写真学校で写真術を学ぶ一方、山下公園などのモデル撮影会に参加するなど、カメラを肩に街を撮り歩いた。<br />
現在は、横浜市の「なかく街の先生」として郷土史研究、フィギアスケートボランティア指導もこなしつつ、写真研究家として街の変化を撮りながら観光ガイドを行っている。<br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/123/1">生駒實さんのアルバム</a><br />
<br />

（文責：銀二）<br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/5.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/5.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Sun, 23 Aug 2009 22:55:38 +0900</pubDate>
  <keywords>1547</keywords>
</item>

<item>
  <title>レンズから見えるハマの歴史と街の息遣い　第4章</title>
  <description><![CDATA[<big>港から山下公園へ</big><br /><br />


<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1587/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1587/480/480/" /></a>
</div><br />

現在の小港、十二天、本牧あたりの沖は、1952（昭和27）年ごろはヨットのメッカだった。ヨットハーバーには、大小のクルーザーをはじめ50隻くらいが係留されていたという。こんな贅沢でゆったりとした光景が横浜の港にあったのだ。本牧沖ではヨットレースの練習風景もよく見られた。ヨットの停泊場所は、昭和初期の外貯木場（いかだ場）の一角を市から借りていた。隣には横浜を代表する岡村造船所の本社があった。現在はYCC（ヨコハマ・クルージング・クラブ）もある。
<br /><br />

<table>
<tr><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1589/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1589/300/300/" /></a>
</td><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1590/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1590/300/300/" /></a>
</td></tr>
</table><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1572/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1572/480/480/" /></a>
</div><br />
 
そんな海の香りに満たされた、まさにプロムナード＝海岸遊歩道が、山下公園。関東大震災の瓦礫を埋め立てて1930（昭和5年）に完成した日本最初の臨海公園だ。訪れる人は、知らずの内にゆったりとした足取りを刻んでいる。決して急いだりしない。山下公園は、今でも四季の彩と汐の香りが醸し出すハーモニーを楽しむ市民の憩いの場所だ。<br /><br />

 <div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1576/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1576/480/480/" /></a>
</div><br />

当時のハマの港を象徴するヨットハーバーと並ぶもうひとつの象徴が、赤灯台と白灯台。沖に向かって左右から内防波堤が伸び、沖に向かって左側の突端に赤灯台が、右側には白灯台があった。もっとも白灯台はその後外国船（英国客船カロニア号）が衝突して壊されてしまい、現在は山下公園の氷川丸の隣に代替が作られ、展示されている。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1585/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1585/480/480/" /></a>
</div><br />

山下公園沿いの路で、バスに乗り込もうとしている婦人。本牧に向かう米軍関係者用のバスで、米軍車両と同じ濃い暗緑色であった。奥には、ドイツ領事館が見える。<br /><br />
 
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1584/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1584/480/480/" /></a>
</div><br />


現在の人形の家の前あたりから、大桟橋入り口方向に向かって撮影した山下公園前通り。道筋は現在とほとんど変わっていないが、当時はクルマがいないから、実に広々と空いている。自転車で並んで走っている2人の女性もなんだかとてもゆったりと、颯爽としている。正面奥は、ホテル ニュー グランド。<br /><br />

<table>
<tr><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1581/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1581/300/300/" /></a>
</td><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1582/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1582/300/300/" /></a>
</td></tr>
</table><br />

ホテル ニュー グランドは、ハマっ子にとって自慢の一つだろう。戦後しばらくは進駐軍＝GHQの本部が置かれた。スパゲティ・ナポリタンもここで生まれた。

<table>
<tr><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1577/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1577/220/220/" /></a>
</td><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1578/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1578/220/220/" /></a>
</td><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1580/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1580/220/220/" /></a>
</td></tr>
</table><br />

ニューグランド屋上から撮影した山下公園。戦後しばらくは、米軍家族ハウスもあって、金網が張られ、日本人が入り込めたのは、中央の噴水近くと港寄りの印度水飲塔(現在はコンビニがある）だけだった。山下公園にもアメリカがあったのだ。<br /><br />


<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/5239/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/5239/480/480/" /></a>
</div><br />

クリーブランド・ウィルソン号は豪華な外国船籍の貨客船。現在の平成天皇が若きプリンスだった頃、米サン・フランシスコへの渡航で使用したこともあった。実は、撮影者の生駒さんは停泊中の同号に乗り込んだことがある。しかも最高級のスイート！当時船会社のクリーブランド社の支店が海岸通にあったのだが、生駒さんは、外国郵便を扱っていた同僚と仕事と称して乗船。ちゃっかりスイートも覗けたらしい。絨毯がふかふかで、カステラの上を歩いているみたいだった、というのだからその豪華さが伺える。<br /><br />

<table>
<tr><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1563/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1563/300/300/" /></a>
</td><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1568/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1568/300/300/" /></a>
</td></tr>
</table><br />


山下公園に続く大桟橋は、昔から外国航路の大型客船を迎える玄関口として発展してきた。現在の桟橋は、長さが450メートル、幅が100メートルで、深さは11.6メートル。3万トンクラスの大型船が4隻、それ以上なら2隻が同時に停泊できる機能と大きさを備えている。ウッドデッキの展望台は波のうねりをイメージしている。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1159/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1159/480/480/" /></a>
</div><br />

左側の球状の碑は、日米和親条約締結記念碑で、現在は開港広場になっている。正面の建物は横浜海上保安本部で、現在は横浜港湾第二合同庁舎として建て替えられている。位置は大桟橋入り口右側の角地で、建物の右方面が山下公園になる。<br /><br />




<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="ikoma2.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/2009/08/14/ikoma2.jpg" width="267" height="267" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>
（語り手）生駒實さん<br />
生粋のハマっこ。学生時代から押入れの中を暗室にして、写真を始める。機械いじりが好きで、終戦後は、野毛の露店で外国製のライター修理の手伝いも。<br />
進駐軍に囲まれた街の風景が目まぐるしく変化する中で、再び写真への関心が高まる。東京の千代田写真学校で写真術を学ぶ一方、山下公園などのモデル撮影会に参加するなど、カメラを肩に街を撮り歩いた。<br />
現在は、横浜市の「なかく街の先生」として郷土史研究、フィギアスケートボランティア指導もこなしつつ、写真研究家として街の変化を撮りながら観光ガイドを行っている。<br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/123/1">生駒實さんのアルバム</a><br />
<br />

