その昔・・・と言っても、そんなに遠い話しではなく、昭和30年代頃まで、横浜には、「ふれ合える海」があった。 潮干狩りをしたり、海苔を採ったり、海水浴をしたりなど、人々は海とふれ合って暮らしていた。
その後、時代の流れに伴い、浜辺は埋め立てられ整備されて、横浜の海は、「眺める海」へと変わって行った。
港のオレンジと街の青の夜景のコントラストは美しく、欠かせない横浜の魅力の一つになっているが、身近に感じられた「ふれ合える海」が恋しくなる時がないだろうか?
ドラゴンボートレースは、横浜に、「ふれ合う海」を呼び戻してくれた。
このレースは、戦国時代の中国で、腐敗した政治家たちの策略により失脚させられ入水自殺をした、詩人で優れた政治家でもあった「屈原」という人物の死を偲ぶために行われたもので、今では世界数各国に広がっている。
横浜では、1994年に、現在の横浜開港祭のマリンイベントとして始められたのが最初で、 2001年には横浜の市民により、「NPO法人横浜ドラゴンボートレース実行委員会」が作られ、企画運営するようになり、今年で16回目の開催となる。横浜国際ドラゴンボートレース協会の理事の鈴木精治さんは、ドラゴンボートレースの魅力を、「海と戯れる楽しさ」「20人が一つになる面白さ」と語ってくれた。
山下公園前海上 スタート地点の様子 |
レースの乗船場所 |
ボート先頭でリズムをとる太鼓手 |
このレースは、太鼓と舵取りを含めた20人がドラゴンボートに乗りタイムを競い合うもので、過去の横浜ドラゴンボートレース大会ならび、その他のドラゴンボートのレースで入賞経験(3位以内)のない、初心者から中級者チームによるレースの「チャレンジカップ」(今年は5/30・5/31・6/6・6/7 の4日間開催)と、過去の横浜ドラゴンボートレース大会ならび、その他のドラゴンボートのレースでの入賞経験者をはじめ、"歴戦の勇士たち"を中心に、真の勝利者を決定する「インターナショナル チャンピオンカップ」(今年は、6/7のみ開催)がある。
接戦するレース その1 | 接戦するレース その2 |
接戦するレース その3 |
| チャンピオンカップは見応えのある白熱したレースが展開され、チャレンジカップは、ユニークなチームの参加も多く、楽しく観戦できるレースで、過去には現役ナースの「ナースチーム」などもあった。 | 現役ナースによる「ナースチーム」 |
毎年参加するチームもあり、年を追う毎に、参加するチームも増え、裏方である実行委員会の苦労も並大抵なものでは無いようだ。中でも、ドラゴンボートを本牧埠頭のコンテナ倉庫から出し、トレーラーで運び、そして、レース終了後にはまた運び込むといった作業は特に大変とのこと。
本牧埠頭のコンテナ倉庫に納められたボート艇 |
コンテナ倉庫のなか |
ボート艇をトレーラーで運ぶ様子 |
又、見学者の方たちも楽しめるように、陸でのイベントを行ったり、時には、奈良県の業者から譲渡して頂いた台船を運んで来たりなど、様々な試行錯誤を繰り返し、参加する人も見学する人も楽しめる大会になるよう努力をしている。
今年の大会の見所は、横浜開港150周年を記念して企画された、松明を灯したドラゴンボートによるパフォーマンスと和太鼓のコラボレーションが楽しめる「ファイヤードラゴン」がある。
|
代表取締役やら理事やらと言うと何だか堅苦しい感じがするが、鈴木さんにはそんなイメージは微塵もない。日に焼けた精悍な風貌と、いたずらっ子のような輝きを秘めた瞳。お話しを伺っていると時間の経つのも忘れて、その世界に引き込まれてしまう。ドラゴンボートレースは、鈴木さんのように熱い想いで取り組んでおられるスタッフたちの手で、大切に運営されている。 だからこそ、ドラゴンボートレースは、参加する人も観る人も、自分の中に、ときめきとか、喜びとか、躍動感とか、きっと何かを発見出来るのではないだろうか。 |
横浜国際ドラゴンボートレース協会理事の鈴木精治さん |
「ふれ合える海」が、横浜に戻って来た。
写真提供:NPO法人 横浜国際ドラゴンボート協会 http://www.yokohama-dragon.com/
【鈴木精治さんプロフィール】
横浜国際ドラゴンボートレース協会理事
ハマの人力車(株)横濱おもてなし家 代表取締役 http://yokohama-jinrikisha.com/
(執筆 立花真弓(株)物語りの巣舎 http://homepage3.nifty.com/monogatari/index.html)
