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よみがえる昭和 港・まち・くらし - NPO法人設立へ向けたシンポジウムを開催



 「よみがえる昭和 港・まち・くらし~横浜の記憶を写真で残すためのシンポジウム~」が、来る2011年2月8日にヨコハマ創造都市センター(略称:YCC 横浜市中区本町6)において開催される。横浜市が1月~2月にかけ展開中の「フォト・ヨコハマ2011」(写真・映像の総合イベント期間)参加事業プログラムであり、また間近に迫った新NPO法人設立へ向けたフォーラムという位置づけもなされている。これに先駆け、関係者へのインタビューから本イベントと法人設立の意義を探る。


ウェブサイトの立ち上げ

 本ウェブサイト「みんなでつくる横濱写真アルバム-市民が記録した150年」が本格運用を開始したのは2009年3月。横浜開港150周年(Y150)関連事業として、当地の歴史を記録した写真を発掘・保存し、且つ、デジタルアーカイブ化することにより、二次的活用も可能にしていこうとする趣旨のもとに作成された。発端はその前年2008年9月開催の「横浜写真アーカイブプロジェクト意見交換会」で、「市民がつくるデジタルアーカイブ」の有様を検討しそのプラットホームとしての役割を果たすべく考案されたものである。2009年4月~9月のY150イベント開催期間中に、市民個人のみならず企業、行政機関などから約6,000枚にも及ぶ写真が寄せられ、その存在の有益性を改めて示すこととなった。しかし同年11月、一旦写真の新規投稿や利用者登録が停止されると同時に運営主体が「横浜写真アーカイブ協議会」となった。それは実は新たな展開に向けての胎動であった。2010年以降この協議会のミーティングを活発化し新たなメンバーを加えるなどした上で、事業運営に関してより明確で強固な基盤を有する組織を設立する為の準備を行ってきた。


「横浜写真アーカイブ協議会」から「NPO法人横浜写真アーカイブ」へ

 横浜写真アーカイブ協議会の前身組織「横浜写真アーカイブ実行委員会」は、横浜商工会議所(中区山下町2)、財団法人横浜開港150周年協会(中区新港1)、社団法人横浜港振興協会(中区海岸通1)と横浜市が実施主体であり、「Y150市民参加プラットホーム推進委員会」が運営主体となってサーバー管理や広報などを執り行っていた。これらの組織と事務局を担当していた横浜市民メディア連絡会のほか、本プロジェクトの趣旨に賛同する団体や、個人により協議会が編成され今日に到っている。その中で協議会代表を務めてきたのが、横浜市立大学総合科学部准教授で都市計画が専門の鈴木伸治さん。鈴木さんに率直な質問を投げかけてみた。

-みんなでつくる横濱写真アルバムとは何なのでしょうか。
 横浜のまちの姿が大きく変わるのは昭和30年代から40年代にかけてで、特に郊外部において顕著です。この頃は一般にカメラが普及した時期でもあり、横浜市内の各家庭には当時のまちの原風景や暮らしの様子をとらえた写真が沢山眠っています。こうした写真はまちの歴史を考える上でも貴重であり、これらを市民で共有する仕組みが「みんなでつくる横濱写真アルバム」なのです。

-それでは、これから出来るNPO法人横浜写真アーカイブとは具体的にどんな活動をしていくのでしょうか。
 写真は、「集めただけ」では意味がありません。その背後にある物語を知った時に共感が生まれます。人々の暮らしの移り変わり、個人の記憶、会社や商店の歴史も横浜の歴史の大事な一部分なのです。こうした数多くの「物語」を掘り起こすという作業をして行きたいと思っています。

 これまでにも様々なアーカイブプロジェクトが全国各地で展開されてきていたが、集めるという行為に重点が置かれそこで完結してしまったものが大半のように思える。本来収集・保管の次の段階が重要であるということを本プロジェクトは提示しているのだろう。また、その方法に関してもこれまでは受動的、つまり募集はかけるが後は応募者まかせになりがちだったものを、こちらから発掘しに行くという能動的手段をとろうとしている。これにより、新しい発見がなされる確率が従来の受動的収集方法よりかなり上がるのではないだろうか。これも注目すべき点である。