（文責：銀二）<br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/4_1.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/4_1.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Sun, 23 Aug 2009 22:41:58 +0900</pubDate>
  <keywords>1587</keywords>
</item>

<item>
  <title>写真展が始まりました</title>
  <description><![CDATA[本日より、「みんなでつくる横濱写真アルバム〜
市民が記録した150年〜」写真展が始まっています。

開催に先駆け、8月21日、象の鼻テラス　写真展会場で
オープニングセレモニーが開催されました。
写真はセレモニー開催前の様子。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="IMG_2052.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/2009/08/22/IMG_2052.JPG" width="513" height="300" class="mt-image-none" style="" /></span>

小此木歌藏実行委員会委員長の挨拶に始まり、
横浜商工会議所　井上隆副会頭の乾杯を受け、セレモニーが始まりました。
会場の方々の面々を見渡し、改めて多くの方々に支えられている事業と
実感いたしました。

中締め前には、今年1月逝去された本事業　草案設立者の原総一郎さんを
偲ぶスピーチも。本事業の展開、写真展開催を、心から楽しみにされていたと
思います。


「みんなでつくる横濱写真アルバム〜市民が記録した150年〜」写真展
31日まで、9:00-17:00、入場無料
象の鼻テラス（横浜市中区海岸通）にて



<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>




]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_85.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_85.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Sat, 22 Aug 2009 14:06:28 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>残暑見舞いはフォトポストカードで</title>
  <description><![CDATA[いまは、ちょうど残暑見舞いのシーズンですね！
神奈川新聞から、開港150周年を記念した
港の風景写真のポストカード　「ニュースカード」が
発売されたそうです。
詳しくは<a href="http://www.kanaloco.jp/information/entry/information59/">こちら</a>。

ポストカードになったのは、新しくなったマリンタワーや、
みなとみらい地区の航空写真、大さん橋に寄港した
クイーンエリザベス２世号などで、１６種類。

マリンタワー内のショップ、県立歴史博物館のミュージ
アムショップ、大さん橋ターミナル内のエクスポート
ショップで購入できるそうです。


　皆さんもご自身の写真でポストカードや年賀状を作っ
たりもされるのでしょうか？
投稿者の方から名刺を頂いたとき、まるでギャラリーのように
裏おもてぎっしりに写真を載せていらっしゃいました。いいなあ！


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>

]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_84.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_84.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 20 Aug 2009 11:37:33 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜をあちこちクリーンアップ</title>
  <description><![CDATA[最近は、横浜都心部の清掃活動<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3944">「YOKOHAMA Refresh!」</a>のクリーンアップ活動の様子が
アップされています。

毎日見せて頂きながら、まるで参加したような気分に（笑）
わたしも毎日事務所の掃除はしていますよ！
素晴らしいご活動ですね、自分自身はもちろん、大切な横浜にごみを捨てないよう、
このアルバムからも伝わっていけばよいですね。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_83.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_83.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Tue, 18 Aug 2009 17:16:25 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>写真展の準備</title>
  <description><![CDATA[現在、実行委員会は写真展準備の真っ只中です。
写真展に使用させて頂く写真は、作業の都合上
先週をもちまして〆切らせて頂きました。
たくさんのご投稿、ありがとうございました。

ウェブサイトにはまだまだご投稿いただけます！
世界中からアクセスできる横濱の写真アルバムに、ぜひご参加を！

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>

]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_82.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_82.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 17 Aug 2009 16:37:00 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>ヒルサイドスキャニングコーナー終了しました</title>
  <description><![CDATA[8/13-16、ヒルサイドエリアでの
スキャニングコーナーが開催を終了しました。　　

スライドショーを流しつつ、
インターンさん2人とスタッフとでチラシを撒き、
色々なブースをまわりました。

　会場内はお盆期間で人がわんさか、市外、県外からの
お客様が多く、横浜の写真を持っている方は少なかったのですが
「こんな試みもあるんだな」と思って頂けたかなと思っています。

インターンのお二人、暑い中おつかれ様でした！

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_81.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_81.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Mon, 17 Aug 2009 14:47:48 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>CC といえば</title>
  <description><![CDATA[今来ているインターンさんの一人が、
ちょうど法律先攻なので、CC(クリエイティブコモンズ)、
「Somerights reserved」について
聞いてみました。
あんまり知らなかった...調べてみよう！とのこと。（本人は民法専門だったからか）
クリエイティブコモンズって、まだあまり知られていないんですね。
お客様に説明するたびに、サイトを日々見ながら確認しています。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/cc.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/cc.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Mon, 17 Aug 2009 14:36:17 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜 かをり　第3章</title>
  <description><![CDATA[<big>「小さな外交」の立役者</big>
<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2432/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2432/480/480/" /></a><br />
【　「横浜 かをり」現在の外観 】
</div><br /><br />


「横浜かをり」の本店がある山下町70番地は、実はヨコハマ・ホテルの跡地でもある。1860年にオープンしたこのホテルが建てられたのは、開港して最初につくられた横浜居留地70番だ。日本初の西洋式ホテルで、医師のシーボルトや画家のハイネ、ローマ字で有名なヘボンなどが滞在したのだとか。洋食発祥の地としても知られており、横浜が昔から国際交流の場となっていたことが分かる。<br /><br />

<table width="100%">
<tr><td>
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2433/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2433/480/480/" /></a><br />
【　「横浜 かをり」店頭にある<br />「ホテル発祥の地」記念碑前に立つ板倉敬子さん 】
</div></td><td>　</td><td>
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2388/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2388/480/480/" /></a><br />
【　「ホテル発祥の地」記念碑 ／ <br />撮影者 シチューさん 】
</div></td></tr>
</table><br /><br />


