• ホーム
  • みんなの写真
  • 自分のアルバム
  • 年表&地図
  • 動画

近代から現代へと続く激動の日本を見続けた卒業アルバム

横浜・山手に100年の歴史を刻んだ外国人学校、セント・ジョセフ・カレッジ


【 1938年当時のべーリック・ホール前のセント・ジョセフ寄宿生 】

 1859年の横浜開港に伴い、多くの外国人居留地が設けられた横浜・山手。その後1901年になって、外国人子弟のための学校として誕生したのが、セント・ジョセフ・カレッジだ。カトリック男子修道会のマリア会によって開設された学校でありながら、様々な宗教の、また全盛期には50カ国を超える国籍の学生たちが、学問やスポーツに励んでいた。


【 ボーイ・スカウト 】

 1984年には、校名がセント・ジョセフ・インターナショナル・スクールとなり、2000年に惜しまれつつ100年の歴史を閉じるまで、その独自の教育理念の下、著名な出身者を輩出している。

 貴重な歴史的資料ともいえる卒業アルバムが、デジタルアーカイブ化されているとの情報を頼りに、取材を行った。お話を伺ったのは、セント・ジョセフ出身者で、現在、横浜にあるドイツの撹拌技術専門メーカー、EKATO(エカート)社の日本法人社長を務める中西さんだ。

nakanishi.JPG
【 EKATO(エカート)社代表取締役 中西秀夫氏 : 卒業アルバムパネルを手に 】

 「1922年から、閉校した年の2000年までの卒業アルバムを、すべてデジタル化してDVDに格納したんです。表紙にあるFORWARDは、アルバムのタイトルですね。こうしてパソコンを立ち上げて、当時のアルバムのページを眺めるだけでも、西洋文化のルーツともいえる国際都市・横浜の香りがたちこめてきますね。」


【 OUR SCHOOL 】

【 KIMIGAYO 】

 これらの卒業アルバム(当初は文集形式で年に数回刊行)は、卒業する学生やその父兄たちのためのアルバムとしてだけでなく、独立したひとつの刊行物としての側面もあり、その内容は特に当時の日本に住む多くの外国人にとっても、十分に興味をそそられ、読み応えのあるものだったようだ。


【 1938年卒業アルバムより 学生たちのペンスケッチ 】

【 1938年卒業アルバムより BASKETBALLチームの紹介 】


 記載された英語やフランス語の文章は、一部寄稿されたものは除き、すべて学生たちの手によるものだ。また、テキストだけでなく、イラストなどの図版や、それらの割り付けやレイアウトも、すべて学生たち自らが作り上げたというから驚きだ。今でこそ、コンピュータの力を借りれば、デスクトップ上ですべてを簡単に編集することができるが、読み応えのある文章を綴り、イラストをひとつひとつ手で描き込んだページの完成度は高く、当時の学生たちの知的センスの素晴らしさを思い知らされる。

 「このアルバムの巻末を見てください。卒業アルバムの制作費を賄うために、スポンサーの広告スペースになっているんですね。車やオートバイ、冷蔵庫、清涼飲料水といった、日本ではまだ物珍しかった外国の商品の広告や、ランドリーやパン屋、洋菓子店などの広告もあり、まさに国際都市・横浜らしさが見えてきます。」


【 Nippon Gakki Kaisha スポンサー広告 】

【 Meiji CHOCOLATE スポンサー広告 】



【 Bosch スポンサー広告 】

【 NOZAWAYA DEPT. STORE 等のスポンサー広告 】


 卒業アルバムの広告ページには、モノクロの英文広告が並んでいる。中には、今でも誰もが知っているようなポピュラーなブランドの貴重な広告もあり、ちょっとばかり古めかしいロゴタイプが、かえって新鮮で、美しい。

 「ほら、この広告のスポンサーはわかりますか?これは、現在のIBMがインターナショナル・ビジネス・マシーンの社名になる以前の広告なんですよ。」


【 IBMの前身の会社の1938年当時の英文広告 】

 セント・ジョセフにゆかりのある人といえば、ノーベル化学賞に輝いたチャールズ・ぺターゼンが有名だ。ノルウェー人の航海技師だった父親と、韓国で貿易商を営んでいた日本人の娘の母親の間に、韓国・釜山で生まれ、その後セント・ジョセフ・に学んだ後、化学を学ぶため、1922年にアメリカに渡っている。

 また、国際的彫刻家、画家、造園家、舞台芸術家のイサム・ノグチも、小学生時代に、セント・ジョセフに通っていたそうだ。さらに芸能界では、外人タレントの草分けともなったE・H・エリック、そして俳優の岡田真澄兄弟も、セント・ジョセフで学んでいる。


【 1938年卒業アルバムの表紙 】

(語り手)

EKATO(エカート)社代表取締役 中西秀夫

中西秀夫さんのアルバム


(執筆者 齊藤信幸)

その他の記事

よみがえる昭和 港・まち・くらし - NPO法人設立へ向けたシンポジウムを開催

「横浜歴史研究会」を研究する-在野歴史研究家たちの想い

野毛にちぐさがあった!

過去の記事を見る