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横浜 かをり 第3章

「小さな外交」の立役者


【 「横浜 かをり」現在の外観 】


「横浜かをり」の本店がある山下町70番地は、実はヨコハマ・ホテルの跡地でもある。1860年にオープンしたこのホテルが建てられたのは、開港して最初につくられた横浜居留地70番だ。日本初の西洋式ホテルで、医師のシーボルトや画家のハイネ、ローマ字で有名なヘボンなどが滞在したのだとか。洋食発祥の地としても知られており、横浜が昔から国際交流の場となっていたことが分かる。


【 「横浜 かをり」店頭にある
「ホテル発祥の地」記念碑前に立つ板倉敬子さん 】
 

【 「ホテル発祥の地」記念碑 /
撮影者 シチューさん 】


1900年代初頭には、居留地70番から山下町70番地へと改称された。のちに三菱商事の横浜支店が開設されるなど、内外の商社が軒を連ねる地となり、貿易のビジネス街として成熟していく。

横浜橋にはじまり、伊勢佐木町5丁目、2丁目、山下町70番地と、次第に内地から港へと近づいていった「横浜かをり」。その流れはとまることなく、横浜の港から海外へと広がりを見せている。

「和の魂(こころ)である桜とゼリーを組み合わせた桜ゼリーは、海外のお客さまにも大好評なんです。ご縁があってヒラリー・クリントンさんに桜ゼリーをお贈りしたことがあるのですが、お礼のお手紙をいただいて感激しました。」


【 「ホワイトハウスから届いた手紙」 2000年にヒラリー・クリントンさんより頂いた感謝状 】


また、2008年に洞爺湖で開催されたサミットでもお土産のひとつになるなど、世界的にその品質を認められていると言えるだろう。いわば、小さな外交の立役者だ。

戦後の混乱期を乗り越え、都市としての基盤を築いてきた横浜。2002年に中田宏氏が市長となってからは、「都市再生と文化芸術創造都市づくり」をテーマとして街づくりが続いている。成長や拡大だけをやみくもに進める時代を終えて、文化を育む地へと横浜は変化している。

itakura1.JPG 【 かをり商事(株)代表取締役社長 板倉敬子さん 】
  「芸術と言われることもある食は、重要な文化のひとつ。ここ横浜から世界へ発信できる、文化としての食を追究していきたいと思います。今の日本に必要なのは、経済的成長よりも文化的な成長。文化的に豊かな社会になって、はじめて平和的な外交も可能なのではないでしょうか。」



【 「横浜 かをり」現在の外観 】



【 かをり冊子表紙  横浜市開港記念会館にて、横浜学連絡会議主催の「横浜学セミナー第十五回・食べ物を通して探る横浜の魅力・三日目」の講演会より抜粋した内容が記されている 】


文化交流のひとつとして、「甘い一口」の持つ役割は、想像以上に重いのかもしれない。


(おわり)


(画像提供)
「かをり」さんのアルバム
「シチュー」さんのアルバム

(語り手)
板倉敬子
かをり商事(株)代表取締役社長
動物、植物など生き物、自然をこよなく愛するお人柄で、神奈川芸術文化財団常務理事、横浜美術館協会理事など多数兼任され、幅広くご活躍されている。

横浜 かをり
http://www.kawori.co.jp/home/index.html

(執筆者) 河村仁美


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