1900年代初頭には、居留地70番から山下町70番地へと改称された。のちに三菱商事の横浜支店が開設されるなど、内外の商社が軒を連ねる地となり、貿易のビジネス街として成熟していく。<br /><br />

横浜橋にはじまり、伊勢佐木町5丁目、2丁目、山下町70番地と、次第に内地から港へと近づいていった「横浜かをり」。その流れはとまることなく、横浜の港から海外へと広がりを見せている。<br /><br />

「和の魂（こころ）である桜とゼリーを組み合わせた桜ゼリーは、海外のお客さまにも大好評なんです。ご縁があってヒラリー・クリントンさんに桜ゼリーをお贈りしたことがあるのですが、お礼のお手紙をいただいて感激しました。」<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2434/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2434/480/480/" /></a><br />
【　「ホワイトハウスから届いた手紙」　2000年にヒラリー・クリントンさんより頂いた感謝状 】
</div><br /><br />

また、2008年に洞爺湖で開催されたサミットでもお土産のひとつになるなど、世界的にその品質を認められていると言えるだろう。いわば、小さな外交の立役者だ。<br /><br />


戦後の混乱期を乗り越え、都市としての基盤を築いてきた横浜。2002年に中田宏氏が市長となってからは、「都市再生と文化芸術創造都市づくり」をテーマとして街づくりが続いている。成長や拡大だけをやみくもに進める時代を終えて、文化を育む地へと横浜は変化している。<br /><br />

<table>
<tr><td><div align="center">
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="itakura1.JPG" src="http://www.yokohama-album.jp/2009/08/16/itakura1.JPG" width="439" height="312" /></span>
【 かをり商事（株）代表取締役社長　板倉敬子さん 】</div>
</td><td>　</td><td>
「芸術と言われることもある食は、重要な文化のひとつ。ここ横浜から世界へ発信できる、文化としての食を追究していきたいと思います。今の日本に必要なのは、経済的成長よりも文化的な成長。文化的に豊かな社会になって、はじめて平和的な外交も可能なのではないでしょうか。」
</td></tr>
</table><br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2435/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2435/480/480/" /></a><br />
【　「横浜 かをり」現在の外観 】
</div><br /><br />
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2436/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2436/480/480/" /></a><br />
【　かをり冊子表紙　　横浜市開港記念会館にて、横浜学連絡会議主催の「横浜学セミナー第十五回・食べ物を通して探る横浜の魅力・三日目」の講演会より抜粋した内容が記されている 】
</div><br /><br />


文化交流のひとつとして、「甘い一口」の持つ役割は、想像以上に重いのかもしれない。<br /><br /><br />


（おわり）<br /><br /><br />



（画像提供）<br />
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/157">「かをり」さんのアルバム</a><br />
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/81">「シチュー」さんのアルバム</a><br /><br />


（語り手）<br />
板倉敬子<br />
かをり商事（株）代表取締役社長<br />
動物、植物など生き物、自然をこよなく愛するお人柄で、神奈川芸術文化財団常務理事、横浜美術館協会理事など多数兼任され、幅広くご活躍されている。<br /><br />

横浜 かをり<br />
<a href="http://www.kawori.co.jp/home/index.html">http://www.kawori.co.jp/home/index.html</a><br /><br />

（執筆者） 河村仁美<br /><br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/_3.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/_3.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Sun, 16 Aug 2009 01:49:48 +0900</pubDate>
  <keywords>2432</keywords>
</item>

<item>
  <title>レンズから見えるハマの歴史と街の息遣い　第3章</title>
  <description><![CDATA[<big>元町編～ハイカラさんが暮らす街～</big><br /><br />

開港の昔から、元町はハイカラさんの街だったようだ。居留地として異国への門戸を開いた歴史上の必然もあったのか知れない。開港初期、横浜村が外国人居留地に指定されると、昔からの住民たちは元町あたりにほとんど強制的に移住させられた、という。その後さらに外人人口が増えて、居留地が手狭になると、外人さんたちは山手エリアへと拡大していく。彼らの生活用品や食品を提供したのが元町商店街の始まりであった。戦後、進駐軍が山手や本牧に大挙居住するようになると、さらに加速する。平和が戻ってからは、今度はファッションの発信源として憧れを集めた。ハマトラである。元町はいつもおしゃれでちょっとおスマシして歩きたい、そんな街だ。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1601/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1601/480/480/" /></a>
</div><br />
昭和20年代中頃の元町。当時、町を訪れるのは、ほとんどが山手に住む外人さんで、英語の看板なども多く、ハイカラな空気が漂っていた。進駐軍関係者も多かった。
<br /><br />

<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1613/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1613/300/300/" align="left" /></a> <br /><br />
元町らしい英語の看板に混じって、ジャーマンベーカリーのカタカナ看板が見える。家具や、食器、洋服、Yシャツ、パンなどの店が並び、日本人の姿はあまり見られなかった。元町SS会が、一括して何億円とまとめてヨーロッパから仕入れたときもあった。
 <br /><br clear="left">

<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1602/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1602/300/300/" align="left" /></a>
<br />
当時の元町は、日本とは思えないほどのハイカラな町で、ショッピングしているのは、ほとんど外人さん。普通の日本人はちょっと入りにくいほどのエキゾチックな町であったという。これは、浮世絵の店であろうか。店先にちょこんと座っているワンちゃんまでがなぜかハイカラに見える。
 <br /><br clear="left">

<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1603/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1603/300/300/" align="left" /></a>
<br />

可愛らしい外人の女の子。こんな写真を撮りに出かけていた生駒さんは、相当なモダンボーイだったのだろう。クルマはもちろんアメ車ばかり。 

<br /><br clear="left">
 
<table>
<tr><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1604/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1604/300/300/" /></a>
</td><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1605/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1605/300/300/" /></a>
</td></tr>
</table>

レディスファッションの店。GRAPEという店名がよく分かる。当時の初冬のファッションは、ロングコート、オーバー、ロングスカートが全盛（写真左）。外人のおばちゃんがお買い物。このおばちゃんも、流行のファッションを身に着けているようだ（写真右）。<br /><br clear="left">


