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「横濱モボ・モガを探せ!」プロジェクト

~横浜におけるデジタルアーカイブの先進事例 BankART1929  渡邉曜さんに聞く~

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横浜港(大さん橋)にて | 1940年頃 | 石川 清


◆「横濱モボ・モガを探せ!」とは

 横浜のアート事業の要を担う「BankART1929」はアーティストのみならずギャラリー、美術館等にもその存在は既に広く知られ、その事業はアートを巡り非常に多岐に渡った事業を運営している。

 「BankART1929」(以下バンカート)は"横浜が元々もっているポテンシャルを展開させること"と"横浜の地域との協働"という二つのミッションを掲げ、「横濱写真館」を開催した。この企画はバンカート初期の場所である旧第一銀行、旧富士銀行の2館全室を使った現代写真家の展覧会であり、それに付随させて1920年代から戦前当時の写真を集め、横浜に数多くいたモダンボーイ、モダンガールを探すプロジェクトがスタートした。それが「横濱モボ・モガを探せ!」プロジェクトだ。



◆収集作業

 写真の収集は容易ではなかった。「横濱写真館」(2004年10月)開催時ではバンカートも始まって1年に満たない時期にあり、その活動と名前はあまり知られていなかった。「横濱写真館」開催期間中も会場内にてこのプロジェクトの受付を設け来場者への呼び掛け、情報提供を促した。

 その会期中で集まった写真は50枚程度。当初からこのプロジェクトは"地域との協働"というバンカートが掲げるミッションのひとつとして始まったものだが、まず何者かを説明するところから始めなければならない。その労苦は想像に容易い。

「地域との新しいネットワークを築きたい。まずはバンカートに関わってくれている人や近隣の商店街に呼び掛けました」。
最初に当たった人からその知人、友人と人づてに写真を持っている人を紹介して貰い、ありそうだとなれば直接訪ねたという。こうした人から人への信頼が実を結び"人づて"の輪が少しずつ拡がり始めた。

 
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父(中央)海水浴 |1935年|長谷川亀美夫


◆手作業で見えてきたもの

 当時を知る人が少なくなる現在、写真は保管する人にとっても大切なものとなる。これらの写真を預かり、データにして返却する。データはバンカートで蓄積され、展覧会や出版物として公開される。写真の扱いには慎重になったという。提供者には「借用書」を作成し期日を設けて預かり、そのキャプション付けにあたっては、提供者への聞き込み後、手紙やFAXで再度確認作業を行った。

 10人程のプロジェクトチームとともにプロジェクトは進行したが、情報を得るのもキャプションを付けるのも全て人だ。少ない人数での人力に頼る骨の折れるような作業だ。地道な作業を続ける中、預かった写真を高解像度でスキャニングしていく過程で、紙焼きでは年代の不明だった写真を判別することができたという。

 ある写真を「拡大していくと(小さく写る)ポスターがあって、そこに年代が書いてあったんですよ」。とまるで宝さがしの地図でも見つけたような口振りで嬉しそうに語ってくれた。

 こうしたデジタル技術により、新たな事実を発見することもあるだろう。しかしそこには人と人とのコミュニケーションがしっかりと宿っている。「"人づて"の力が信用を勝ち得た」と、このプロジェクト当初の過程を振り返った。人と人との遣り取りであるが故、苦情を受けることもあったというが、こうした人と人との繋がりがより多くの収集とそのキャプション付けを適えさせた。


◆歴史的資料だけでは終わらせない

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バスガイド|1920年代| やきそば磯村屋
   現在まででプロジェクトは「横濱写真館」以降「横濱モボ・モガを探せ!プロジェクト Part 2」(2006年・馬車道駅構内)、「モボ・モガを探せ!again」(2008年・桜木町ぴおシティギャラリー)と継続され、開港5都市にその活動が波及。「開港5都市モボ・モガを探せ!」は2008年9月のみなとみらい線馬車道駅構内での横浜展をはじめ各都市で2009年の3月までの間に独立して展覧会が開かれた。

 デジタルアーカブズの意義は、時代を映した写真たちをボロボロの紙になる前にデータ化し歴史資料として後生に残すこと。しかし、写真収集する事の意義はそれだけで良いのだろうか?「ただ集めれば良いのですか?」「歴史的資料だけで良いのでしょうか?」とその先を模索する渡邉氏に問い返された。

 歴史資料であってもその裏付けをしてくれるのは人だ。写真を山積みにして終わらせてはならない。ITを利用した収集は非常に利点が多い。しかし様々な制約から解放されることと引き替えに忘れかけた物はなかったか? "人づて"と人脈を築くことに重きを置いてプロジェクトをスタートさせたバンカートから学ぶことは多いだろう。

● 渡邉 曜 (BankART1929)
1975年生まれ。2000年Bゼミスクーリングシステム修了。2004年よりBankART1929に勤める。1920年代から戦前まで数多くいたモダンボーイ、 モダンガールを探す写真収集を収集し、文明の窓口として発展を遂げてきた都市を『モボ・モガ』をキーワードに読み解き、人と出会い、新しいネットワークを築いていくプロジェクト「横濱モボ・モガを探せ!」及び「開港5都市モボ・モガを探せ!」プロジェクトを担当。

http://www.bankart1929.com/
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BankART1929  渡邉曜さん


執筆:吉田成志 学芸員

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