2月8日のシンポジウムに向けて

 今回のイベントのコーディネーターを務めるのは、桜美林大学准教授(情報デザイン論)で横浜市民メディア連絡会代表の和田昌樹さん。過去BOX誌やEcologist Japanの編集長などを歴任してきた氏に話を伺ってみた。

-本シンポジウムの全体像をどうとらえ、どうコーディネートしようとお考えでしょうか。
 そんな難しい話ではない、ということをまずお伝えしたいです。我々みんなの記憶に残る「街の風景」というのは意外に写真に頼っている部分が多いのです。頭の中に浮かんでいるぼんやりとしたイメージを他人に伝えるのは難しいけれど、写真に撮られていればそれぞれの記憶を簡単にそしてリアルに蘇らせることが出来る。そういった役割を持つ写真というものを通して横浜の街の変遷をたどってみましょう、ということです。
 基本にあるのは「記録されないものは記憶されない」という理念です。元々写真というのはとても「貴重品」で、例えば結婚式や七五三、お正月といった「ハレの日」の思い出を残す特別なものだったわけです。ところが段々カメラが大衆化し写真自体が「消耗品」になってしまったことで、ありふれたものとして扱われ存在そのものを気にしなくなってしまった。よくデジカメで撮影したのはいいけれど、整理もなにもしなくて結局データがいっぱいになって捨ててしまうということがあるでしょう。つまり振り返らなくなってしまったんです。
 本来写真とは「振り返り」のツールなんです。その時を振り返ってみて、反省したり、今後どうしようかと考えてみたり。皆さんのその行為が「まちづくり」につながっていく、という側面もあるということにぜひ気付いてほしいですね。

-なるほど。では、基調対談コーナーではどういったお話をしようと思ってらっしゃいますか。
 対談相手である写真家の五十嵐英壽さんは元神奈川新聞社の写真部にいらした方で、これまでに数多くの写真を撮ってらっしゃると思います。実際の横浜にはポートサイド(臨海部)もヒルサイド(丘陵部)もありますが、全国区として見ると開港五都市のひとつでもあり、ちょっとモダンな港町というようなイメージでしょう。そのある意味横浜のイメージそのものでもある港の核といえる「大桟橋」を撮影し続けてきた五十嵐さんに、例えば何点かご自身の作品をお持ち頂いて、「大桟橋を通して見た横浜という街の遷り変わり」などを語って頂ければと考えています。更に欲を言えば、その写真に写っているのは大桟橋とその周辺だけだとしても、それと同じ頃に他の横浜の街中では一体どんなことが起こっていたのか、といった部分にまで触れられるとより良いと思っています。


今後の展開と可能性

 シンポ当日「アーカイブを地域につなぐ」と題して活動紹介を行う予定の東海大学文学部広報メディア学科教授で北仲スクールにおいてワークショップを主催する水島久光さんは、「アーカイブの地域公開ストラテジーという点について、北仲スクールの授業内で制作された作品にも触れながら皆さんと一緒に考えたいと思います。また、今現在、横浜だけではなくて同様の現象(種々のアーカイブプロジェクトの活発化)が日本各地で同時多発的に起こっていることの意義と、今後の展開や可能性についてもお話できれば良いですね。」と語る。

 写真が本来持っていた役割、そして新たな可能性について、それを考えるべきであり、また今がその考えるべき時なのだろう。このタイミングで本シンポジウムが開催されること自体に意味がある様だ。


(宮野純子)


よみがえる昭和 港・まち・くらし~横浜の記憶を写真で残すためのシンポジウム~

日時 : 2011年2月8日(火)18:00~20:20(開場17:30)
会場 : ヨコハマ創造都市センター3階

→詳細はこちら

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