<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1606/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1606/300/300/" align="left" /></a>
<br />

雨の元町風景。キタムラハンドバッグ店の看板が見える。キタムラは120年前に和装小物の店として始まったのがルーツである。オリジナルデザインのバッグを製造販売するようになったのは、1972（昭和47）年からのこと。
<br /><br clear="left">



<br /><br /><br /><br />


<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="ikoma2.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/2009/08/14/ikoma2.jpg" width="267" height="267" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>
（語り手）生駒實さん<br />
生粋のハマっこ。学生時代から押入れの中を暗室にして、写真を始める。機械いじりが好きで、終戦後は、野毛の露店で外国製のライター修理の手伝いも。<br />
進駐軍に囲まれた街の風景が目まぐるしく変化する中で、再び写真への関心が高まる。東京の千代田写真学校で写真術を学ぶ一方、山下公園などのモデル撮影会に参加するなど、カメラを肩に街を撮り歩いた。<br />
現在は、横浜市の「なかく街の先生」として郷土史研究、フィギアスケートボランティア指導もこなしつつ、写真研究家として街の変化を撮りながら観光ガイドを行っている。<br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/123/1">生駒實さんのアルバム</a><br />
<br />

（文責：銀二）<br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/2_3.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/2_3.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Fri, 14 Aug 2009 19:23:51 +0900</pubDate>
  <keywords>1601</keywords>
</item>

<item>
  <title>レンズから見えるハマの歴史と街の息遣い　第2章</title>
  <description><![CDATA[<big>中華街編～風水と歴史が紡ぐ異空間～</big><br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1591/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1591/480/480/" /></a>
</div><br />
地図を見るとすぐ分かるが、中華街だけは周辺のエリアに比べて方角の基準となる道筋が明確に違っている。中華街だけは周囲になじまず、ぽっかりと異空間であることがうかがえる。
しかし地図上のNS基準を見ると、実は中華街だけが正確に東西南北を示している。これは風水の考え方にしたがっているのだろう。そしてこの地図上の異空間は、この街が誕生したはじめから変わらない。そんな異文化空間としての空気がこの街の魅力でもある。
<br /><br />

<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1592/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1592/300/300/" align="left" /></a> <br /><br />
中央門を背に立っているのは、萬珍楼の当時の主人。後ろ正面の大新飯店の場所は、現在、市場通りに本店がある四五六飯店の別館となった。
 <br /><br clear="left">

<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1593/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1593/300/300/" align="left" /></a>
<br />
昭和27年頃か。女性の脇のメニュー看板に注目。いろいろなメニューが書かれているが、値段は現在の10分の一。ちなみに、名称が現在の横浜中華街となったのは、1945（昭20）年8月15日、つまり終戦以降である。それまでは、南京町と呼ばれていた。名称変更には政治的な思惑が絡んだらしいが、戦後しばらくは昔どおりの南京町と呼ぶ人も少なくなかった。  <br /><br clear="left">

<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1594/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1594/300/300/" align="left" /></a>
<br />

写真の萬珍楼は、聘珍楼横浜本店とともに、現在も幅広く営業している名店。中華街は昔から何度か火災を起こしているが、その後の復活には力強いものがある。
<br /><br clear="left">
 
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1595/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1595/300/300/" align="left" /></a>
<br />

叉焼専門店の均昌。とにかく味覚をそそるアプローチで、当時でもこうしてガラス越しに叉焼を焼くところを見せながら売る店は珍しかった。現在は、オリジナルの叉焼を売る店はいくつかあるが、それらのショップデザインのルーツといえよう。<br /><br clear="left">


<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1596/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1596/300/300/" align="left" /></a>
<br />

双十節の獅子舞風景。10月10日の中華民国、台湾の建国記念日。10がふたつの日のお祝いだから双十節というわけだ。
<br /><br clear="left">

<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1597/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1597/300/300/" align="left" /></a>
<br />

獅子舞は、当時の中華街の町民の憧れだった。広東が発祥だという。店の中へ入って行っては、ご祝儀を大きな口で受け止める。そのご祝儀は、関帝廟に奉納する他、舞手や慰労会に使われた。
<br /><br clear="left">


<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1598/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1598/300/300/" align="left" /></a>
<br />

これも双十節のひとこま。演じるためには何ヶ月も前から血のにじむような練習が重ねられている。ちなみに、獅子舞の中身は、前が麦さん、後ろは呉さん。

<br /><br clear="left">

<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1599/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1599/300/300/" align="left" /></a>
<br />

中国の伝統芸能である、これも有名な龍舞。獅子舞の中に入るのは一人か二人だが、こちらは5～6人くらいの団体演技である。場所は、学校の校庭で当時の関帝廟前。
<br /><br clear="left">

<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1600/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1600/300/300/" align="left" /></a>
<br />

写真右奥に見えるのが、昔の関帝廟。当時は今のように誰でも気軽に入ることはできなかった。 
<br /><br clear="left">

<br /><br /><br /><br />


<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="ikoma2.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/2009/08/14/ikoma2.jpg" width="267" height="267" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>
（語り手）生駒實さん<br />
生粋のハマっこ。学生時代から押入れの中を暗室にして、写真を始める。機械いじりが好きで、終戦後は、野毛の露店で外国製のライター修理の手伝いも。<br />
進駐軍に囲まれた街の風景が目まぐるしく変化する中で、再び写真への関心が高まる。東京の千代田写真学校で写真術を学ぶ一方、山下公園などのモデル撮影会に参加するなど、カメラを肩に街を撮り歩いた。<br />
現在は、横浜市の「なかく街の先生」として郷土史研究、フィギアスケートボランティア指導もこなしつつ、写真研究家として街の変化を撮りながら観光ガイドを行っている。<br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/123/1">生駒實さんのアルバム</a><br />
<br />

（文責：銀二）<br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/2_2.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/2_2.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Fri, 14 Aug 2009 18:33:28 +0900</pubDate>
  <keywords>1591</keywords>
</item>

<item>
  <title>レンズから見えるハマの歴史と街の息遣い　第1章</title>
  <description><![CDATA[<big>本牧編～芝生の向こうはアメリカ～</big><br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1611/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1611/480/480/" /></a>
</div><br />
本牧の歴史は戦後からだ。進駐軍の住宅群が広がり、そこには青い芝生、おしゃれな広い家、大きな外車があり、当たり前だが英語が飛び交っていた。本牧の向こうにはアメリカが見えた。ハマを代表するGSバンドのザ・ゴールデン・カップスもここから羽ばたいていった。米軍からの返還後は、すっかり落ち着いた住宅街になったが、本牧はちょっと背伸びしたくなるようなディープな空気を感じさせる街だった。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1607/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1607/480/480/" /></a>
</div><br />
 
現在の小港、山手警察署の通りを隔てた向かい側にあったPXや映画館。写真のあたりから、本牧の先まで米軍関係者の住宅地が広がっていた。間門に向かって右側がエリア１、左側がエリア2と呼ばれていた。<br />
PXとは一般に酒保（しゅほ）と訳される。基地内売店である。軍人、軍属やその関係者向けに酒をはじめ日用品、食料品などを販売していた。当時の日本人には垂涎の的であった洋モクや、コンビーフ、チョコレートなど珍しい品も安く手に入ったので、横流し品を入手して巧みに商売する人もいたようだ。 <br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1608/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1608/480/480/" /></a>
</div><br />

本牧といえば、当時は"アメリカさん"の町。その象徴ともいえる野球を楽しんでいる。現在の本牧小学校校庭。中央奥に見えるのは教会。教会のある丘をNASUGBU BEACH（ナスブ･ビーチ）と呼んだのは、太平洋戦争時のフィリピンの激戦地の名に因んだもの。
奥に見える高台は、和田山。1982（昭和57)年に米軍から返還された。 <br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1609/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1609/480/480/" /></a>
</div><br />

このバスもいかにもアメリカンな雰囲気がいっぱい。本牧から横須賀の米軍基地まで、軍関係者を運ぶなどに使用されていた。<br /><br />
 
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2908/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2908/480/480/" /></a>
</div><br /><br />

ワシン坂あたりから本牧方面を望んだ風景か。昔はちょっと高台に上れば、意外なほど眺望が開けこんな写真も簡単に撮れた。横浜はもともと坂の町だが、いまではこんな眺めはなかなか難しいのではないか。 <br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1612/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1612/480/480/" /></a>
</div><br />

小港付近はチャブヤ街で、派手なネオンのホテル、バーなどが立ち並ぶ一角があった。
ところでチャブヤとは、横浜で生まれた言葉で、英語の「チョップ・ハウス」（簡単な手料理屋、簡易食堂）が語源。外人を運ぶ人力車夫（リキシャマン）が外人の発音する「チョップ、チョップ」を「チャブ、チャブ」と聞いたとする説が有力。<br />
時代が進み、食堂はホテル経営に変わり、1953（昭33）年に売春防止法が公布されるとともに消えていった。すると、写真にあるホテル・パナマというのは・・・？ <br /><br />
 
<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1615/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1615/480/480/" /></a>
</div><br />
<table>
<tr><td align="center"><a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1616/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1616/300/300/" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1617/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1617/300/300/" /></a>
</td></tr><tr><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1614/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1614/300/350/" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/1618/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/1618/300/350/" /></a>
</td></tr>
</table>

あでやかな夜の顔を見せる本牧・小港。<br />
welcomeのネオンに誘われて、夜毎GIたちが町に繰り出し、チャブヤではホットな国際交流・・・？が繰り広げられた。 <br /><br /><br /><br />


<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="ikoma2.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/2009/08/14/ikoma2.jpg" width="267" height="267" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>
（語り手）生駒實さん<br />
生粋のハマっこ。学生時代から押入れの中を暗室にして、写真を始める。機械いじりが好きで、終戦後は、野毛の露店で外国製のライター修理の手伝いも。<br />
進駐軍に囲まれた街の風景が目まぐるしく変化する中で、再び写真への関心が高まる。東京の千代田写真学校で写真術を学ぶ一方、山下公園などのモデル撮影会に参加するなど、カメラを肩に街を撮り歩いた。<br />
現在は、横浜市の「なかく街の先生」として郷土史研究、フィギアスケートボランティア指導もこなしつつ、写真研究家として街の変化を撮りながら観光ガイドを行っている。<br /><br />

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/123/1">生駒實さんのアルバム</a><br />
<br />

（文責：銀二）<br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/post_80.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/special/post_80.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Fri, 14 Aug 2009 13:13:24 +0900</pubDate>
  <keywords>1611</keywords>
</item>

<item>
  <title>ヒルサイドでスキャニングコーナー</title>
  <description><![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="P1020823.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/2009/08/14/P1020823.jpg" width="426" height="319" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>

昨日13日から、ヒルサイドエリアで写真のスキャニングコーナーを
開催しております。スタッフとインターンで楽しくお話できました。

昨日はおひとり、独特な色合いのお写真を沢山お持ちのIさんに
お越し頂きました。額縁に入ったお写真もあったとか！
見たかった！昨日は17枚ものご投稿を頂きました。

まだまだ16日（日）まで、予約を受け付けております。
TEL:045-309-9944まで、お願いいたします。
ご予約のない時間帯はスタッフ不在の場合もありますので
ご了承ください。


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_79.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_79.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Fri, 14 Aug 2009 11:57:59 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>3,000枚!</title>
  <description><![CDATA[と、投稿写真数がなんと！

<big><big><big>3,000</big></big></big>枚を超えました。

みなさま、ご投稿いただき、本当にありがとうございました。

おかげさまで「みんなの写真」ページは154枚に綴られています。
どうぞごゆっくりお楽しみください。


記念すべき3,000 枚目＊のお写真は真殿英男 日本写真家協会さんの<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3000">こちら</a>でした！！！
おめでとうございます！

歴史博物館や、いまの東京藝大学も写っています。
市電が行き交う頃の横浜ですね。乗ってみたい！
何時くらいの写真なんでしょう、
何人か乗っている人がいます。よく、通勤時間にも車上の線がからまって、
困ったよと聞いたことがあります。




＊写真のページURLに3000枚目のナンバーがついたお写真です。


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/3000.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/3000.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Thu, 13 Aug 2009 13:36:38 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>インターン</title>
  <description><![CDATA[児童、生徒、学生さんには、夢の夏休みですね。
いま、事務局には横浜市立大学、多摩大学などから
インターンさんがきてくれています。
まずは投稿の順序を覚えてもらい、先日は事務局に遊びにきた
常連のお客様のお話を聞いたり、文字の打ち込みなどを
お願いしています。

投稿サポートに参加してもらったある日の日誌では、
「（昭和30～40年頃の横浜の写真をみて）
こんなに電車や自動車、建物の変化が顕著であっても、
写真を見ていると昔の風景にもやはり今と変わらない
横浜の雰囲気を感じた気がした。」

とのこと！
目に見えない大切なものも伝えてくれる、それが写真なのかも
しれませんね。

明日のスキャニングコーナーもお手伝いいただく予定です。
よろしくお願いしますね！


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>

]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_78.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_78.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Wed, 12 Aug 2009 11:13:12 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>夏のスキャニングコーナー</title>
  <description><![CDATA[森の開国博で、スキャニングコーナーを
開催いたします。

<FONT COLOR="#006600"><big><big><strong>みんなでつくる横濱写真アルバム
ヒルサイドエリア　スキャニングコーナー
</strong></big></big></FONT> 


日時 ：8月13日(木)～16日(日)　
8月13日 、14日は11:00〜17:00、
8月15日、16日は11:00～20:00　

会場  ：「開国博Y150」ヒルサイドエリア　Y150つながり森 内　
市民放送局ブース内「横浜記録局」にて

入場料：600円　(ヒルサイドエリア入場料金として)　
＊ イベント参加自体は無料、※原則的に事前予約制のため、
不在の時間もありますのでご了承ください。

<a href="http://hill.yokohama150.jp/">アクセスなどはこちら!</a>

サポート内容：
お客様がお持ちの紙焼き写真をスキャニングし、デジタルデータ化いたします。
また、データの本ウェブサイト上への投稿サポートとして、写真にまつわるお話を
伺い、打ち込みなどもサポートいたします。

お手持ちの写真をウェブサイトに活かしてみませんか？
まだまだご予約お待ちしています。

お問合せ先「みんなでつくる横濱写真アルバム」運営事務局
TEL  ： 045-309-9944(平日10時-17時)
info@yokohama-album.jp

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_77.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_77.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Tue, 11 Aug 2009 16:24:35 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>スタジアム今昔</title>
  <description><![CDATA[夏も本番に入り、熱い日が続いていますね。
事務局近くの横浜スタジアムでも様々なイベントが行われています。
窓から入る歓声を聞いていると、まさに夏、を実感します。

そんな、四季を通じ、様々な表情を見せる横浜スタジアムの、
今の姿と以前の姿をくらべてみる写真をいくつか集めてみました。

まずはこちら！
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/549">横浜公園体育館（1966年頃）※大桟橋通ガード下</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3008">横浜スタジアム（2009）※大桟橋通ガード下</a>

比較すると面白いですね。
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/550">横浜公園体育館（1966年頃）※横浜スタジアム外観</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3006">横浜スタジアム（2009年）※横浜スタジアム外観</a>

入り口もこう変わりました。
<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/543">横浜公園体育館（1966年頃）※横浜公園入り口</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/3007">横浜スタジアム（2009年）※横浜公園入り口</a>

スタジアムは今日も健在、さて、今日は何が繰り広げられるのでしょう？


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_76.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_76.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Fri, 07 Aug 2009 11:57:28 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>花火,屋形船,ビール</title>
  <description><![CDATA[8月1日の花火大会は、みなさんどこでご覧になりましたか？
爆音鳴り止まず、楽しくて写真を撮るのを忘れてしまいました。

私はコットンハーバーの方まで行きましたが、
屋形船がわんさか浮かんで、ハーバーで飲み食べ楽しむ
人々を見て、やっぱり海辺の花火はいいなあと。

帰ってきたら、とても沢山の写真もあがっていました！

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/post_75.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/post_75.php</guid>

  <pubDate>Mon, 03 Aug 2009 13:27:43 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>夏休み,ピクニック,しそジュース</title>
  <description><![CDATA[夏休みに入り、Y150会場もいよいよ賑わってきました。
今日も、緑区の霧ヶ丘団地に住み、まちのガイドボランティアを
されている方とヒルサイドエリアでお話してきました。

会場のベンチに座って、ごはんをたべているファミリーをよく見受けました。
夏休みだなあー。。

写真アルバムでY150を検索すると、やはりラ・マシンを
写したものが多いですね。
蜘蛛のマシンが動く姿、もう見ましたか？

でも、ヒルサイドで一番面白いのは、出展者の方々とお話すること、
参加することです。
今日も「生涯現役」をテーマとしている方とお話したり、
障害のある方がカフェブースを構えていらして、おいしいしそジュースを頂きました。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>
]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_74.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_74.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Wed, 29 Jul 2009 18:12:53 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>写真展の詳細をお知らせします</title>
  <description><![CDATA[みんなでつくる横濱写真アルバムの写真展について、
本日プレスリリースいたしました。

皆様に投稿頂いたお写真を展示スライドショーいたします。

入場無料となっておりますので、みなさまぜひお越し下さい。

ご挨拶
横浜開港150周年記念事業として、今年3月2日より画像を募集しております
「みんなでつくる横濱写真アルバム」事業につきまして、市民、企業の皆様の
ご協力をもちまして、約2400枚の画像を投稿頂きました。この画像を使用し、
写真展を開催いたします。

<big>展示タイトル：
「みんなでつくる横濱写真アルバム〜市民が記録した150年〜」</big>

日時：<big>8月22日（土）〜8月31日（月）
　　　　　　　　9:00-17:00</big>

会場：象の鼻テラス（横浜市中区海岸通1丁目）

テーマ：写真でたどる、私の横浜、私たちの横浜


1. 
プロジェクターによる映写展示
投稿された市民、企業の皆様の画像を可能な限りすべて紹介できるよう、
プロジェクターによるスライドショーを行います。

 2.
テーマごとの映写展示
地域経済の発展や市民の生活文化など、多様な横浜の歴史を紹介します。

３.
会場内にスキャニングコーナーを設置
デジタルデータ化のお手伝いをいたします。

チラシのダウンロードは<span class="mt-enclosure mt-enclosure-file" style="display: inline;"><a href="http://www.yokohama-album.jp/chirashi_tennjikai.pdf">こちら</a></span>から


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>


なお、写真展に画像を展示するにあたり、画像に変更等を加える必要の有る方は
7月31日（金）までに加筆、修正などをお願い致します。

]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_73.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_73.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 29 Jul 2009 16:39:42 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>7/24 ヒルサイドphoto×talkの様子</title>
  <description><![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="090724ヒルサイドトークイベント02.jpg" src="http://www.yokohama-album.jp/2009/07/28/090724%E3%83%92%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%8802.jpg" width="512" height="384" class="mt-image-none" style="" /></span>

会場の写真が届きました。
空気の抜ける、きれいなステージでしたね！
展示も2週間で変わっているそうです。
また行かなくては。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>


]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/724_phototalk.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/724_phototalk.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Tue, 28 Jul 2009 12:48:38 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>展覧会を開催いたします</title>
  <description><![CDATA[ヒルサイドエリアでのトークセッションも終了しました。

8月下旬に、皆様にご投稿いただいたお写真を、開港にゆかりある
象の鼻パーク内の象の鼻テラス（横浜市中区海岸通1丁目）にて
展覧会として披露いたします。

詳細は追ってお知らせいたします。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>



　]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/post_7.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/news/post_7.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Tue, 28 Jul 2009 10:08:55 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>海の日,皆既日食,夏休み</title>
  <description><![CDATA[去る月曜日は海の日でした。
恒例だった横浜国際花火大会が今年は中止、
皆さんは何をして過ごされましたか？
もしかして、夏休みの方もいらっしゃるのでしょうか？
写真の季節ですねー。

今日は世界中が楽しみにしていた皆既日食、
あいにくの雨。

事務局の裏庭では蝉が鳴いていて、
何だかばらばらな季節感です。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>

]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_72.php</link>
  <guid>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_72.php</guid>

  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Wed, 22 Jul 2009 11:09:36 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
</item>

<item>
  <title>横浜 かをり　第2章</title>
  <description><![CDATA[<big>洋菓子開発と日本の心</big><br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2426/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2426/480/480/" /></a><br />
【　「横浜 かをり」伊勢佐木町2丁目時代　】 
</div><br /><br />


終戦から8年、ようやく1953年には関内地区の接収がすべて解除された。しかし、せっかく返還された土地は、その区画も権利関係も不明な状態になっており、すぐに都市としての復興が始まったわけではなかった。それでも徐々に建物や交通施設が復旧され、1960年代後半になると、"都市デザイン"という観点から大規模な整備事業が始まる。現在の横浜の形がつくられはじめていた。<br /><br />

そんななか、1970年に「横浜かをり」は山下町70番地へ移転していた。都市デザイン事業が始まっていたとはいえ、まだまだ実際には空き地の多い時代。現在は観光地でありビジネス街でもあるが、当時の山下町には横浜スタジアムも県民ホールもない。店の向かいにある中消防署以外には、桜がその姿を誇るばかりだった。当時の様子を現社長の板倉敬子さんはこう語る（以下同）。<br /><br />


「にぎわっていた伊勢佐木町とは違って、何もない場所にぽつんと店がある状態。県庁の職員の方から牛乳の宅配を頼まれるばかりで、最初の数年は大変でした。」<br /><br />


そこで、赤字覚悟のビジネスランチやケータリングなど、当時としては画期的なサービスを始める。徐々に、山下町でも「横浜かをり」の名が広まっていった。<br /><br />

そんなとき、転機が訪れた。1975年に、当時神奈川県知事になったばかりの長洲一二氏が店を訪れる。<br /><br />

「ブランデーを飲んでいらっしゃったので、サービスでトリュフをお出ししたら、美味しいとたくさん召し上がったんです。いくつかお土産におつつみしたら、今度は知事の奥様から30箱もの注文をいただきました。」<br /><br />

<table><tr><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2427/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2427/300/300/" /></a><br />
【　「横浜 かをり」店内   長洲氏が当時トリュフを絶賛したその場所は、現在も客席のひとつとして利用されている（写真右下）　】 
</td><td>　</td><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2387/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2387/300/300/" /></a><br />
【　現在の店内の様子 ／ 撮影者 シチューさん　】 
</td></tr></table>
<br /><br />

急いでトリュフ用の箱と説明書きをつくり、届けたのだという。これがきっかけとなり、店頭での販売を開始。本格的なトリュフは、すぐに評判になった。ところが、職人気質のベーカー（パンや菓子専門の職人）は、量産にもレシピの公開にも応じてくれなかった。<br /><br />

「しかたがないので、自分で研究したんです。仕入れている材料、製品の味や見た目、そして香り......。ようやく納得できるものが仕上がり、現在も販売しているトリュフの原型となりました。」<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2428/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2428/480/480/" /></a><br />
【　「横浜 かをり」の洋菓子の出発点ともいえるトリュフのチョコレート　】 
</div><br /><br />

そのトリュフが西武デパートの催事場で取り上げられたことが契機となり、現在も「横浜かをり」の顔であるレーズンサンドやブランデーケーキが生まれた。いずれも、板倉さんが研究し、近所の奥様方と手作りで生産していったものだ。<br /><br />


<table><tr><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2429/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2429/300/300/" /></a><br />
【　「横浜 かをり」の人気商品のひとつ、レーズン・サンド　】 
</td><td>　</td><td>
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2430/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2430/300/300/" /></a><br />
【　県の木「イチョウ」よりヒントを得て発案されたイチョウのチョコレート。紅葉するイチョウを、ペパーミントとオレンジビター味の2種類で表現　】 
</td></tr></table>
<br /><br />


1980年以降、横浜の街並みは大幅に整っていった。みなとみらいが開発され、歴史的な建造物を活かした街づくりがはじまっていく。<br /><br />

現在の姿に近づく横浜で、1991年に誕生したのが桜ゼリーだった。桜風味のゼリーに、八重桜の砂糖漬けを入れたこの菓子。桜湯を連想させる美しさに、日本人はもちろんのこと、海外からの客もが心を打たれた。<br /><br />

<div align="center">
<a href="http://yokohama-album.jp/picture/detail/2431/"><img src="http://yokohama-album.jp/image/view/2431/480/480/" /></a><br />
【　屋号の由来からヒントを得て誕生した桜ゼリー　】 
</div><br /><br />

「そもそも『横浜かをり』の屋号は、日本の魂（こころ）を歌った本居宣長の『敷島の　大和心を　人問わば　朝日に匂う　山桜花』という和歌が由来なんです。日本の象徴である桜と、洋菓子のゼリーを融合させるというアイデアは、ここから得ることができました。」<br /><br />



西洋文化を素直に受け入れると同時に、自分なりのアレンジをほどこす。<br /><br />

「横浜かをり」が洋菓子を開発していく姿は、ある意味で非常に日本的だったと言えるのかもしれない。<br /><br /><br />



（3章へ続く）<br /><br />


（画像提供）<br />
「かをり」さんのアルバム　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/157">http://www.yokohama-album.jp/picture/view/157</a><br />
「シチュー」さんのアルバム　<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/view/81">http://www.yokohama-album.jp/picture/view/81</a><br /><br />


（語り手）<br />
板倉敬子<br />
かをり商事（株）代表取締役社長<br />
動物、植物など生き物、自然をこよなく愛するお人柄で、
神奈川芸術文化財団常務理事、横浜美術館協会理事など多数兼任され、幅広くご活躍されている。<br /><br />

横浜 かをり<br />
<a href="http://www.kawori.co.jp/home/index.html">http://www.kawori.co.jp/home/index.html</a><br /><br />

（執筆者） 河村仁美<br /><br /><br />]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/special/_2.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">特集記事</category>

  <pubDate>Tue, 21 Jul 2009 14:14:37 +0900</pubDate>
  <keywords>2426</keywords>
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  <title>エリア拡大中</title>
  <description><![CDATA[昨日も、風香るヒルサイドエリアY150 つながりの森に行ってきました。
家族連れで楽しく水浴びしている子供達が
印象的でした。

ヒルサイド写真も色々あがってきています！

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2590">Ｙ１５０（いこい広場）（その１７）</a>

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2393">竹の海原</a>

さて、これまで、あまりこのサイト上で見られなかった地域の写真です。
たまプラーザの江田駅開通のころの写真、時の移り変わりを感じます。
江田に住んでいる人に見せてみよう。

<a href="http://www.yokohama-album.jp/picture/detail/2705">田園都市線江田駅開業</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/post_71.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Tue, 21 Jul 2009 11:23:07 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
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  <title>投稿写真枚数が2202枚に！</title>
  <description><![CDATA[
おめでとうございます！
数字の目が揃い...そうになっております。

あれっ、1,111枚の時はお祝いしたでしょうか...
もうすぐやってくる2,222枚、3,333枚、4,444枚の時も何かできるといいなと思います。


<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/blog/220.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">事務局ブログ</category>

  <pubDate>Tue, 14 Jul 2009 21:29:22 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
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<item>
  <title>7/24 ヒルサイドエリアでトーク</title>
  <description><![CDATA[開国博Y150のズーラシアに隣接する
「ヒルサイドエリア　Y150 つながりの森」　で、
「みんなでつくる横濱写真アルバム」が
ステージトークをいたします。

<big><strong>ヒルサイド photo × talk（フォトトーク）
「いま、写真と映像で思うヨコハマ」</strong>
</big>

日時：7/ 24（金）11:00-12:30
会場：ヒルサイドエリア内つながりのダイアローグ（ステージ）

※入場料：600円（ ヒルサイドエリア入場料金）がかかります。 

会場アクセスなどはこちらから
<a href="http://hill.yokohama150.jp/">ヒルサイドエリア　Y150 つながりの森</a>


プログラム：
ウェブサイトのユーザーが実際に投稿した写真を、
ステージのスクリーンで皆さんと見ながら、写真と自分との関わり、
付き合い方などについて語ります。
ステージには「開国博Y150 」テーマイベント　総合プロデューサーの
小川巧記さんも登壇し、このサイトに投稿してみての感想、
周りからこんな反応があった、などをざっくばらんにお話し頂きます。
さらに投稿してみたくなること間違いありません！
　　　　　　

☆ほか、事務局によるウェブサイトの事業概要を説明、
投稿の仕方や活用法のミニ講座あり！

☆開国博Y150をインターネット中継する
<a href="http://y150org.seesaa.net/">Y150横浜市民放送局</a>
の同時放送あり！
---------------------------------------------------------------------
出演：
小川　巧記（「開国博Y150 」テーマイベント　総合プロデューサー）
生駒實「みんなでつくる横濱写真アルバム」投稿者代表
田代信太郎「みんなでつくる横濱写真アルバム」投稿者代表
（「株式会社一品香」代表取締役）

協力：横浜写真アーカイブ実行委員会、Y150市民参加プラットホーム推進委員会、横浜市民メディア連絡会

<a href="http://www.yokohama-album.jp/">みんなでつくる横濱写真アルバム</a>]]></description>
  <link>http://www.yokohama-album.jp/news/724.php</link>
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  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">おしらせ</category>

  <pubDate>Wed, 08 Jul 2009 11:11:52 +0900</pubDate>
  <keywords></keywords>
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  <title>モデル,CM,ロケ</title>
  <description><![CDATA[事務局周辺はロケーションが良く、
週に1度はTVや雑誌の撮影に鉢合わせます。　

道路の向こうがざわざわしていると思ったら、
ＣＭ撮影だったようで、モデルの加藤ローサさんの姿も見えました。

好きなモデルの一人だったので嬉
